第110話

「この子の身を案じ手当てをしてくれた奇跡を与えましょう。」


 神職が祝詞を唱える中、俺は小柄なシスターの手を握った。


(ジローさん。聞こえますか?)

 本物のアリア様だったのですね。

(この子に回復魔法を使って下さい。早くしないとこの子は死んでしまいます。急ぐのです、ジロー。)


 俺が回復魔法を使うと、アンちゃんの時よりも強く光った。アリア様の演出だろうか?

 回復魔法により頭部の怪我はもちろんの事、あかぎれに至るまで奇麗に治った。


「これは、こ、この光は勇者だけが使えたと言う伝説の回復魔法では。傷もすっかり癒えている・・・。」


 司教様、大興奮のご様子。自分が奇跡を起こした訳ではなく偶々居合わせただけなのに、大司教から行く行くは枢機卿位までは行けるかもなんて出世の事が頭を掠めているのだろう。司祭も同じような夢を見ている様だ。フェルプス子爵から貰った献金袖の下の事はすっかり忘れたらしい。


 こうなると面白くないのはフェルプス子爵である。折角の戦勝祈願が何処かへ行ってしまって顔面真っ赤、怒り心頭である。


「司教様、早く戦勝祈願のやり直しをお願いします。」

「まあ少し落ち着いてくださいフェルプス卿。これは一大事ですぞ。この世界には存在しない回復魔法。古の勇者だけが使えたと伝わる魔法が今目の前で発現したのですよ。これを奇跡と言わずして何と言うのでしょうか。」


 司教が子爵をとりなしていると、小柄なシスターアリア様がまた口を開いた。


「これで信じて頂けましたか、フェルプス子爵。戦争は止めて頂けますね?」


 未だ収まりがつかない様子のフェルプス子爵。振り上げた拳は何処かに降ろさないと駄目みたいだ。そこで俺は一計を案じてフェルプス子爵に近づいた。


「恐れながら、閣下。」

「おう、お前は先ほどの。ところでお前は女神から勇者に選ばれたのか?」

「いいえ。私もこの怪我をしたシスターも偶然依り代に選ばれただけでございます。」

「なら何の用か?」


 テスラ王国がラジアンドワーフ自治領を欲しがるのは、ドワーフ製武具を独占販売したいのとラジアンからの税収だろう。それに代わるものを提案できれば解決するのではないだろうか。俺は失礼して、フェルプス子爵に耳打ちした。


「ドワーフ製武具の独占販売とラジアンからの税収は魅力的な話と存じます。しかしラジアンを占領しなくとも、この街にはドワーフの店があり大変繁盛しています。遠方から買い求めに来る客も大勢いるとか。」

「それは分かっておる。」

「ですので更にこの街トマヒヒンの魅力を高め、この街を訪れる者を増やすのです。さすれば、その者たちが宿泊や飲食、買い物をして金を落とすでしょう。」


 密談している子爵と俺は、きっと悪だくみしている悪代官と越後屋に見えるに違いない。そちも悪よのう、ほっほっほっ。

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