第六話 姉との再会
「はぁ、どうすっかなー」
野試合を終わらせた後、そのまま棍棒の発注……とはならず、木刀を返してそのまま逃げるように店を出る。
君子危うきに近寄らず……単純にこれ以上面倒事に巻き込まれるのは遠慮したい。今の俺はデビュー戦を控える身。カルロスもしばらくは大人しくなるだろうと思うが、余計な事に現を抜かしたくなかった。
やると決まったからには早々に準備を終えて、練習等、戦いに集中するつもりだ。
「得物は棍棒に決まったから、後は仕様の発注だけで良いな。戻ったら先輩に他の店を見繕ってもらおう」
そうなると、必要な物は装備となる。まずは手袋。そして手甲と脚絆(ゲートル)辺りか? 手甲と脚絆は最悪ジャンに頼み込んで包帯に使っている布を譲ってもらえば何とかなるが、手袋だけは良い物が欲しい。厚手のピッタリサイズで動きを阻害せず、しかも頑丈で……手に入るだろうか?
ふと見上げると、随分と空が高く見える。心地良い風が通り抜け、まどろみを誘う。こうも心地良いと面倒な事は全て忘れてどこかで昼寝でもしたくなってきた。さっきの野試合で少し疲れたというのもある。
さすがに昼寝は駄目だが少し休憩するくらいなら問題無いだろう。何か飲み物かオヤツでも買い、まったりしようとその辺を散策してみる。
やはりここコタコタは人が多い。しかも皆、結構小奇麗にしている。作業着姿が基本のニトラとは大違いだと改めて実感した。
当然女の人も雰囲気が違う。例えば、今通り過ぎた女性は着ている服自体は簡素なのにまるで高級品でも纏っているようだ。背も高くスタイルが良いのがその理由だろうか。……うん? 何だか目が合ったような。気のせいだな。
「…………ック」
リンゴでも売っている所があれば良かったのだが、そうは見つからないか。こんな時ニトラなら、農作物を運んでいる人から直に果物とかを譲ってもらえるのだが……どうも勝手が違う。
「……ック、デリック……」
「俺のような田舎者には都会はまだ早かったか」
今度散策する時はきちんとガイドを頼もう、そう思っていると、後ろから俺の事を誰かが呼んでいるような気がした。
少し立ち止まって考えてみる。俺自身この町は今日が初めてなので知り合いはいない。ニトラや故郷の村の知り合いの可能性もあるが、それは可能性的に薄い。となると俺と同じ名前の人がこの辺にいるのだろう。紛らわしい。
「えっ?」
気を取り直して歩き出した所、突然腕を掴まれて引っ張られる。不意打ちだったのでつい間抜けな声が出てしまった。
「ちょっと待ってって言ってるでしょう!」
後ろを振り向くと、さっきすれ違った綺麗なお姉さんが肩で息をしながら物凄い形相で俺を見ていた。
「あなた、デリックでしょう?」
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
見知らぬ町、見知らぬ女性、そしてあり得ない出来事。
「デリック! あなたデリックでしょう? そうでしょう? デリック!」
掴まれた腕には更に力が込められ、必死に俺に対して訴えかける。
(問題) 突然綺麗なお姉さんから逆ナンパをされてしまいました。どうすれば良いですか?
1.人違いだとはっきり言う。
2.無視してそのまま立ち去る。
3.取り敢えず話だけでも聞く。
4.流れに任せてその場のノリで返す。
何故そう思ったのかは良く分からない。こういうのを「魔が差した」と言うのだろう。
俺の選択は当然……
「もしかして姉さん! ずっと会いたかったよ!!」
4.以外はあり得なかった。後先考えずについついやってしまう。
この一言を切っ掛けに、目の前の女性は表情が一変。今にも泣き出しそうな雰囲気へ。
「ああ、やっぱりデリックだったわ。帰りを待っていたのよ。もうどこへも行かないでね!」
「……うん。もう姉さんを離さないよ。これからはずっと一緒だよ!」
お陰で引き返す事はできなくなってしまった。
覚悟を決めてそのまま胸に飛び込み、抱きしめ合う。伝わる鼓動と肌の温もり、そしておっぱい。
「本当、良かったわ…………」
震えるような声でただ一言絞り出す。背中に回った手に一層の力が加わる。そうかと思うと右手は俺の頭の上に置き、優しく撫でてくる。
まるでドラマのような感動的な姉弟の再会(?)。時が止まっている錯覚すら覚える。それくらい柔らかなおっぱいの感触を……いや、肌の温もりを確かめ合っていた。
一体どれくらいの時間そうしていたかは分からないが、やがてどちらからともなく力を緩め、少し距離を取って見詰め合う。それでも手だけは繋いだまま。
慈愛を込めた眼差しで俺を見る彼女。ほっそりとした眼にやや垂れ下がった眉が優しさを感じさせる。うん。やはり美人さんだ。
年齢的にはニ、三歳年上といった所だろうか? 女性的な身体のラインと大人びた雰囲気に色気さえも感じてしまう。簡素ながらも清潔感を感じさせるワンピースを着ているのだが……何と言うか身体のラインがしっかり出ているんだよな。こういうのをマーメイドラインと言うのだろうか。良く分からないが。
「そう言えば、いつこの町に戻って来たの?」
「えっ? ……ああ。戻って来たのは今日だよ。仕事でこの町に来たんだ……って、忘れてた。まだ用が残っているんだ」
手袋を発注に行く途中だったのを今更ながら思い出す。おっぱいの破壊力は抜群。全てを忘れさせる。
こういうのは一日でも早く終わらせないと後に差し支える。姉さんに一言「ごめん」と言って手を離そうとするが…………ガッチリ握られて離してくれそうもない。
挙句、
「駄目よ。どこに行くつもりなの。今さっき『一生姉さんを離さない』って言ったのは嘘だったの」
とのお言葉を頂く。機嫌を損ねてしまったのかムッとした表情へと変化する。
「仕事だから仕方がないよ。買物があるんだ」
「そう。なら、お姉ちゃんが手伝ってあげるわ。何を買いに行くの?」
間髪入れずにこの言葉が飛び出すが……何だか危うい感じがする。
姉弟で仲が良いのは素晴らしいが、これは度を越していないか? 「過保護」という言葉の方がとてもしっくり来る。何となくだが、これ以上は深入りしない方が良さそうだ。元々が人違いというのも当然ある。
「買うのは手袋だから一人でできるよ」
デリックはにげだした。
手を振り解こうと思いっ切り引っ張る。
「デリック!!」
「はっ、はい! 何ですか? 姉さん?」
「手袋が必要なら家を頼れば良いでしょう。父さん程じゃないけど私が作ってあげる。どうしていつも一人でしようとするのよ」
しかしまわりこまれてしまった。
手を離さないどころかより強く握られ、痛いくらいにがっちりとホールドされる。
「…………はい。お願いします」
「それにこの服かしら……臭いわよ。洗ってあげる」
必死の脱出を試みるもののそれは叶わず。埋められた外堀はとても強固であった。実力行使の方は言わずもながである。
押しの強さを発揮した初対面の姉は「本当にデリックはお姉ちゃんがいないと何もできないんだから」と呟きながらも笑顔を取り戻す。どうやら結果的に本物のような行動をしていたようだ。
その笑顔を見ると何だか抵抗するのが馬鹿らしくなってしまう。自分の撒いた種だ。流れに身を任せるのもアリだよな。このまま新たな実家への里帰りといこうか。
姉(仮)に引き摺られながらもそんな事を考えていた。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
「それで、本当の名前を教えてもらえるか? 後、何が目的だ?」
現在半裸で正座中……いや、パンツ一丁と言った方が正しいか。もう少しで最後の砦も陥落しそうになるがそれだけは何とか死守する。着ていた服は姉(仮)に奪われ洗濯中。鼻歌交じりで出ていった彼女とは対照的に、目の前で椅子に座る父(仮)は警戒感丸出しで俺を見ている。
ひん剥かれた事は予想外であったが、こうなるのは予想された出来事であった。
建て付けの悪いドアを開けて家の中に入った時、二人が俺の姿を見て絶句していた。ついつい乗せられて付いてきたは良かったが、こちらの反応の方が普通と言える。
「本当の名前もデリックなんですよ。息子さんとは別人になりますが……。嘘は言っていないです。それで姉さん、いや、娘さんから声を掛けられた時、反射的に答えてしまったんです」
本当はその場のノリで適当ぶっこいただけなのだが、それだけは言えない。うん。これなら嘘も無いし大丈夫だろう。
目の前の男性──年の頃は三十代と言ったところだろうか。無精髭を生やし、職人気質のような雰囲気がある。こういう人には下手に嘘を付いたりせず正直に話す方が良い。その場を取り繕うと後でとんでもない事になりそうだ。
「それと目的ですね。事情により手袋が必要でして、その製作の依頼となります。ですが、右手を怪我されているようですので、ご迷惑でしたら仰って下さい」
「……むう。一応筋は通っているな」
「アナタ。これ以上いじめたら可哀想でしょ。きっとカルメラが無理矢理ここに連れてきたのよ。あの子、言い出したら聞かないから。それにしても本当にそっくりね。最初見た時はあの子が本当に帰ってきたのかと思ったわよ」
業を煮やしたのか後ろに控えていた母(仮)が、まだ釈然としない父(仮)に対して宥めるように割って入ってくれる。母(仮)の方は最初から悪い印象は持っていなかったようだ。
それにしても、反応は違うが三人共がこう言うからには本当に瓜二つなのだろう。ドラマ等では見た事があったが、まさか自分の身に起きるとは思わなかった。
ただ、先程の言葉には違和感を感じる。
「あの、さっきの言葉、『本当に帰ってきた』というのはもしかして……」
「ああ、二年前に亡くなったよ。旅先で事故に会ったと聞いている。カルメラは信じていないがな……」
やはりそういう事だったか。死んだと思っていたデリックが突然戻ってきたら、何があったのかと思うよな。大騒ぎにならなくて良かったと言うべき……いや、姉さん(仮)はそうでもないか。
なお、姉さん(仮)が弟の死を信じていないというのは、「遺体を確認していないから」という理由だった。デリックの件に付いては正確には行方不明という事になっている。状況的に死亡扱いになっているようだ。
そういう理由なら、姉さん(仮)の反応は分からないでもない。
「……変な事を言うようですが、実は俺、親に売られて今奴隷やってまして、この町には仕事で来たんですが……しばらくこの町にいるんですよ」
そう言いながら手に持っていた奴隷の証明となるドッグタグのような金属プレートを見せる。
『!?』
「それでですね、この町にいる間だけデリックになっても良いですか? お二人の事は父さん、母さんと呼んで良いですか?」
だからなのだろう。こんな事をしても何も変わらない事は分かっているのに、ついつい馬鹿な提案をしてしまう。
「故郷の無い自分が、例え仮初であっても家族と呼べる人が欲しいというのは変でしょうか?」
いわゆる家族ごっこである。単なる呼び方だけではあるが、それでお互いの心の隙間を埋める事ができるなら、良いんじゃないかと思ってしまった。
『………………』
あっ、あれ? 予想していた反応と違う。二人共が目を見開いた状態で固まっていた。やはり突拍子もない提案だったか。
「あっ、すみません。変な事を言いましたね。忘れて下さい」
何だか急に恥ずかしくなってしまったので慌てて取り消そうとするが、もう俺の言葉は届いてなさそうだ。呆れさせてしまったか。仕方ない。姉さんが洗濯から戻ったら、そのまま退散するか。
そんな気まずい空気が流れる中、ようやく父(仮)が重い口を開く。
「デリック君と言ったね。良かったら、この町に来るまでどんな事があったか教えてくれるか?」
「はい。大した事はないですが、それでも良ければ……」
このまま沈黙する雰囲気に耐えられそうになかったので、場繋ぎ程度の気持ちでこれまでの生活を話していく。勿論、転生云々に付いては秘密であるが、それ以外は隠した所で意味が無いと思い、洗いざらい話す事にした。
「本当、これまで良く頑張ってきたわね。大変だったでしょう」
「まだ子供なのにもうすぐ剣闘士になるとはな。何故それを早く言わない。手袋以外にも他にも必要な物はないか? 協力できる事があれば言ってくれ」
「えっ? えっ?」
話し終わるや否や二人から一斉に言葉が飛んでくる。相槌も無くただ聞いているだけだったので、突然の反応に驚いてしまっていた。
「何呆けてるんだ。今さっき『父さん、母さんと言って良いか』と言ったのはデリックだろう」
「それじゃあ……」
「そういう事よ。これからはいつでも私の事は『母さん』と言って」
「そうだぞ。これからはいつでも遊びに来て良いぞ。オンボロだけどな」
何故か今、物凄く同情されているような気がする。これまでの生活、俺自身は食べ物で困った以外は「そんなものだろう」位にしか思っていなかったが、どうやら思った以上に過酷だったようだ。まあ、これで何とかこの場も収まったようなので、結果オーライと思えば良いか。
雨降って地固まる……いや、違う。
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