第3章 ニセ剣闘士

第一話 師匠との思い出

 俺のこの世界での原点とも言える村時代、全てが手探りだった時に出会った師匠。そこで勉学に勤しみこの世界の事を多く教わった。それは大きな力となっており、今でも感謝している。


 前世の日本では義務教育があったからか深くは考えなかったが、この世界できちんと勉学を教わるというのは非常に稀な事である。学校が無い関係上、基本は家庭教師であるという。寺子屋くらいならどこにでもあるだろうという俺の考えは甘かった。ある意味裕福な家庭の特権とも言える。この世界は金が無いと勉強さえもできないという環境だった。特に辺境ともなればそれは顕著だろう。


 そんな中、極貧の俺にも勉学の手解きをしてくれた師匠は、それだけで変わり者だったのだと思う。


 何が言いたいかと言うと……師匠には恩義もたくさんあるが、変わり者だけにそれだけでは済まなかった。受けた被害は指で数えられる以上にあったりする。


 教材と称して専門書の写本をさせられ、売り上げを全て掠め取られた事はまだ良い。どの道、俺では買ってくれる相手を見つけられないし、日々の授業料の代金だと思えば良いだけの話だからだ。また、実験の助手として、よく分からない薬を何度も飲まされた事もある。そんな日には詫びのつもりかもしれないがお菓子が食べられた。


 そう言えば、お孫さんが遊びに来た時は体良く押し付けられもした。師匠のお孫さんらしく散々に振り回されたりしたが、よくお菓子をくれたのを覚えている。


 中でも飛び切りどうしようもない話がある。


 あれは、俺が奴隷として売られる少し前だったと思う。その日は不注意で大きな怪我をし、助けを求めて師匠の庵に駆け込んだのだが、出血がひどく、着いた途端に気を失って倒れてしまった。


 目を覚ました時、患部に包帯代わりの布が巻かれていた。きっと師匠が治療をしてくれたのだろう。御礼を言うため声を掛けるとすぐさまとても良い顔で、


「おおっ、デリック。治療ついでに下位互換の魔道兵器の触媒を埋め込んでおいたぞ」


 と言い放つ。


 その時の怪我は折れた木の枝に脇腹の肉を抉られる派手なものだった。止血にはきっと縫合手術が必要になった筈。こうした事に正しい知識を持ち、何でもないかのようにさらりとこなしてしまう。相変わらず凄い人だ。


 ただ、その後に続く言葉が衝撃的過ぎた。何でもないかのようにさらりと伝える事じゃないだろう。


 事態を飲み込めない俺に、師匠は嬉々として魔道兵器の解説を始め出す。


 「魔道兵器」という言葉を聞くと、どうにも転生前の固定概念が邪魔をして銃であったり大砲であったりと火器の形状を連想してしまうがそうではない。ここで言う「兵器」はもっと大きな枠で捉える必要があった。


 なんでも"竜牙兵"という、人型で自立歩行をする骨格標本の外見をした死なない兵士が魔道兵器の一つにあるらしい。要は無人で動くロボットのようなものだ。こう理解すると兵器というのも頷ける。


 ……だが、この"竜牙兵"というのは、現出させるには触媒が必要となる。お手軽に何も無い所から呪文を唱えるだけでポンと出てくる訳ではない。


 問題はその触媒となる物が竜の牙等の希少素材が必要となる事だ。竜の存在を知った時は少し興奮したが、今ではほぼ伝説のモンスターとされ、誰も見た事がないという。そんな物が手に入る筈がない。かぐや姫が求婚者に課した難題と同じレベルである。


 しかし、研究者という存在はだからこそ情熱を注ぎたくなる。ならばという事で、比較的簡単に手に入り易い素材で且つコストも低い方法で同様の触媒を製造できないか、という研究が密やかに続けられていた。ようやく一定の成果が出たのだが、それが俺の身体に埋め込まれた触媒である。


「試作品として昔なじみから送られてきたのじゃが、如何せん今のワシには不要な物だしのう」


 試作品がまだ"竜牙兵"そのものなら昔なじみの研究成果を見ても良かったらしいが、低予算触媒らしく竜牙兵も低い性能となっており、名ばかりの兵器だった。せいぜいが簡単な雑用ができるくらい。現状は単なる動く骨格標本、俗に言うスケルトンと何ら変わりのない代物らしい。


「だからと言って、俺の体内に埋め込む事の理由にはならないと思いますが……」


 師匠が「これだから素人は」とでも言いたそうな溜息を一つ付く。けれども今度は逆に目を輝かせながら、


「しかし、ワシは思ったのだ。本来なら死体や動物の死骸に使う触媒を、生きている人間の骨に使えばどうなるのか? もしかしたら、本人が寝ていても予め命令を出しておけば、ポンコツ竜牙兵が雑用をしてくれるかもしれないと」


「そんな都合良く成功する訳ないでしょう! ちなみに成功する確信でもあるんですか?」


 昔馴染みの研究成果をポンコツ言いやがった。


 しかも、もう少し考えた上での実験かと思ったら、明らかに思いつきでやったとしか思えない発言である。非難の目を向けながら反撃を試みるが、あっさりと俺から目線を逸らして、


「そんな事ワシが知るか。失敗したら触媒が作用しないだけじゃろ。深刻に考えるな」


 こう言い出す始末。完全に開き直っている。


「なら師匠が自分の身体で実験すれば良かったんじゃないですか?」


「ワシはまだ死にたくないからの。まだまだやりたい研究が山ほどある」


「コッ、コイツは……」


 そして続く清々しいまでの自己保身。アンタは魔術の徒として研究に命を捧げているんじゃなかったのか、と言いたくなる。


「それに上手くいっても面倒なら機能を眠らせとけば良いだけじゃろう。契約者はデリック自身にすれば良い。ワシもそこまで酷くはないぞ」


 喉を潤したくなったのか、師匠がカップにホットワインを注ぎ入れる。勿論一人分。俺の分は無い。室内を満たす芳醇な香りに満足げな表情をしていた。


 何とか踏み止まってくれたようだが、さらりと恐ろしい事を言ってくれる。もしポンコツ……いや、劣化竜牙兵の契約者が師匠だったらと思うと怖気が走る。


「けど、成功したら色々と試すんでしょう?」


「そんな事は当然じゃろう。ただ、その後はデリックの好きにすれば良いという話じゃな」


「本当、良い性格してるよ。そんな簡単に成功しないとは思いますよ。後、身体が変になったら、その触媒取り出してくださいよ」


 所詮は思い付きで仕込んだ実験なのだから、上手くいかなくて当然だと思っているのだろう。随分とあっさりとしたものだった。本当に人の迷惑を考えない。


「それは安心しておけ。これまで動物実験は数限りなくしておるからな」


「大事な弟子を動物と同じにしないでくださいよ!」


「そういう事はもう少し魔術の何たるかを理解してから言う台詞じゃな」


「まだ成人もしていない俺に研究者並みの知識を求めるな! ああっー。この人はどうしてこうなんだろう……」


「ワシの偉大さがよく分かったじゃろう?」


「褒めてないですよ。どうしてそうなるんですか」


「ハッハッハッハッハッハッハ……」


 そんなやり取りをした後日、怪我の経過を見た上で起動実験を行う。結果は予想通りの失敗。俺が魔法陣と思しき中に入り師匠が呪文を唱えたのだが、一瞬身体が青白くなっただけで以後は特に変化は起きなかった。


 他の方法があるかもしれないと様々な試行錯誤を行なうが、俺の身体は何も変わらない。


 その日はこれでお開きとなり、劣化竜牙兵の件は師匠の宿題となった。俺の身体に特に変化は起きなかったという事もあるが、師匠が「もう少し調べたい」という事で触媒の摘出は保留。その後、他の雑事にかまけている内に日々は過ぎ、俺は売られ奴隷となってしまう。


 そこからは環境が目まぐるしく変化していたので、この件はずっと忘れていた。


 いや、忘れていたかったというのが正しいかもしれない。


 何故今更ながらこの件を思い出したかと言うと、


「コノママデハカラダガキドウデキマセン。シキュウ ゲンザイカドウチュウノ セイギョジュツシキトキリハナシテクダサイ」


 今さっき、宙に浮かぶ人魂とも光球とも言える物体が目の前に現れ、頭の中に直接この警告が流れ込んで来たからである。当然、時間は夜中。俺がトイレに起きて用を足したその帰り道の出来事だった。


 暗がりの中、何の支えも無く浮遊する怪しげな物体。誰もいないのに直接頭に響いてくる奇怪な声。普通ならもうそれだけで恐怖の対象であり、大きな悲鳴を上げて錯乱しても良い。


 ──残念ながら、そうはならなかった。


 始まりは丁度コタコタでのデビュー戦を終えてからだと思う。最初は気にならなかったが、夜一人でいる時に軽く幻聴が聞こえるという予兆があった。その幻聴はずっとノイズが入ったり途切れ途切れの状態だったので、何を言っているか分からず、いずれはこういう事も起こるのではないかと予想していたというのもある。


 だがそれ以上に、


「ギャ…………はあぁ?」


 ──力一杯の悲鳴を上げて逃げ出す機会を逃してしまったからだ。


 流れ込んできた警告の中に含まれていた「キドウ」や「セイギョジュツシキ」の単語が妙に引っ掛かってしまい、恐怖より先に浮かんだ言葉が全てをぶち壊す。「何でやねん」というツッコミである。


 声には出さなかったが、それはもう心の中で「最近の幽霊は術式で動くのか?」「お前の言葉でホラーな雰囲気ブチ壊しじゃねぇか」「人魂なら人魂らしくもっとおどろおどろしく出て来い」と息つく間もなくツッコミし続けた。


「あのー、少し宜しいでしょうか?」


 気付けば、一つ咳払いをしてその人魂らしき物体へ揉み手をしながらコンタクトを取る始末。


「ナニカゴシツモンハアリマスカ?」


 話し掛けたのは目の前の人魂であったが、声は頭の中に直接響く感覚である。訳が分からない。しかも、きちんと言葉を理解して受け答えをしてくれている。やっぱり訳が分からなかった。


 幾らこの世界が異世界と言えど、何の脈絡も無くこうした事が突然起こるとは考え難い。可能性があるとすれば師匠とのあの件しかない。そう思うとここ最近の出来事が全て腑に落ちた。きっと目の前の人魂は警告に注目させるよう俺に見せているだけなのだろう。いずれ「caution」とか出てきそうだな。


「もしかして貴方は、劣化"竜牙兵"の触媒となる擬似人格ですか?」


 どういう原理かは結局理解できなかったが、使役者の命令を聞き、それを理解して、更に行動に移すために触媒には擬似的な人格が封入されているという話を思い出す。分かりやすく言えば、AIと制御プログラムが組み込まれている形だ。


「ギジジンカクガナニカハワカリマセン ワタシハリュウガヘイノセイギョジュツシキノカクデス」


 セイギョジュツシキノカク……制御術式の「核」だろうな。言い方は違うが、意味は同じか。


 最初のホラー的な雰囲気はどこへやら。片言の言葉で話す"カクさん"の話を聞くと、どうやら現在俺の魂(?)が邪魔をして、俺の身体を動かす事ができないらしい。なお、魂というのは俺の意訳である。


 ……うん。俺自身がまだ生きているから、当たり前の話だよな。


 要はこのカクさんの言いたい事は俺に「死んで」という事だった。


 ここまで理解を進めるのに約一時間弱。人気ひとけの無い真っ暗な廊下で、胡坐をかいてああでもない、こうでもないと検証していく。薄ぼんやりと光る明かりが、より不気味さを演出していただろう。


 言いたい意味が分かった瞬間、一瞬「もしかして俺を殺しに来たのか?」と思ったりもしたが、それができるようならとっくの昔にサクッとやってしまっているだろう。純粋にプログラムがバッティングして起動できないから、アンインストールしてくれという要望だと思う(意訳)。それに気付いた途端、どっと疲れが出てしまった。


「悪いけど、その件はまた今度にしてもらえるか?」


「ワカリマシタ マタ トイウノハイツデショウカ」


「うーん。制御術式を切り離す方法が分かったらこちらから呼びかけるよ。それで良いかな」


「ワカリマシタ オマチシテオリマス」


 そう言いながらカクさんはあっさりと引き下がり、以後は静寂が訪れる。随分素直な反応に驚いてしまう。


 何とかこの場は切り抜ける事ができた。次に催促されるのがいつになるかは分からないが、ゆっくりと考える時間くらいはありそうだ。


 最悪、ジャンに摘出手術をしてもらえば大丈夫だと思うが、幾らかかるのだろう。考えただけで頭が痛い。しかし、これが一番確実だろうな。落ち着いたら相談をする事を考えておこう。


 それにしても、師匠の最後に落とした爆弾が時間を経てこんな形で破裂するとは思わなかった。本当、偉大な師匠だよ。ずっと会ってもいないのにこんな迷惑を掛けるんだからな。

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