第118話

 ヨーゼフとの交渉も大詰めを迎えていた。


「これでどうだ?」

「いやそれじゃあ駄目だ。こうじゃ無いと。」

「そんな事言ったって、ブランデー派が多いんだぜ。ウィスキーを押しているのは、アンタを含めて少数派だ。」

「師匠である儂の意向が一番じゃ。文句は言わせん。」


 要はお支払いの交渉である。ユルゲンは試行錯誤を始めたばかりだし、寝かせて熟成させる時間も考えればそんなに早く蒸留酒美味い酒は出来ない。一方、俺はいくらでも酒を作り出せる。となると、俺から入手するしか方法が無いのが現状だ。


「剣を打った礼じゃと?金は要らん。その代わりあの蒸留酒美味い酒をくれ。」


 アンちゃんの剣を打って貰う代金の交渉に行った時に、ヨーゼフが言った言葉だ。最初から代金の一部を物納でと考えていた俺としては願ったりだ。だがそこで大問題が発生した。


「酒は大樽で200樽か。分かった。前払いで100樽渡すよ。」


 ここまでは良かったんだよ。ここまでは。ラジアンの街ではみんなにブランデーとウィスキーを振舞ったのだが、最初に広まったせいかブランデー好きのドワーフが大量生産されてしまった。ヨーゼフは最初に飲んだのがウィスキーだったせいか、ウィスキー党になってしまった。ブランデーとウィスキー、その配分で揉めているのだ。


「事は鍛冶屋だけの問題ではない。ラジアン全体の問題だ。」


 領主代表のユルゲンが仲裁に入るが、コイツはブランデー党だからな。ヨーゼフと睨み合っている。


「俺はどっちでも大丈夫だから、決まったら呼んでくれ。」


 そう言うと、俺は居酒屋へ入って一杯やる事にした。ドワーフの熱意頑固さには付き合ってられないよ。

 翌日、ブランデー70樽、ウィスキー30樽に決まったと連絡が来た。どうやって決めたのかはあえて聞かなかった。きっとドワーフ制民主主義が働いたのだろう。


「じゃあ確認してくれ。前払い分ブランデー70樽とウィスキー30樽だ。」


 急拵きゅうごしらえで作られた街の共同倉庫に目一杯酒樽が積まれている。


「おう、確かに確認したぞ。」


 ユルゲンが確認してくれた様だ。元々街の代表者だからな。


「儂が仕事をするのに取り分が少ないとは納得できん。」


 一方ヨーゼフは未だ納得出来ていない様だ。取り分が少ないって、あんた一人で30樽も呑むつもりなのかよ。

 時々弟子の名を挙げて、『あいつは破門じゃ、裏切りおって』などとぶつぶつ言っている。鍛冶屋の中でも意見が割れたんだね。

 これ以上俺にはどうしようもないので、あとはドワーフの皆さんで仲良くやって下さい。


「ところで、俺たちはまたメレカオンに戻らなくっちゃならないんだが、アンちゃんの剣はいつ頃出来るんだい?」

「そうさな1年、いやもっと掛かるかも知れんな。」


 一体どんな剣を作るつもりなんだよ。酒の配分より俺はそっちの方が心配だよ。

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