第7話
Ⅶ
あそこに停まっている車、あれ、さっきまで前を走っていた車じゃないか?
少し落ち着いて辺りを見回していたとき、俺はそんな事実に気が付いた。
こんな所まで来ていたのか。
それにしても。
工事現場なんかに、こんな夜遅く、女の人が何の用事だろうか?
俺はちょっとの不気味さと大きな好奇心とに誘われるまま、その車にゆっくりと近づいてみた。
間近で確認すると、前を走っていた車と全く同じ車種、同じカラーであった。
ナンバーも確認しようと思ったが、遠くで明滅を繰り返している消えかけの街灯程度の明かりでは、俺の目にはナンバープレートの文字を読む事は出来ない。
何かないかとポケットを探り、先ほど使った金属製のモノを見付けると、指先でその蓋を開けた。
カチャッ。シュッ。
ライターの火に照らし出された車のナンバーは、信号の停車中に見たものと完全に一致していた。
「練馬のおはよーさん」
間違いなく、前を走っていた車である。
車内に人影は無い。
車はもぬけの殻だった。
運転手は車を降りたということか。
それにしても、こんな山の中の工事現場で、行くところなどある筈もないし。
一体どこへ行ったのだろう?
俺は僅かな街灯に照らされるその広場を、ぐるっと見渡してみた。
車の停まっている先に、小高い丘のようなものがある。
向こうには大きなショベルカーが一台、主を失って力なく、ただ佇んでいる。
来た道の他に、ショベルカーの向こうに、ショベルカーが上ってきたと思われるやや大きな道がある。
・・・それだけだ。
他は木々に覆われたこの場所に、何も無い。
俺は何の気もなく、丘を登ってみる事にした。
上から見れば何かあるかも知れない。
丘の向こうに、もしかしたら民家があるのかも知れない。
ただそれだけの心積もりだった。
他にする事も無かったし、ちょっとした暇つぶしのつもりでもあった。
暗い、砂の積もった丘を、ほとんど手探りしながら俺は登った。
おや?
これは足跡だろうか?
この砂の丘には、誰かが先に、しかも何度も登ったような跡がある。
暗すぎて肉眼では見えないが、手で探ってみると良く分かる。
一条の跡、そこだけが真っ直ぐ、上へと続いていた。
ひょっとしたら、前の車の運転手は、この丘の上にいるのか。
いつもこの場所に来て、今もそこで佇んでいるのだろうか。
俺は少し、そこに居るかも知れない人物に合うのを躊躇ったが、気持ちとは裏腹に足だけは好奇心に導かれるがまま、その速度を早めて登っていった。
俺は半ば駆け出すように、夜闇の向こうに陰のように見える丘の頂上を目指していた。
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