第115話

 未だ鼻をぐずらせているアンちゃんを正面に見据えて、俺は話しかけた。


「アンちゃん・・・。いや、アンナ。俺と結婚してくれるかい?」

「はい。」


 俺のこだわりに則り、俺の方から声を掛けて求婚した。物だけ贈ってハイ終わりじゃ余りに寂しいからね。やっぱり一生の思い出ってヤツが大切だと思うんだ。プロポーズの場所が鍛冶屋のカウンターって言うのは雰囲気無さすぎとは思うけどさ。


「でもね、ジロー・・・。ごめんなさい。」


 アンちゃんからまさかの『ごめんなさい』発言来ましたよ。え?なに?俺もう振られちゃった訳け?成田離婚も真っ青だよ。あ、未だ結婚してなかったね。お互い未だ×バツ無しだ。


「今すぐには結婚できないの。先ずは父上に話をして許しを貰わないといけないの。」

「何だ、そう言う事なのか。急にごめんなさい何て言うから、吃驚びっくりしたよ。」

「だから、その、婚約って言う事でも良いかしら。」

「勿論だよ。」


 成田離婚の話では無かった。あせった。焦った。結果的に婚約者に落ち着いたけど、おかしな方へ話が行かなくてほっとしたよ。


 その後はヨーゼフとアンちゃんで打合せをした。途中まで同席して話を聞いていたけど、剣を打つ話なので俺は空気どころかそれ以下だ。


「俺は話を聞いていても何も分からないから、先にユルゲンの所領主の邸に戻っているよ。」

「ゴメンねジロー。」

「いいよ。いいよ。納得するまで話し合えばいいさ。」


 そして帰り際にヨーゼフにそっと耳打ちした。


ウィスキーはあっちに置いて置くからな。最高のヤツを頼むぜ。」

「すまんのう。剣の事は任せておけ。」


*****


 ぶらぶら歩いて帰る道すがら、思わぬところで声が掛かった。


「おーい、ジロー。儂じゃ、ユルゲンじゃ。ちょっと覗いて行かんか?」


 そう言えば、ユルゲンの本職は酒造りの親方だったな。どうせする事無の無い俺は、ご厚意に甘えてお邪魔する事にした。


「へーぇ、ここがユルゲンの酒蔵かぁ。」


 そこにはワインを詰めた大樽が沢山並んでいた。


「こっちじゃ、こっち。」


 ユルゲンが手招きする建屋に入ると、そこには昔雑誌の写真で見た様な蒸留釜があった。凄いなドワーフ。もうここまで作っているのか。サイズが小さいのは試験用だからだろう。


「この釜もユルゲンが?」

「いや、こっちは俺の専門外なんでね。鍛冶屋に頼んで作って貰ったのさ。なかなか上手く行かなくて鍛冶屋と喧嘩しながらやってるよ。だがな、俺はきっとあの酒ブランデーを造ってみせるぞ。」


 ユルゲンの瞳は燃えていた。それはドワーフの意地なのか、単に酒が飲みたいだけなのか。俺には良く分らない。ただ一つだけ言える事は、俺もドワーフが作った蒸留酒ブランデーを飲んでみたいという事だ。

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