第四話 落ちこぼれの真髄
「そう言えばずっと気になっていたのですが、先輩達で盾を持っている人とか鎧を着ている人を観た事ないんですけど、どうしてですか?」
今度は実践的な質問となる。確かルールではこの辺は禁止となっているが、「どうしてか?」という理由が書いていなかったのでこの辺もジャンに確認する必要があるだろう。
「これは簡単な理由だな。観ている人が面白くない」
「いや、『面白くない』って……戦う方は必死ですよ? 下手したら大怪我で済まないかもしれないじゃないですか」
「その為に私のような教会から派遣された人間がいるという事だな。我が教会の医療技術であれば重傷以外なら何とかするぞ。デリックも安心して怪我すると良い」
鼻を突き出し得意満面の表情をするジャン。この瞬間、「剣闘士の世界は実は国と教会のバーターじゃないか?」という邪な思いが頭を掠めるが、さすがにそれは口にできない。
確かにこの世界の外科の医療技術は凄い。下手をすると現代日本より優れている分野があるんじゃないかと思う程である。秘訣は使用する薬剤に錬金術的な要素が加わっているからだという。こういう所はしっかりと異世界しているな。とにかく教会製の薬は効果が抜群だという事だ。
そして、ジャンの言いたい事も理解できた。平たく言えば「観客が血を好む」という事になる。観たいのはギリギリの命のやり取り。安全な戦いはノーサンキュー。吹き出る血潮は最高のご飯の友である。
確か、前世の中世でも公開処刑が実質的に庶民の娯楽になっていた筈だ。より刺激の強い娯楽を求めるのは世の常という所だろうか。
「そうすると、弓などの飛び道具や攻撃魔法が禁止されているのも同じ理由という事ですね」
「その通りだな。ただ、魔法は言うほど便利なものではないぞ。現象化させたは良いが、それを相手にぶつけるのも本人が操作しないといけないからな。維持しながらそれを同時にするのは純粋な戦闘には向かないな」
特に術者自身が動きながら同時に行なうとなると尚更困難になるだろう。現実の物理法則から外れた魔法は、この世界ではかなり使い勝手が悪かった。お手軽に発現してゲームのように自動で処理される事はなく、全てがマニュアルコントロールになる。結果、術者はそれ以外の事がほぼできない状態になるという寸法だ。
そうした経緯から、この世界に魔法を使う術者自体は存在するものの、殆どが民生で活躍していると教わっている。活躍場所は土木や建築関係が主だ。中には特別な術者もいるらしいが、そういった場合は軍で囲われているとも聞いていた。
つまり、この世界の魔法使いはニッカボッカの良く似合う高給取りという事になる。異世界だというのにロマンの欠片もない。
「そうそう。リーダー、この点をきちんと確認したかったんですよ。これってつまり、攻撃目的ではない魔法なら使っても良いという事ですね」
「ルール上はそうなるな。だが、さっきも言ったが魔法はそう便利なものではないぞ。守りという事なら、例えば魔法で壁を作ろうとしても、簡単に出したり消したりはできない。近い距離なら現象化までの時間に殴られて……待て、その言い方はもしかして、デリックは魔法が使えるのか?」
最初は出来の悪い生徒に解説するかのように話していたが、俺の言葉の意図を理解し、乗ってきてくれた。多分、純粋に俺がどんな魔法を使えるか興味があるのだろう。もし俺が凄い魔法を使えるなら、剣闘士以外の道もあると考えているかもしれない。
「ははっ。そんな凄いものじゃないですよ。俺は師匠から落第生扱いされましたからね。出来る事と言えば、物質に魔力を流して金属並みに硬くするくらいですね。それもほんの一瞬」
予想通りではあるが、俺の言葉を聞いてジャンはがっかりしていた。「魔法を使える」という事で、例えば地面に穴を空けるとかを想像したんじゃないだろうか。当然そんな派手な魔法は使えない。所詮は落第生扱いされた生徒の魔法である。
「つまり、それを『試合で使っても良いか?』という話だな。勿論、ルール上は問題無い……というか実際に役に立つのか?」
気を取り直して冷静な判断を下す。
やはりそうなるか。個人的にはかなり使い勝手が良い魔法だと思うのだが、師匠にも同じ事を言われたのを思い出す。こういう反応が普通なのだろう。
「うーん。実演しましょうか? ちょっとそこにある布を借りますよ」
そう言いながら、多分雑巾だと思われる布を右手にグルグル巻きにし、漆喰の壁に対峙する。
「何をする気だ。もしかして壁に穴を開けるつもりか?」
「いや、そこまでは無理でしょう。せいぜい壁が陥没するくらいです」
ボクシングスタイルの構えで精神集中を行なう。身体に流れる魔力を意識して、右手に集まるようイメージを固めていく。徐々に拳に巻いた布から淡いブルーの光が漏れ始め、手全体が固定されているかのような硬さになってきた。
後は右脚を半時計回りに旋回。遠心力を利用して一気に拳を弾き出す。
「ハッ!!」
ドスンという音と壁にめり込む拳。うん。痛くない。これに質量が加わればもっと高い威力が出せる筈だが、この魔法はあくまでも硬くなるだけで重量は増えないからな。その点が不満点ではある。
「……とこんな感じです」
右拳を引っこ抜き確認をするが、表面に漆喰の欠片が少し付着していた。拳には怪我一つ無い。あっ、効果がもう切れたか。布が柔らかくなっていた。それに釣られるように欠片の方もバラバラと地面に落ちていく。
「一応聞くが、この威力は魔法のお陰か?」
「そんな訳ないじゃないですか。こうして壁を殴っても痛くないのが魔法の効果です。あっ、そうか。硬度的な意味なら威力は上がっているか。結構凄くないですか? 成長したらもっと威力は上がりますよ」
要はメリケンサックやナックルダスターのような効果が期待できる魔法である。拳の保護にもなるのが美味しい。勿論、防御として使用しても良い……というか、こちらが本来の使用方法だろう。大袈裟に言うなら、攻防一体に使用可能な便利魔法という事になる。しかも、複雑な魔法ではないので思ったよりも発動が早いのも利点である。トレーニングを続ければ、使用時間も増えるのではないかと予想している。
壁を殴って大きな音を出したからか、俺達の周りに人が集まってきた。
だが、その現場は事故が起きた訳でもなければ喧嘩が起こった訳でもない。野次馬としての面白さがないからか、その波は簡単に引いていく。残されるのは「何だ、つまんねー」という無責任な台詞。
そんな中、ジャンだけは冷静に事態を分析するような眼でずっと俺を見ていた。
「…………デリック、この魔法を試合でも使って良いか、という事だな」
「はい。そうです」
「結論から言おう。好きなだけ使って良い。この程度の魔法なら誰も文句は言わないだろう。念のため問い合わせておくが心配は無用であろう」
眼を閉じ、もう一度開く。表情はさっきまでの真剣なものとは違い、普段のそれへと変わる。紡ぐ言葉は淡々としたものであった。
「ありがとうございます」
これでこの「強化の魔法」を試合で心置きなく使用できる。戦いでの手札を増やせる事は、より勝利の確率を増やす事となり本来は喜ばしい筈だが……どうも反応がよろしくないな。個人的には俺の魔法を見て、興奮してくれるものだと思っていた。
そして、その理由は次の言葉で明らかとなる。
「何故なら、こんな事をしなくても金属の得物で殴った方が早いからだ。しかもそっちの方が壁を壊せるぞ」
「……はい。その通りですね」
つまりは彼の中では「使えない魔法」と認識されたという訳だ。村時代に師匠からもらった評価と何一つ変わらなかった。
その上で、
「それと、どうして拳を使うんだ。自分が剣闘士になる事を忘れていないか?」
「…………はい。その通りですね」
根本的な駄目出しを頂く。ルール上素手で戦ってはいけないという記載は無いが、現実にはそれをする剣闘士がいないのだろう。ただ肯定するしかなかった。
「後、この壁はどうするつもりだ。これがお前の魔法で一番の文句だ。修繕費は給金から天引きだぞ」
「………………はい。その通り、です、ね」
舌打ちをしながら口に出すトドメの一言。調子に乗った俺が全て悪いので、血の涙を流しながらただ肯定するしかできなかった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
「いらっしゃい……って、何だガキか。ここはお前のようなのが来る所じゃない。さっさと帰った、帰った」
「いや、ガキって。お前も俺とほぼ同じ年齢だろう」
渡された金を持ってこの町での剣闘士提携のお店にやって来たは良いが、いきなりの洗礼を浴びせられる。何だこの「ボウヤにはママのミルクがお似合いさ」みたいな対応は。俺はこの店に酒を飲みに来た訳じゃないんだが。
最悪の場合は他の店に行くしかないが、紹介状を預かっている以上は"一応するだけの事はするか"とさっきの生意気なガキに紹介状を渡す。
「どれどれ……って、あっー、俺は字読めないんだった。待ってろ。今から父ちゃん呼んでくるから」
そう言いながら、奥の方へと消えてしまった。
俺が紹介状を手渡した時、何だか品定めをするような眼でこちらを見ていたのが少し引っ掛かる。もしかして、誰かのお使いとでも思ったのだろうか? 封書の中身は預かり証か納品書とでも思ったのかもしれないな。
だが中身は、ウチの一座の印の入った書類である。店番のガキには予想外の物が出てきたといった所だろう。少し慌てていたのが面白かった。何にせよ、俺は必要な装備が手に入れば良いから気にする必要はないか。
当たり前の話ではあるが、こういったお店で幾ら俺が「剣闘士として戦うから武器が必要だ」と言っても「はい。分かりました」と何処の馬の骨とも知れない人間に販売をする訳にはいかない。何故なら嘘を言っているかもしれないからだ。下手をすると犯罪に使用される可能性さえある。
この世界に運転免許証などの身分証明をする物があるなら話は別だろう。しかし、そんな物は当然存在しない。ならどうすれば良いか? となった時、今回のような紹介状を使うという訳だ。面倒ではあるがこれが身分証明の手段となり、万が一の事が起これば責任を追及できる。
狭く殺風景な店内を軽く物色する。ある程度の見本はあっても、商品そのものがほぼ無いに等しいのが残念ではあるが、まあ仕方ない。例え数打ちであろうと高価な金属製品を並べるのは防犯対策上危険だからだ。……と、何とか標準的な長さと思われる剣の見本を発見できた。
手に持って感触を確かめる。剣を立てて構えてみる。そして、軽く振り下ろす。
「おっ、重い……」
まだ俺自身の身体が成長途中というのもあるだろうが、現状なら金属製の剣を使って戦うのは諦めた方が良いかもしれない。
多少身体を持っていかれるが、振り下ろす事も問題なくできるし、構えもきちんとできる。だが、それでは現実問題として戦えない。身体に疲れが出ると剣を構えるだけで負担になるのが目に見えている。下手をすると腕が下がった状態で敵と対峙する事になるだろう。
これの何が悪いのかはとても簡単な理由だ。要は攻撃をするにも防御するにも、余分なアクションが必要となってしまう。攻撃の場合なら一度構えの状態を作ってからでないと、それに移行できない。
この"間"が結構致命的で、「あの時きちんと構えができていれば」と後悔した事が何度もある。経験者は語る。
「やっぱ、今の俺にはまだこれかな」
多分練習用と思われる木刀の見本があったので感触を確かめる。うん。これなら大丈夫そうだ。
トンボの構えから振り下ろし、斬り上げ、横薙ぎと基本的な動作を行なう。身体も持っていかれないし、重心も安定している。きっとイメージ通りに動けるだろう。
「お待たせしました。本日はどういった御用件でしょうか?」
おっ、ようやくお店の人が戻ってきたようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます