第三話 キャベツ畑で捕まえて

「ちょっと先輩! これは一体どういう事なんですか?」


 けたたましく扉を開け、会議室のような部屋でくつろいでいた引率役の先輩に息急き切って詰め寄る。


 テーブルを激しく叩き、眼を血走らせ、「怒ってますよ」というアピールで一気に捲くし立てた。


 だが、そんな俺の剣幕も柳に風と言うべきか、その先輩は眉をピクリとも動かさず冷静に俺の質問に答える。


「デリック、臭いぞ。良いから少し俺から離れろ」


「そういう事じゃないでしょう! 何故俺が急にデビューなんですか?」


 こちらは意地でも離れるつもりはない。むしろ更に距離を詰める。


 結局俺の剣幕に観念したのだろう。「ハァー」と軽く一息を付き口を開くが、


「お前、自分で何を言っているのか分かっているのか? 代役の話が来た時、あの場にいた全員がお前のデビユーに賛成したぞ。普段から真面目に鍛錬しているのを皆知っているからな。もしかしてあれは遊びだったのか?」


 その言葉は想像していたのとは違う予想外な内容だった。まさか先輩達がここまで俺を評価してくれているとは思わなかったからだ。漂うすえた臭いが気になるのだろう。若干、身体を仰け反らせる姿勢となってはいるが、眼は真剣そのもの。嘘を言っていない事は分かる。


 そして続く「元々ジャンからも、何かあった時はデリックを使えという指示もあったしな」という衝撃発言。全ては遠征決定時から仕組まれていた。


 どうやら、何も知らなかったのは俺だけだったようだ。


 ただ、この辺はお約束だろう。俺を持ち上げたと思ったらこの発言。


「まあ、俺達には普段デリックがしている事の意味は半分も分からないけどな」


「何でやねん!」


 悲しいかな、ついついツッコミを入れてしまう。


「そういう訳で諦めろ」


「…………はい」


 最初から外堀を埋められていた以上、俺の行動は全て茶番。結局は観念するしかなかった。

 

 その後はデビューへの事情を聞かされる。要はここコタコタの町の剣闘士が怪我をし、誰かが代わりを務めなくてはならない状況になったらしい。だが、向こうの団体さんは幸か不幸が現状人員に余裕が無く代わりがいない。結果、ウチに打診が来たという形だ。


 俺からすれば「田舎の団体に何期待してんだよ。そんな余剰人員がいる筈ないだろう」の一言だが、運悪く俺という補欠がいたので「新人でも良いなら」という妥協案を提示。余程切羽詰っていたのだろう。相手方はその提案に二つ返事で了承したという事だった。何だこの欠席裁判は。


 ……うん。何かが間違っている。


「そうは言いますがね、先輩。俺、装備も無ければルールさえも知りませんよ。それで良いんですか?」


 無駄とは分かっていも最後の抵抗を試みる。


「何だそんな事か。ルールは単純だ。相手を倒す。それだけだ」


 けれども、返ってくるのはこのいい加減な一言。


 加えて、


「いや、それだけって……」


「あっー、面倒臭いな。ルールはこれでも読んどけ!」


 そう言って小冊子を投げ付けられる。突然の事だったので対応できず、顔面への直撃で世界が闇に包まれた。


「なっ、何するんですか?」


「それと、金を貸してやるから、この町で装備を整えろ!!」


 抗議の声を上げても謝罪の一つもない。そんな事はお構い無しに話は進む。


「いや、そこは貰える流れでしょう。後で返さなくちゃいけないんですか?」


「馬鹿言え! 新人の相手だぞ。お前の実力なら楽勝だ! それともいきなり強敵とでも戦いたいのか!!」


「……えっ!?」


 先輩の言葉を聞いて、はたと気付く。今までずっと俺と先輩の会話が噛み合わなかったのはこれが理由だった。


 どうやら俺はこの剣闘自体を勘違いしていたようだ。確かにいきなりとんでもない相手と戦うようなら、デビュー即死亡という引退が待っている。だがそうした事が起こらないよう、新人には格下の対戦相手がいるという意味だ。こうした点に今まで気付かなかった。


「だから、その金で装備を整えて勝て! それと自分自身にも賭けるのを忘れるなよ。俺達の稼ぎは賭けで稼いだ金が大半だからな」


「どういう意味ですか? それは?」


「そのままの意味だ! 試合毎に貰う金は手当てみたいなもんだ。俺達の給料は賭けに勝った分と思え。分かったら、これ持ってとっとと行って来い!!」


「わ、分かりました」


 後はそのままズルズルと押し切られ、最後は面倒になったのだろう、追い出されるような形となる。明らかに嵌められた形になったのは釈然としないが、始めから分の悪い戦いだった。こうなるのも仕方がない。


 それでも今回話して少し安心する事ができた。考えてみれば当たり前だが、今回は無名の新人のデビュー戦、それも穴埋めである。元々難しく考える必要が無かったという事だ。


 一目散に部屋から逃げ出し、壁を背にして崩れるように座り込む。


「あっー、やっぱりやるしかないのかー。チクショー」


 少し神経質だったかもしれないと反省しつつも、やはり悪態の一つくらいは出てしまう。


 仕方ない。切り替えてこの金で万全の準備するか。


 

▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



「最初にそうやってルールを確認する所がデリックらしいな。どれ、分からない所があれば私が答えよう」


「ちょ、リーダー。何をのんきに……いや、何でもないです。それじゃあ少し教えてもらって良いですか?」


 渡された金を持ってそのまま装備を調達するのもアリかと思ったが、それより先にまずはルールを知っておこうと人気の少ない食堂で小冊子で予習していた。そんな折、ジャンから声を掛けられる。


 何事もなかったように涼しい顔で俺に話掛けてくるのはかなりムカつくが、文句を言った所で何も変わらない。気持ちを切り替えてギャンブルマスターである彼に色々と聞いておいた方が建設的であるという判断だ。


 どうもこの世界での「剣闘」というのは大人から子供までもが夢中になるメジャーな娯楽なのだが、異世界生まれの辺境育ちの俺には色々とピンと来ない部分があったりする。結果、知らずに何かをやらかしてしまいそうで怖い。


 その辺の擦り合わせはしておかないといけないだろう。


「それじゃあ基本的な質問からですが、対戦相手の緑色の怪物、もしかして『ゴブリン』ですか? 随分と大きくないですか?」


 まじまじと見た訳ではないが、お仕事や鍛錬の合間に先輩達の試合を遠目に見た事は何度かあった。その時、この世界が異世界である事を改めて実感した。何と剣闘士が戦うのは人ではなく怪物であったからだ。


 そして、普段先輩達が戦っているのが、前世のRPG等でザコキャラとして有名なゴブリンである。小鬼とも言われる人型の怪物で、緑色の肌に尖った耳を持ち、腕が長く、頭が禿げ上がっているのが特徴。村時代に師匠からも教わっていた。


 ただ、俺の知る限りではゴブリンは100cm程度の子供並みの大きさなのだが……闘技場で観たゴブリンは何故かデカイ。多分、160cm以上はある。場合によっては180cmを超える巨体もいた。何かが違う。


 「そういうものだ」と言われればその通りだが、やはり自分が戦う以上はこういう所から疑問を解消したかった。


「変な所に興味を持つな。ああそうか。村時代に色々と学んだと言っていたか。だが、その経緯までは知らないようだな」


 うんうん、と頷きながら得意げな顔でジャンの講義が始まる。職業病かもしれないが大仰な触りから始まる説教臭い話は、眠気を誘うだけの大した事ない内容だと思っていたがその実、驚愕の連続だった。


 要約するとこうだ。「この国ではゴブリンを専用の牧場で飼育している」


 もうこれだけでも充分な気がするが、どうやら切っ掛けは長く続く戦争による兵士不足だったらしい。戦争自体は俺が生まれる前にはとうに終わっていたが、当時は国土をかなり侵略されたとの事。


 ジリ貧続きでこのままでは負ける。「何か起死回生の策は無いか?」となった時、何をとち狂ったのか国の偉い人が、ゴブリンの特徴の一つである繁殖能力の高さに目を付け「増やして育てて少し躾すれば、使い捨ての兵が完成する」と言い出した。


 余程追い詰められていたのだろう。どう聞いても悪魔の所業にしか思えないが、本当にゴブリン牧場の予算が下りてしまう。最初は「怪物を飼育する」なんて無理だと思われたが、意外にもあっさりと成功。しかも、その牧場で育った固体は短期間で育つ上、従順で使い勝手の良い兵士となってくれた。


 言うなればキャベツ畑から収穫されるソビエト兵のようなものだ。消耗品扱いしても良いのだから、今度は戦場での立場が逆転。形勢を一気にひっくり返して戦争を終結させた。


 だが悲しいかな、戦争の終結と同時にゴブリン牧場の役割は終える事になり廃止が決定する……と思われたが、ここでその偉い人がまたもや「剣闘士事業の対戦相手として卸せば収益も出るから規模の縮小だけで良い」と言い出す始末。これもあっさりと了承されてしまった。


 聞いているだけで頭を抱えるしかない流れだが、言いたい事は分かる。牧場を完全に閉鎖をしてしまうと、仮にまた戦争でゴブリン兵が必要となった時には一からノウハウを積み上げないといけないからだ。


 ある意味、俺達のしている剣闘士は国の肝入りだったというオチになる。ジャンから話を聞かされた時は乾いた笑いが出てしまっていた。


 なお、どうして彼がこの辺の事情を知っているかというと……当然この牧場事業には光神教の教会が一枚噛んでいるからである。教会が持つ医療と薬学のノウハウを存分に発揮したと考えられる。


 そして、ここからが本題なのだが、牧場で育てたゴブリンには一つの特徴があった。そう、実はゴブリンは充分に食料を与えれば大きさが人間並みに成長する。促成栽培として早期に出荷するなら話は別だが、ある程度の時間を掛けるとそうなるらしい。具体的に言えば、大きいのでは二メートル近くまでなる固体も存在する。


 どうやら俺の知っているゴブリンの大きさは食糧不足により成長が止まったものだった。自然の摂理から考えると確かにそうなるか。食べ物によって成長が変化するのは生物の宿命と言える。


 加えて、安定した生活を送るようになると生存本能が薄れて性欲が減退し、繁殖が鈍るらしい。故に戦争等で数が必要となる場合は薬漬けにするような事も教えてくれた。人扱いしない相手にどこまでも冷酷になれるのは、宗教ならではと言える。


「それにしても凄い事情ですね……」


「言いたい事は分かるが、私は戦争で不幸になる無辜の民を少しでも減らす事が神の意思に沿うのだと信じている」


 俺は知る由もないが、もしかしたらジャンは先の戦争がどれ程悲惨だったのか知っているのかも……そうした考えがふと頭よぎる。


 多分、この件に付いては深く考えない方が良いのだろう。俺が理解しなければいけないのは、ゴブリンだと思って油断してはいけない事。相手が怪物である以上は、同じ体格なら間違いなく相手の方がパワーが上になるという事実である。


 「侮ると足を掬われる」全てはこの一言に尽きる。先の先輩との二人の意見を合わせれば、過剰に恐れるのも駄目だが相手を雑魚扱いしてもいけないという事だな。

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