第109話
「きゃあああぁぁ!」
ワインとグラスを載せたお盆が宙を舞う。その直後”ゴズン”ってしちゃいけない様な音が聞こえた。どうやら転んだ拍子にシスターが祭壇の角に頭をぶつけたみたいだ。最後に止めとばかりにワインのボトルやらお盆やらが降って来た。
一瞬何が起きたのかと静かになった神殿は、次の瞬間から大騒ぎになった。シスターは全身ワインまみれになってぐったりしている。良く見ると頭から血を流している様だ。頭を打った時に怪我したのだろう。
隅の方に居た俺たちは、直ぐに祭壇へと向かった。フェルプス子爵に近づく絶好のチャンスだからだ。とは言え、先ずはシスターの介抱をしなければ。血を流すほど頭を打ったのなら心配だ。血止めの薬が効いてくれれば良いのだが。
「ちょっとシスターの様子を見せてくれ。」
「誰だお前達は?」
「俺たちは冒険者だ。怪我した時のために最低限の薬を持っている。」
この神殿の司祭に答えると倒れているシスターに駆け寄った。
シスターをそっと床に寝かせる。意識は無いが、呼吸も脈も問題ない様だ。とりあえず止血の処理をする。
「戦勝祈願でこの様な事を仕出かすとは。不吉ではないか。どうしてくれるんだ!」
フェルプス子爵が怒り出し、とりなす司祭がおろおろしている。
「大体こんな小娘を式典で使うから行かんのだ。誰か他に居なかったのか。」
改めて寝かせているシスターを見ると、歳はアンちゃんより若い。幼さの残る顔を見ると、この世界でもまだ子供の部類に入るだろう。シスター見習いと言ったところか。
フェルプス子爵が癇癪を起し、式典は滅茶苦茶になっている。俺とアンちゃんは倒れたシスターに付き添い、他のシスターに清潔な布を持って来て貰うよう頼んだ。なかなか血が止まらないな、どうしよう。
その時、昏倒していたシスターの目が開いた。そしてすっくと立ちあがった。
「意識が戻ったのか?直ぐに動いては駄目だ。暫く安静に・・・。」
俺が問いかける間もなく、彼女は声を放った。
「静まりなさい。私は女神アリア。この度の戦は起こしてはなりません。」
それ程大きな声では無いのだが、誰もがこの涼やかな声を聴いた。
「女神アリア様と言えば、昔この世に魔王を退治した勇者を導いて一度だけ降臨されたという・・・。」
流石司教様は良くご存知の様だ。でも勇者って若しかして俺と同郷なの?
静まり返った神殿の中で、一人だけ騒がしい奴がいる。
「め、女神アリアなど聞いた事も無いわ。早くこの小娘を連れて行け。式典のやり直しだ!」
「フェルプス子爵。私が信じられないと言うのなら、その目に奇跡を見せましょう。神殿の者は祝詞を唱えなさい。そしてあなた。介抱してくれたあなたは私の手を握るのです。」
司教、司祭を始め、シスターも祝詞を唱え始めた。
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