第11話

  Ⅺ


 「どちらから?」

 初めて、彼女の方から質問があった。

 「あの、鶴ヶ島です。分かりますか?鶴ヶ島・・・」

 「えぇ。最近はあちこちで工事しているわね。」

 工事・・・地元の道路工事のことだろうか?

 それとも、あの広場の工事の話をしているのか?

 俺は判断が付かず、

 「そうですね。」

 曖昧な答えを返した。


 どうでもいい話ばかりだ。

 これではいけない。

 さっきまでずっと考えていた、どうやってここに来たかを説明しなければ。

 「あの、すみません、実は俺、道に迷ってしまって。あなたの車の後ろについてくれば、どこか大きな通りに出れるかと思ったのですが・・・」

 「・・・」

 彼女は俺の言う事を黙って聞いている。

 その目はやはり、怒っているようでも困っているようでも、ましてや迷っているようでもない。

 冷静な目。

 そう。

 まるで他人事のように、冷静な目で、ただ黙って聞いているのだ。

 だから、俺はまた酷く困惑した。


 道に迷って家の中まで入ってくる、これが正常な行動だろうか?

 彼女が一言、

 「泥棒。」

 と言えば、俺は紛れもなく泥棒だ。

 言い訳の仕様もない。

 だが、彼女は冷静に、ただ俺の話を待っているようだ。

 その態度が俺をますます混乱させた。


 「えぇと・・・あの・・・おかしいなとか思わないんですか?俺が言うのもなんですけど、黙ってこんな所まで入ってしまって、その・・・」

 またもしどろもどろになって説明しようとする俺を見て、彼女は初めて笑って、こう言った。

 「いいのよ、別に。良くある事だから。」

 「良くある事?」

 俺は馬鹿みたいに、ただオウム返しにそう尋ねるのが精一杯だった。

 「ええ、良くあるの。そうね、月に2~3回はあるかな。」

 「月に2~3回!?」


 馬鹿だ、俺は。

 このときの俺は、完全に馬鹿になっていた。

 頭が真っ白になって、何も考えられなかった。


 「まぁいいわ。それで。あなたのお名前は?」

 それから、お互いに自己紹介をした。

 彼女はゆかりと名乗った。

 石川ゆかりだと言った。

 本当かどうかは分からない。

 石川ゴエモンの話が出たから、ただそう言ったのかも知れなかった。


 仕事の話。家族の話。学校の話。昔話・・・

 30分経ったか、一時間経ったか。

 かなり長い時間、話し込んだように思う。

 こんな話はどうでもいいのに。

 そう心の中で思いつつも、俺は彼女の話に惹き込まれた。

 そして彼女もまた、楽しそうに色々と話してくれた。


 今、彼女は学生をやっているらしい。

 祖母の営む小さな理髪店を継ぐため、専門学校で勉強中とか。

 時々、店の方を手伝いながら、またその他のアルバイトをしながら、少しずつ学費を稼いでいるそうだ。

 年齢は俺より三つ下で、しかし実際には年齢より更に若く見えた。

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