第八話 借金の返し方
「ガタガタ騒ぐな! 返済の目処は俺がつけてやる! お前らは金さえ戻ればそれで良いんだろ。三日後にまた来い」
正義の味方よろしく、俺の一言で実家に押し掛けてきた借金取りは、
…………そんな風に思っていた時期がありました。
何故か今、俺は家族全員の前で正座させられている。しかも、またもや衣服を剥ぎ取られてパンツ一丁。どうしてこんな扱いを受けるのか分からない。
鋭い視線が六つ、上から容赦なく降り注ぐ。和やかな雰囲気には遠いピリピリとした空気。そこへ口火を切るように姉が第一撃を放つ。
「デリック! 返済の目処ってどういう意味? どうしてそんな大金をデリックが持っているの?」
そういう事か。皆には「俺が借金を肩代わりする」と聞こえてしまったのだと理解する。あの時は借金取りを追い返す事しか考えていなかったから、つい威勢の良い言葉を選んでしまった。それが誤解を生んだという所だろう。
俺のプランは夜討ち朝駆けのような取立てに生活を邪魔される事なく、普通に無理のない返済をするというだけのもの。皆が頭に血が昇った状態でそれを理解してもらえるだろうか? 若干不安だが、順番に説明していくしかないか。
頭の中で今一度そのプランを反芻する。そんな凄い内容ではないがこれは意外と知られていない。勿論それは以前の日本での話。なら、この世界でも同じ事だろう。
人の営みは世界を超えても変わらない。ただ、それだけの話である。
俺が口を開くのを今や遅しと家族達が見守っている。視線は相変わらず突き刺すようなまま。待っている答えがどんなものかは痛いほど分かる。残念ながらその御期待には応えられないが。
充分に言葉を選びつつ、感情的にならないよう、淡々と話し始めていく。
「何か勘違いしているようだけど、借金を返すのは父さんだよ」
「それができないから、今こうなっているのが分からないの!」
間髪入れずに姉のカウンター攻撃が炸裂。だが、掴みはOK。明らかな落胆の気持ちが見て取れるが、ここからが今回の真骨頂である。
「いや、それができるんだよ。姉さん」
「…………どういう意味?」
次に結論。
カルメラ姉さんの感情的な言葉に反応をせず、事実のみを伝える。
できないと思っていた事が実はできる。何故? どうして? こうなった瞬間、ほぼ勝敗は決する。後は問題点を明らかにし、その解決策を提示すれば良いだけ。今回の場合は単純に時間的な問題である。
「もう一度今回の件を確認するけど、要は父さんの怪我が治り仕事が再開できるなら時間は掛かるけれども借金は返済できる。けれども、それがいつになるか分からない。それなら『娘を売ってでも金を作って返せ』という事だね」
「……デリック、アナタね。もう少し言葉を選びなさいよ」
「ああ、その通りだ」
姉は俺の言葉に不満顔で答えるが、さすがに父は冷静に答えてくれた。本心ではどう思っているか分からないが、俺がどんな事を考えているか聞きたいのだろう。
今回の一件、最初は父の怪我によって仕事ができない間の家族三人分の生活費程度の借金だと思っていた。なのに姉の奴隷落ちであったり、借金取りが家まで押し掛けてくる……どうしてこんな事態にまで発展したのかが分からない。
この事を父に聞くと、どうやら怪我により契約した仕事に穴を開け「違約金」が発生したのが原因だった。
当たり前の話だが、父が怪我をしたからと言っても大元の契約は変わらない。ましてや父は下請けである。仕事の一部が滞るだけで、他の大多数は契約通りの納期に合わせて仕事をしている。父の怪我によって全体がストップするというのはあり得ないからだ。
そうなると取り決め通りの納期に間に合わせるためには新たな職人の確保であったり、スケジュール調整であったりと数多くの手間や余計な経費が発生する。これが違約金という形となる。
なら、その「違約金」は大きな額になってしまうのはある意味仕方がないだろう。例え蓄えを吐き出しても払い切れない程に……。
そういった事情を踏まえた上で、
「なら話は簡単だね。融通を利かせてくれる所で借金をすれば良いだけだから」
今回の場合は、借金する所を選ぶ必要があったというオチである。
「すまん。言っている事が分からん」
「そうよ。もう少し姉さん達にも分かるように言いなさいよ」
きっと焦っていたか、強力な違約金の催促があったのだろう。早く支払う事を優先した結果、金を借りる際にきちんと条件等を調べなかったのだと思う。
日本でも似たような事があった。取引先の支払いが遅れる結果、このままでは手形が落ちなくなる。急いで資金が必要だ。そうだ「商工ローン」に手を出そうと。
商工ローンであったり街金であったりの良い所はすぐに資金を用意してくれる事だ。消費者金融も同じ事が言える。
だが、こういう業者は金利が高い上に融通を利かしてくれないので、小口の借り入れなら問題無いが、金額が大きくなると返済に困る場合が多い。特に商工ローンは取立てが厳しく社会問題化した事でも有名である。
かたや銀行や政府系金融機関。この辺は審査を経るので入金までに時間が掛かるのがネックだが、その分金利も低く、事情を話せば融通を利かせてくれる。
「つまり、今回は『借金の借り替え』をしようという提案。組合の金融機関からお金を借りて、さっきの街金に借金を返済する。で、父さんはその金融機関に少しずつ返済すれば良いだけ。それで全て解決」
グッと拳を握り決め顔を作る。俺の自信たっぷりのプランに全員が騙され……いや、納得をしてくれたかと思ったのだが、
「デリック、借り替えは良いけど、それに何か意味があるの?」
と至極当たり前の質問を頂いてしまった。
普通はそうなるか。この世界で庶民が、年利が変われば月々の支払い金額が大きく変わってくる所まで理解するのは難しそうだしな。
借金取りがいたあの時、契約書の写しを分捕って確認したが、年利がふざけた数値になっていた。日本なら間違いなく法律違反である。きっときちんと返済しない人も結構いるのだろう。回収率が低下する分、年利が高くなるのはある程度理解する。
ただ……だからと言って、父もそれに付き合う必要は無い。単純に無駄な金だ。こういう所とは早々に手を切るに限る。
「まず返済を待ってくれる。いわゆる猶予期間だね。半年くらいならいけるんじゃないかな。だから、父さんの怪我が治って仕事を再開するまで待ってくれる。これが一点」
「……続けて」
「次に金利が低い……と言うか、月々の返済金額がそれ程大きくならない。多分、借り替えの手続きをすると色々と手数料が加わったりで借金の総額は少し増えると思うけど、さっきの高利貸しに支払う金額よりも月々の返済は安くなるよ」
続けて「借り換えをした方が全ての意味で得になる」と締めておいた。
『…………』
ここで一斉に「さすがはデリック」と褒め称えてくれるなら……こんな楽な事はない。予想通りではあったが、俺の説明を聞いた皆は大口を開けて固まっていた。
理由はこの内容が"デリック"という人物から出てくる事自体に問題があるからだ。どこかの役人からでも聞けば、あっさりと信じてもらえただろう。それでも今回、話自体を頭ごなしに否定されず、最後まで話を聞いてくれたので結果としては上々と言える。
だから、
「……父さん、デリックの言っている事本当?」
「いや、ワシも初めて聞いた。そんなものがあるのか」
「父さんはこう言っているわよ」
「うん。こういうのは明日になれば分かるよ。父さん、この町の組合の場所は分かりますか? なら、明日案内して下さい」
証明は現物を示せば良い。事実を知れば今日俺の言った事は間違いなかったと分かる。
多分、俄かには信じられない内容だと思う。現代日本でも政府系金融機関の存在を知らない人は結構いる。結果、銀行に融資を断られた人達が泣く泣く高利貸しに手を出したケースは何度もあった。
「……ああ、分かった」
この感じなら、ある意味ミッションコンプリートで良いだろう。後は実際の手続きだが……これは俺がすれば良いから問題無い。お堅い所での書類のやり取りは悲しいかな手馴れている。
それにしても、今回のやり方は褒められたものではない。何も間違った事は言っていないが、詐欺をしたような気持ちになってしまう。けれども、そうした俺の思いは今は余計な事ではある。
ある程度の展望が見えたからか、気が付けば空気も柔らかくなっていた。
そんな中、姉から意外な言葉が飛び出す。
「それにしたってどうしてデリックがこんな事を知っているの? 何か危ない事をしてる訳じゃないわよね」
「……姉さん。今の仕事場、『人手不足でいつも忙しい』って言ったの覚えてる?」
「ええっ、覚えているわ」
「そう。だからね、平気で借り入れの書類提出とか、融資の資料の受け取りとかさせるんだよ。そうすると、どんな事を書いてあるか読むでしょう?」
文字の読み書きができるからこき使われていました、というだけの悲しい現実。現実問題として書類に不備があった場合は何度もその場で訂正してきた。
お陰でニトラの組合には結構顔見知りができてしまう。俺も俺でお使いだけではなく、待ち時間の間に他の資料を見たり、職員の人に色々と質問している内に詳しくなったりもしている。この町の組合にはまだ行った事はないが、中身はニトラとそう変わらない筈だ。
『…………』
「デリック」
「……はい?」
「アナタ、何やってんのよ!!」
姉さんには「雑用」と伝えていた俺の仕事。だが、普通に考えれば俺の口から出た言葉は雑用から大きく逸脱している。特に識字率が低いこの世界では尚更だ。
故に姉さんが絶句し、盛大なツッコミをするのはとても良く分かる。
本当、俺は普段何をしているんだろう。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
翌日、父と共にこの町の組合に足を運んだが、結末はあっさりしたものだった。予想通り父のような職人でも受けられる融資制度があり、職員に説明を受ける。
勿論、年利は今現在借金している高利貸しとは雲泥の差である。しかも全般的にニトラより低い。いかにこの町が商業に力を入れているかが分かるというものだ。
笑った事と言えば、担当の職員が終始困惑した顔で俺と話を続けた事だろう。最初は俺の方が付き添いで来たと思われていたようだが、実際には父の方が付き添いだった。父の方は良くも悪くも職人気質のような性格なので、こうした金の話には疎く、ずっと口を閉ざしており職員の人がチラチラと父の反応を窺いながら話をしていた。
これで後は書類を提出し、審査が終わるのを待つだけである。
「それでリーダー、どうですか?」
「デリックよ、そう焦らすな」
父が仕事上の親方に融資を受ける同意書にサインを貰った帰り道、折角だからとここコタコタの剣闘士宿舎に招待をする。目的はジャンに父の怪我の具合を見てもらう事である。
どういう治療をしたのかは分からないが、父の年齢で骨折をして一ヶ月を超えても痛みが続くのを不審に思ったからだ。普通に考えれば治療に失敗しているのではないかと思う。
それはそうと、ジャンと平然とこんなやり取りをしているが、一応この宿舎は関係者以外は立ち入り禁止である。名目上は。
そう。あくまでも名目上である。守らなかった事でペナルティーが発生する事は一切無い。さすがに女の子を連れ込んだりしたら「他所でやれ」と叩き出されるだろうが、そうでもないのなら特に厳しく言われる事はない。
今回は念のために納入業者のフリをして入ってもらった。お陰ですれ違うスタッフ並びに剣闘士は父の姿を見ても何とも思っていない。とてもいい加減で素敵な所である。
唯一厳しく言う存在がいるとすれば実際に治療をお願いするリーダーことジャンだが、神への供物としてワイン一樽を寄付する事であっさりと了承してくれる。なお、寄付の形は聖職者である彼が一旦預かり、後に教会に持ち込む。それが百年後になるか二百年後になるかは彼のみしか知らない。
「ふむ。結論から言えば治療失敗だな。骨がずれている」
「……やっぱり。改めて治療をお願いします」
苦悶の表情を見せる父を置き去りにして、話はとんとん拍子に進む。父の方は、ジャンの触診に必死で痛みに耐えているので俺達の話に首を突っ込む余裕は無い。
借金返済の段取りだけではなく、怪我の治療の面倒まで見るのは少々お節介な気もするが、乗りかかった船である以上は中途半端な事はしたくない。俺が今できる最善をしたつもりである。
「仕方がない。今回だけだぞ。神の慈悲に感謝しろよ」
「はい。ありがとうございます。リーダー」
こうして父の怪我の治療の段取りも終了。明日には手術をしてくれるという。
後は書類を提出して、手袋の完成を待つだけだな。そろそろ棍棒も完成し、到着しているだろうから受け取りを終わらせておこう。
紆余曲折はあったが、デビュー戦の前に全てが何とかなりそうでほっとしていた。
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