第152話

 私の名前はナタリー。エルフ族の巫女です。私たちエルフ族はこの森の中だけで暮らしています。森は大きく、恵み豊かです。ですからわざわざ森の外へ出かける必要は無いのですが、鉄製の武器や日用品の購入、修理だけは別です。鍛冶を行うには高温の火が必要だからです。


 火は確かに便利ですが、同時にとても危険です。私たちの大切な森を焼いてしまうからです。大昔に大火があり、森のかなりの部分が焼けてしまった事が有ったそうです。我々エルフでさえ何世代も前の事なので、今の森は元の姿を取り戻していますが。それでも、いえそれだからこそ私たちエルフ族は火の取り扱いには十分に気を付けているのです。


 火の取り扱いと言えば、それは炊事や焚火だけではありません。火の元素、火属性魔法も同じです。元々私たちエルフ族は魔法に優れた適性を持つ種族です。そして生まれて来る赤子の中には火属性に適性を持つ子も少なからずいるのです。何気ない火魔法から大火になる事を恐れた先人は悩みました。幼いうちに殺してしまった方が良いのではないかと・・・。


 やはり無垢な子供を手に掛けるなど出来ません。そこで女神様に懇願する事になりました。どうかエルフ族の中から火属性持ちの子供が生まれて来ません様に、と。その神事を執り行うために巫女が選び出されました。うら若きエルフの乙女。その巫女を中心として、森に住まうエルフ全員で女神様へ祈りを捧げたのです。


 結果として願いは聞き届けられませんでした。とても残念な事です。しかし、女神様は我々エルフ族に恩寵をお与えになって下さいました。火の属性を消す果物と新たな属性を与える果物。この二つの果物を下賜されたのです。ああ、何と慈愛に満ちた女神様でしょうか。


 こうして毎年、代々の巫女を中心として神事が執り行われる事になりました。私が巫女を受け継いでからも、毎年神事を執り行っています。そしてその年に火属性が与えられた子供達に果物を渡すのです。毎年厳かに、そして和やかに行われる神事。今年も変わらずに恙なく執り行われる筈でした。


 しかし、今年に限って大きな事件が発生したのです。神事を執り行う場所、そこに突如としてヒュドラが現れたのです。ヒュドラは神話にも出て来る様な化け物です。もはや魔獣などと言う範疇に収まるものではありません。私はあまりの事に呆然としてしまいました。


 そのヒュドラですが、何故か怪我を負っている様子で苦しそうに暴れまわっています。そして私の方へと徐々に近づいて来る・・・。護衛の者たちが直ぐに矢を射かけ始めましたが、ヒュドラの厚い鱗に阻まれて牽制程度にしか役立っていない様です。


 呆然と立つ私の手を引いて避難する護衛の者たち。そこへ運悪くヒュドラの血が降って来たのです。その血を浴びた私は、熱い様な灼ける様な痛みと共に意識を失いました。

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