第五話 剣闘士の資格
ブンという派手な風切音が離れた位置にいる俺の耳にも届いてくる。まるで見せつけるかのような派手なパフォーマンス。金属製の剣を両手で持ち、数度振り下ろす。
「どうして俺様が単なる店番で、お前のようなヒョロイのが剣闘士になれるんだ! おかしいだろ!!」
「別に俺に勝った所で、アンタが剣闘士になれる訳じゃないと思うぞ」
「うるせーよ!! そんな事、分かってる。お前のそういう態度がムカつくんだよ!」
何故か一方的に因縁を付けられ、今はお店近くにある空き地で剣闘士としてデビューするにふさわしいかの試験を受けさせられる羽目になってしまった。
当然そんな試験自体は存在しない。視線の先にいる店番をしていたガキが勝手に言い出し、勝手に試験官として名乗り出ている。俺はそれを受ける事となった。
ルール自体は至極簡単である。ギブアップもしくは戦闘不能になった方の負け。…………これを試験というのはいささか乱暴過ぎる。俺の剣闘士デビューをやっかんで喧嘩を吹っ掛けてきたと言った方が正しい。
「さっさと構えろ! 剣闘士様の実力を俺様に見せてみな。まっ、俺様の方が勝っちまうかもしれないけどな!」
「ヘイヘイ」
気乗りはしないが、俺も俺で確認したい事があった。
手にした木刀を真上に立て右肩に引き寄せるように小さく構える。いわゆるトンボの構え。木刀はさっき店で振っていた物だ。とは言え、剣は前世では学んでいなかったのでほぼ独学。今の一座に入ってジラルド先輩に教わった程度である。
元々のベースがキックボクシングだったという事もあり、構えはゆったりしたものよりも窮屈な方がしっくりくる。結果、こういう形となった。後、左脚が前に位置するのもそれを選択した理由となる。
「ギャハハハハ!! 何だその構えは!」
ジラルド先輩からも構えを変えるようには言われてはいるが……まあ、そうなるか。
「そんな相手に『手も足もでませんでした』なんてならないようにしろよ」
「抜かせ! その言葉、そっくり返してやる」
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
「簡単に見させてもらっていたが、ここではどういうのがお勧めだ? 用途は剣闘士として使う得物だな。急にデビューが決まったんでな」
後ろの方から「えっ?!」という声が聞こえてくる。多分、さっきのガキだろう。……いや、ここのお店のご子息と言うべきか。
「そうですね……」
息子とは違い明らかに侮った態度を見せないのはさすがという所だが、訝しげな視線で見ているのは分かっている。自分自身でも理解はしているが、体格的に貧弱だと思っているのだろう。さもありなん。
結果、予想通りではあるが、出てきたのは刃渡りの短い剣。まあ、ここで変に長いのを出してこない辺りが良心的なのかもしれない。
「やっぱりそうなるか……。因みにここでは木製の棍棒は取り扱っているか?」
「えっ?! 棍棒ですか? それは大丈夫ですが、それよりもこちらの方がお勧めですよ」
と言って、先程の短剣を今一度押してくる。
「ああ、悪いな。短いのは扱えないんだ。長いのでしか練習していないんでな。けど、まだ力が足りないから今の俺には木製が精一杯だと思う。まあ、相手も新人用の下っ端だからな。今回はそれで何とかするつもりだ」
要は間合いの問題である。短いのは殆ど触ってこなかったので、どの程度まで届くか感覚的に掴めていない。
また、木だからと言って木刀や棍棒を侮ってはいけない。人でも当たり所が悪ければあっさりと殺せる威力は持っている。かの有名な宮本武蔵も初めて人を殺したのは木製の武器であった程だ。
「そういう事なら仕方ないですね。次の機会にはきちんとした得物を手にして下さいね」
分かり易い位にがっかりしているので、もう少しで笑いそうになってしまった。そうだよな。棍棒と短剣じゃ値段が全く違う。例えるなら車を買ってもらえると思ったら、買ったのはスクーターだったという感じか。これなら俺でもがっかりするよな。
少し可哀想になったので、何か他の装備品を同時発注してお店に貢献しようかと思っていたが、
「ぷっ、ダッセー! 剣闘士が棍棒って、お前馬鹿? 剣闘士は剣を使うのが普通だろう」
……言い方は悪いが、至極当たり前のツッコミを頂いてしまう。事情が事情とは言え、俺もその意見には概ね同意する。
「カルロス! お前何言ってるんだ! お客様の前だぞ」
腹を抱えて笑う息子を父親が叱りつけるが全く動じていない。態度は何も変わらなかった。いや、入店してから何も態度は変わっていないか。あまり気分の良いものではないが、相手をするだけ無駄であるし、気にしても仕方がない。
すぐ近くから聞こえる笑い声をスルーして、店主である父親の方と話の続きをしようかと思っていたのだが……
「……って、オイ。無視かよ! そんな根性無しでデビュー戦勝てるのか?」
そうはさせてもらえなかった。どうやら俺の態度がお気に召さなかったようだ。
「デビュー戦に勝つにはまだ必要な物があるんでね。アンタに構っている暇が無いだけだな」
「ちっ、やっぱお前ムカつく。こんな非力な奴が剣闘士なんて許せねぇ」
下手に出ても付け上がるだけだし、かと言って強気に出ても話が拗れるだけ。ならば、という事で突き放してみたがこれも不正解だったようだ。火に油を注いでしまったかもしれない。
更には、
「俺様の方がお前より力は圧倒的に上だ。俺様の方が強いんだから、剣闘士のデビューを譲れ!」
こんな無茶な事を言い出す始末。普通に考えてそれはできない。プロレスのように乱入できると思っているのだろうか?
「確かに俺は弱いがそれは無いな。そんな甘い考えじゃ剣闘士としてやっていくのは無理だと思うぞ」
「よーし、良く言った。なら俺様がお前をテストしてやる。それだけの事が言えるなら俺様にも勝てる筈だよな!」
「…………なんて面倒な」
詰んだ。つい正直に言ってしまった結果がこれだ。
剣闘士に憧れるのは痛いほど分かる。だが、少々の力自慢程度ではやっていけないのが……分からないんだろうな。だからこそこんな態度となる。
本気で剣闘士としてやりたいなら、もっと他の手段がある。こんな事をして一体何の意味があるのだろうか?
「良いから表に出ろ!! 近くに空き地があるからそこで勝負だ!」
「…………」
念のため父親の方を見てみるが、溜息を付くだけで何もしようとはしない。いや、もう諦めていると言うべきか。因縁を付けられるコッチは堪ったものではないというのに、仲裁の期待もできない。
この一連の流れを見ると、今日が初犯ではなさそうだ。嫌がらせ相手として俺は丁度良さそうに見えたと言うべきか。随分と舐められたものだな。
正直こんな茶番に付き合うのは馬鹿馬鹿しいので、早々に退散をしたいのだが……ふと「デビュー前のスパーリング相手に丁度良いのでは?」という考えがよぎる。
幾ら相手が弱いと知らされていてもぶっつけ本番は恐い。今の自分がどこまで動けるかを確認をしておいて損はないだろう。それに試してみたい事もある。
そういう意味ならこの茶番もありか。
「分かった。今回だけは付き合ってやろう。得物はどうする? 俺は見本の木刀を借りるぞ」
「けっ、やっぱりかよ。好きにしな。こっちは刃引き(刃の無い剣)を使わせてもらうぜ。後から武器のせいで負けたとか文句を言うなよ」
「そういう事ならお前も俺と同じ木刀にした方が良いぞ。後でもっと恥をかく事になっても知らないからな」
「言ってろ! もう泣いたって許してやらねぇからな」
こんな不毛な会話を続けながら、二人して仲良く店の外に出る事となった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
開始の合図も無いまま、先手必勝とばかりにいきなりカルロスが襲い掛かってくる。
明らかなニヤけ面。この一撃で全てが決まるとでも思っているのだろう。迷いなく得物を振り被る。
身長は俺とそう変わらない。いや、俺より少し上といった程度だろう。年齢もそう変わらない。多分、同い年。だが、その体格は俺と大きく違っていた。明らかに筋肉量は向こうが上だ。そのパワーを源泉とした自信の程はよく分かる。
──動きに無駄が多過ぎるけどな。
それでも、張りつめた筋肉から解き放つ大きな一撃は、当たれば即KOの必殺の一振りとなる。良い所に当たれば死ぬかもしれない。
下手に防御をすれば、重い得物に押しつぶされて圧倒的に不利な立場に追い込まれる。まさに初見潰しとでも言うべきか。
しかし、俺はそんな未来予想図に付き合ってやる義理はない。
俺がする事──親切な事にこれから何をするか教えてくれているのだから、足さばきを使ってかわせば良いだけである。
敢えてその場から動かず、そっと左脚だけを真横にスライドさせる。
「これで終わりだーー!」
肩がピクリと動いたのが確認できた。その瞬間、左脚を時計回りに回転させる。
カルロスが放った一撃はさっきまで俺がいたと思われる空間を袈裟斬りに。横移動でそれを回避した俺は、何事もなかったように横目でニヤリと笑う。
「は、速い」
いや速くない。単なる軸回転による移動である。コツさえ掴めば誰でもできる。
俺からすればこれまで練習してきた技の確認に過ぎないが、初めて見る動きだったのだろう。口をあんぐり開けたまま動きが完全に止まっていた。いや、外して呆然とするなよ。
少しの時が過ぎた後、自身が不利な位置にいる事を理解したのか逃げるように後ろに下がっていく。敢えて何もしなかったが、普通なら追撃されて終了となる。無理に得物を使わなくとも、そのまま体当たりする気持ちで俺から間合いを詰めれば、足がもつれ下手をすると転ぶだろう。
当然その動きに合わせて反撃に転じても似たような結果となる。安定していない重心で攻撃を繰り出した所で大したダメージにならない上に、やっぱり下手すると転ぶ。
本当、力自慢だけで勝てるほど世の中は甘くない。
「これで終わりじゃなかったのか?」
肩で息をするカルロスに少しちょっかいを出してみるが、
「けっ、さっきのは本気じゃなかったんだよ! 次こそお前を倒してやる」
……案の定トサカに来ていた。もうこれでほぼ俺の勝ちが決定する。もう少し冷静でいられないのだろうか?
こちらから仕掛けても良かったが、懲りずに向かってきてくれるので重心を前に傾けて迎え撃つ形とした。
またもやカルロスが大きく得物を振り被る。さっきと違うのは、振り被った後のタメが今回は少し長い。
黙って眺める必要もないので、後ろに位置する右脚で地面を蹴り、飛び込むように間合いを詰める。
「ハッ!」
"縦拳" ── 捻りを加えないので出が速いのが特徴。
「あっ!!」
同じ事をすれば見切られると思い、今度は相手の想定外の動きをするべく前へと出る。本来なら木刀による突きを出す予定が、つい左拳の突きが出てしまった。得物を使った戦いにまだ慣れていない。この辺は要改善だな。
とは言え、出した拳はしっかりとカルロスの顔面にヒット。威力自体はそうは出ていないと思うが、持っていた刃引きの剣を地面に落としていた。ドサリという音が耳を通過する。
「これで俺の勝ちだな」
さっき言った「あっ!!」は無かったかのように、平静を保って木刀の切っ先を相手の顔面に突き出しておいた。下手な動きをすればそのまま滅多打ちにする意思表示と言えよう。
「………………負け、ました」
しばらく目が泳いでいたが、観念をした。物凄く辛そうな声で自身の負けを認める。幾らコイツが負けず嫌いだとしても、この状況をひっくり返す秘策がなければどうする事もできない。
「……ど、どうして俺様がこうも簡単に……」
カルロスも負けを認めたし「さあ撤収」と思っていたが、余程俺に負けたのが悔しかったのか、その場から動こうともしない。しばらく見守っていると、そのまま膝を付き何やらぶつぶつと呟いていた。
気持ちは分かる。格下だと思っていた相手に良いようにあしらわれ、手も足も出なかったのだから。だが、そうした点も含めて剣闘士になるには実力が足りなかったという事だろう。厳しいと思うがな。
「……なあカルロス……」
「……うっ、な、何だ」
「その悔しさを忘れなければ、お前はもっと強くなれる」
何だか可哀想になったのでそれっぽい言葉を掛けるが、そんな事を言う俺自身の方が剣闘士としての資格が無いような気がするのは黙っておいた方が良いだろう。
結局今回、木刀の一振りもしなかった。
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