第十五話 新たな力

 草木も眠る丑三つ時、冷たい空気を頬に感じながら、俺は誰もいない静かな廊下で胡坐をかいて座っていた。


「やれる事はやっておかないとな……」


 暗闇の中で一人呟く。


 三日後のレッドキャップ戦、フィルにああは言ったが、俺自身今の状態でどれだけ戦えるかは未知数だ。実力は圧倒的に向こうが上。例え攻略の手掛かりがあろうとも、それだけを頼りに戦うのは無謀過ぎる。


 なら、一つでも多くの手札を持つ必要があった。


 そこで注目したのが、師匠が俺の体内に組み込んだポンコツ竜牙兵の核の存在。これを何とか有効利用できないかと考えた。


 勿論、この核の力で全てをひっくり返そうとか虫の良い事は考えていない。あくまでも手札を増やすだけ。それだけでも戦いの幅が広がるのではないかと思ったからだ。


 有効利用できるなら……という前提付きだが。


「そろそろ良いんじゃないか? 起きてるんだろう? 出てきたらどうだ」


 あの実験の際に師匠が何度も唱えていた術式起動の呪文を口にし、しばしの時間が過ぎる。一瞬、軽く生気を抜かれたような感覚があったが、そこまで。我慢比べをする場面でもないので、こちらから問い掛けた。


「コノママデハカラダガキドウデキマセン。シキュウ ゲンザイカドウチュウノ セイギョジュツシキトキリハナシテクダサイ」


「アハハ、やっぱりそれか」


 まるでPC起動時に出てくるエラー。正常にアプリケーションが作動しないらしい。前と何も変わらない。事態の解決に動かない俺に焦れて何かをしてくるかもと考えたりもしたが、肩透かしを喰らう。律儀に呼び出しを待ってくれていたようだ。


 気を取り直して、目の前に現れた人魂のような存在をじっと見詰める。相変わらず、警告を唱えるだけで何もしてこない。雰囲気だけはホラーなのに実態は全く別である。


「原理は良く分からんが、意思の疎通はできるんだよな……なら、ちょっと頑張ってみるか。なあ、あんた、俺の言う事が分かるんだよな」


「セイギョジュツシキノキリハナシカタハワカリマシタカ?」


「たはは……」


 前回の苦労をすっかり忘れていた。コイツには人と話すような手順を踏むというのが通用しない。必要な情報を端的に伝えてシンプルな回答を得るしかできなかったんだ。


 今回も時間が掛かりそうだと嘆息を漏らしつつも、周囲の警戒は怠らない。もしトイレ等で人が来た場合は、すぐにでも撤退する準備はできている。


 そうした理由から、会話を楽しんだりする余裕も見せず、そのまま質問をぶつける選択をした。回り道は必要ない。


「あのさ……考えたんだけどよ、この身体を俺の命令通りに動かすんじゃなく、機能を限定して一部だけ使用する事はできないか?」


「イチブダケデスカ……ソレハナニデスカ?」


 きっとこうして質問に答えてくれるのも師匠のお陰だと思う。あれからこの核さんの事をずっと考えていて思い出したが、確か師匠は俺を契約者にするつもりだった。何にしてもそうだが、契約というものは双方の合意が必要となる。今現在、俺はコイツと契約を結んでいないのに、今回の呼び出しで生気を抜かれた。多分、俺の魔力だ。きっと起動に対しての対価が支払われている形だろう。


 つまり、最初から核さんが俺に対して悪さをしないように仮の契約を結ばされていたというのが妥当だ。報酬は俺の魔力。この素直さはその恩恵だと考えて良い。


 もう一つ気付いた事がある。今回で確信をしたがコイツは俺の魔力を当たり前のように引き抜いている。


 前回の話し合いを終えた後に妙な気だるさがあった事を覚えている。最初は眠気が原因かと思っていたが、翌日の試合の後に死んだように眠り続けてしまった事で「もしかしたら魔力を引き抜いたのでは」という疑問があった。


 勿論、二人(?)が別個体なら話は変わっただろう。その場合はきっと能動的に俺がエネルギーを与えなければいけない筈。なのに前回と今回、共にそのエネルギーを勝手に抜き取った。


 原理は良く分からないまでも俺達は既に繋がっている。そして、コイツは俺の魔力を使用できる。なら、魔法の領域で俺のサポートを頼めるかもしれない。


 身体を持ち、それを動かして命令を実行するだけがコイツの機能ではない筈だ。そこに至るまでには、命令を理解し、どう実行させるかまでの様々な処理がある。その機能の一部を引き出すだけでも力になるのではないか?


 そんな考えで質問を投げかけた。


「そうだな。あんた、制御術式を動かすんだろう? なら、俺と同期して俺の魔法の術式を動かす事はできないのか?」


 だからこそこうした仮説が閃く。要は俺が使用する魔法の維持をポンコツ竜牙兵に任せられないかという考えである。勿論、考え方が強引なのは分かっている。


 この世界の魔法はとてもシビアで、魔法として現象化してもそれで終わりではない。現象化した状態を維持する事にリソースを割かなければいけない。ましてや魔法で攻撃を行なったりする場合は、魔法のコントロールも全てマニュアル操作だ。


 要はラジコンを操作するような感覚がこの世界の魔法である。プロポの電池が魔力となる。


「イエ、ワカリマセン」


「なら、試しにしてみようぜ。最悪、こうして話ができるだけでも良いからさ。正式に契約して、魔力的なパス……で良かったんだったっけ……で繋がれば、同一個体なんだからさ、俺の魔法をあんたが制御してくれよ」


「ワカリマセン」


「じゃあ、これでどうだ。とりあえず今の制御術式の下に付け。それで、この制御術式が壊れるか消去したら、あんたが代わりに動かせ」


「……ソレナラデキマス」


「…………オーケー、なら正式契約だ。何かする事はあるか?」


 一瞬「朝三暮四」の言葉が頭を過ぎる。俺が契約者でコイツが使役されるのだから、結果的には言っている事は同じなような気がするがどこか違っていたのだろうか? 違いと言えば俺の制御術式を共有するくらいだが、そんな事で良かったのだろうか? ……面倒臭いなコイツ。


 とは言え、何とかお互いの妥協点は見出せた。今後はこの核はきっと俺の新たな力になる……なって欲しい。


「トウロクヨウノケツエキハスデニイタダイテマスノデ、アトハナヅケダケデス」


「『ナヅケ』……ああ、名前だな。分かった。あんたは今から『サクマ』だ。これから頼りにしてるぜ」


「カシコマリマシタ──ボス」


 名前には特に拘りはなかったので、何となくその場の思い付きで口にするとあっさりと了承される。この場は重要なイベントの筈なので、何らかの儀式であったり、荘厳な呪文であったりが普通はあるんじゃないかと思ったりもしたが、そうした雰囲気はまるでなかった。


 起こった事は目の前にある擬似人魂の光が更に増し、それに呼応するように俺の左胸の部分が疼いて小さな幾何学模様が浮かび上がった程度。


 痛み自体は感じなかったが、上着を脱いで確認した時は「おっー」と自然に声が出てテンションが上がる。まさか自身でこうした体験をできると思わなかった。ただ……現実にはほぼ人体実験と変わらないのが悲しい所である。


「ゲンコウノセイギョジュツシキトノドウキカンリョウデス」


「ははは……この辺は何も変わらないんだな。それじゃあ、今サクマが何をできるか確認していくか」


 結果は予想通りであった。機能はサポートAI。特に魔法でその役目を果たしてくれる。具体的には事前に登録した魔法限定ではあるが、それの現象化と維持を引き受けてくれる形となった。


 とは言え、万能ではない。例えば俺が以前使用した強化グローブである「ファイトグローブ」は登録できたが、衣服全体を硬質化するには容量が足りないらしい。元々俺も全体強化はできないので仕方ないと言えば仕方ないが、現段階では一部の硬化のみとなっている。当然、複数展開は不可である。


 この辺は核自身の性能も関係しているだろうが、一番は俺自身の魔法の不得手が原因と思われる。もう少し魔法が使えているなら、また違った結果になった筈だ。今後、魔法の修行も必要となるな。


 しかし朗報はある。以前のファイトグローブは本当にグローブ部分の強化だけであったが、今回から手甲の部分もその範囲となった。軽く確認した所、衝撃こそ伝わってくるが、金属手甲と同じ役割を果たしてくれる。言わば盾と同じだ。これは大きい。


 後は効果時間だが、これも大幅にアップした。これまで一瞬しか使えなかったのが、体感的に三分程度使用可能となる。連続発動はできないが、しばらく時間を置けばまた使用可能。つまり、事前に魔法を発動させて戦う事ができる。カップ麺レベルだが、この効果も大きい。


 正直な所、俺じゃなければ物凄い成果だ。もし、魔法が得意な人間がサクマと契約すれば、化け物になりそうな気がする。ただ……魔法が得意な人間はそもそもこんな事はしないと思うが……。


 ともあれ、この成果は俺に取っては大きな手札となった。これでレッドキャップとの戦いの幅が広がる事になる。ほんの少しではあるが勝利に一歩近付いたと言えるだろう。


 なお、夜の帳が下りた暗闇の中で、突然奇声を上げたり、ひたすらブツブツ言ったりしているこの姿を見られずに済んだのが、今日の本当の収穫かもしれない。



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



 日も明けて翌日。もう一つしなければならない事があったので、眠い目を擦りながらドアの前にいる。


 やってきたのはウチの一座のボスが間借りしている執務室。これから大事な手配をしてもらわないといけない。


「デリックです。入ります」


「ん? どうした?」


 書類の束を机に積み上げ、難しそうな顔をしているボスがそこにいた。どうやら今は来客もいない。タイミング的に丁度良かった。


 重厚な扉を閉め、ボスに向かって自然体で歩いてゆく。ボスのこういう姿を見ると今から話す内容に躊躇いを感じてしまう。多分、物凄く叱られるだろう。「仕事を増やすな」と。けれどもここが正念場だ。もう後戻りはできない。


「ボスに大事な話があります。手を煩わせると思いますが、了承をお願いします」


「何だ? 改まって? 良いから言ってみろ」


「分かりました……では」


 最初は書類仕事のついでに聞こうとしていたのだろう。手にはペンを持ったままであったが、俺のただならぬ雰囲気を見て、ペンを置いた。


 即座に何があったのかと真剣な表情で問い質してくる。普段はいい加減だが、こういう所がウチのボスの良い所だ。親身になって話を聴こうとしてくれる。こういう姿を見ると決意が揺らぎそうになるな。


「次のレッドキャップ戦、シモンではなく俺が代役として戦います。ボスにはその手続きをお願いします」


「はあ? 今更何言ってんだ。戦うのはシモンだろ? 馬鹿も休み休み言え」


 しかし、もう俺はフィルと約束をした。後はただ突き進むだけ。今はそれを現実とするため、覚悟を伝える。


「いえ、シモンは試合ができないので、俺が代わりに戦います」


「何言ってんだ。シモンは今もピンピンしてるだろう。試合ができないとかあり得な……ちょっと待て。それは、どういう意味だ?」


 ボスも自分で口にして気付いただろう。俺の発言の雲行きが怪しくなってきた事を。俺のやらかしは今回が初めてではない。きっとまたろくでもない事を言い出すんじゃないか? そう考えているのが手に取るように分かる。


「はい。その通りです。今からシモンが怪我するのが決まっています」


「デリックお前、何考えてんだ」


 事実その通りだ。ボスの考えは何も間違っていない。


 怒りを露にドスの利いた声で脅そうとも、そんな事は端から承知。柳に風とばかりに受け流して、いつもの気持ち悪い笑顔を作る。


 目的のためには手段を選ばない。例えそれが仲間であったとしても。レッドキャップとの戦いの実現で、俺の思いついたプランは本当にろくでもなかった。


「やだなあボス、顔が恐いですよ。ちょっと今からシモンと肉体言語で話し合いをしてくるだけですから。そうするとあら不思議。シモンが怪我をしてしまうんです」


 そして、時は止まる。

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