第116話

 アンちゃんとヨーゼフの話し合いは1日では終わらなかった。剣の長さから始まって、刃、身幅、握り、柄、重心の位置バランス、材質などなど。ヨーゼフには職人としての矜持があり、アンちゃんには結婚の証となる剣だけに妥協を許さない。

もの凄い熱の入れようだ。


「あのー、あとどの位・・・。」

「五月蠅いな、邪魔をするな。儂が最高の一振りを打ってやると言っただろう。」

「ただ待ってるだけなのも辛くてね。」

「打合せだけで、少なくともあと1週間はかかるだろうな。邪魔だから、あっちに行って酒でも飲んでろ。」


 ヨーゼフは剣を打つ事だけで頭が一杯らしい。だけど、一振りの剣を打つために仕様の打合せだけで1週間以上かかるなんて、どんな剣を作るつもりだよ。国宝でも作る気か?


 ヨーゼフの工房を追い出された俺は、街の居酒屋へ行く事にした。さっき酒飲んで待ってろ、って言われたし。その場にアンちゃんも居たから聞こえてたよね。聞こえていた筈だ。聞こえていたに違いない。聞こえてたらいいなぁ。


「いらっしゃい。あら、今日も追い出されて来たのかい?」


 ここ数日毎日通っているので、もう店の女将とは顔なじみだ。


「そう言えば聞いたよ。あの子と結婚するんだって?おめでとう!何でそんな目出度い事を隠してるのさ。」

「別に隠しているつもりは無いさ。ただ、笛吹いて太鼓叩いて宣伝する様なもんじゃないだろう?」


 女将とそんなやり取りをしていると、数人のドワーフが入って来た。ちょっと遅めの朝食を食べに来たみたいだ。その中の一人が声を掛けて来た。


「よお、ジローじゃないか。」


 よく見ると以前俺を捕まえた自警団のうちの一人だ。髭もじゃで厳めしい顔をしているドワーフの人相を見分けられるほど、俺はドワーフに馴染んで居た様だ。お友達は多い方が良いよね。きっと。

 彼らは夜勤明けと言ったていで、それでこんな時間にやって来たのだろう。


「ちょっとアンタたち聞いたかい?今度アンナちゃんと結婚するんだってよ。」


 おしゃべり女将が余計な事を吹き込みやがった。


「何じゃと!そりゃあ目出度いじゃあないか。何で黙ってたんだよ、ジロー。」

「いや、だからさ。みんなに知らせて回る様な事じゃないだろう?それに未だ結婚じゃなくて、婚約だよ。」

「そんな水臭い事を言うなよ。俺たちは親友じゃないか。これは祝杯を上げないといけないな。女将、酒だ。酒持って来てくれ。」


 流石1回一緒に飲んで気が合ったら親友と言う恐るべきドワーフの文化。朝食を食べに来ていた筈なのに、いつの間にか宴会に早変わりだ。

 俺を祝ってくれるので断り切れず、一緒に飲む事になった。まあ元から飲むつもりで来たんだから良いか。


 俺は女将に断りを入れて、自前の酒をみんなに振舞った。

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