第69話 two chances
「今のペペの動きを見て思いつきました。
俺も元のシューズに戻します」
「ちょっと待って、それは……あなたも滑って動くということ?」
「そうなります。ペペよりは氷のフィールドに慣れているのでまともな動きができると思います」
「うーん、それでも危険よ?
あなたは滑らずに動けるだけでも充分役に立てているんじゃない?」
「いや、全然です。
いくら足元の技術で有利を取れていても、あくまでそれだけ。
彼らのスピードに対抗できていない時点で戦況を変えることはできない。
氷の上でも動ける俺がこのチームの切り札になるのなら、攻めの起点になれる……彼らに対抗し得るスピードを有した選手である必要があると考えます」
「だ、だったら私も……」
「ラーラ。怪我をする可能性もあるが、それでもやるのか?」
「う、うん。
フロージアのスピードについていけなければそもそもディフェンスすらできないことはよくわかったし。それに、ここで動けるのに動かないのはいつか後悔しそうだから……!」
「そう、2人とも覚悟はできてるのね。
私としてはあまり推奨したくはない戦い方だけど……わかったわ。でも、くれぐれも危険なプレーはしないように。いいわね?」
「「はい!」」
シューズを履き替える2人。
底には滑りやすくするクリームを塗っている。荷物を運ぶ際、滑らせることによって運びやすくするための道具だそうだが、まさかこんな場面で役に立つとは思っていなかっただろう。
「少し滑ってみたが、俺もラーラも問題はなさそうだ。
これからの試合は俺とラーラが中心となる。
オフェンス時には、俺が動き回って敵を引きつけるから、みんなはできるだけ敵から遠いスペースを見つけておいてくれ。俺がパスを出す」
「かなりクレ頼りの試合になりそうだけど、大丈夫か?」
「簡単……とは言えないだろうな。だが、やるしかない。任せてくれ」
「そして、ディフェンスは、私が中心となります!
そもそも相手に追いつけないっていうのが一番やばいので、ドリブルしている相手には私がつきます。
他のみなさんにはパスコースを予測していただき、パスカットができる位置についていてもらえると嬉しいです!」
「「「了解(です)(っス)」」」
***
ー前半26分ー
「スローイングはチャンスだ! 絶対に奪うぞ!」
スローイングは投げる方向がわかりやすい。そして、遠くまでは飛ばせない。
相手をしっかりと見れば……奪える!
「ほっ」
「ナイスカット! ファクタ!」
「クレくん!」
「よし!」
作戦通りクレまでボールが渡る。
「クリナス、サクツ、コーリー、囲んでください!
早めにボールを奪います」
「悪いが、今の俺は素直に囲まれてやるほど鈍くはない」
「!?」
「なっ!? あのスピード、私たちと同じように滑ってますの!?」
いいぞ。
クレはペペとは違い暴走せずに滑れている。
しかも、あえて敵のいる方へ滑っているため、多くの敵を引きつけることに成功している。しかもその上でボールのキープも完璧だ。宣言以上じゃないか……流石としか言いようがない。
俺たちも負けてはいられない、敵とクレの位置関係から、空くであろうスペースを見つけ……走り出す!
「!?
みなさん! 戻ってください!
その選手を追っても無駄です!
本命は……バイタルエリア(※得点に繋がりやすい重要なエリア。ペナルティエリアの周辺)に走り込んでいるフォワードたち!」
「遅い!」
敵を引き付けたままフロージア陣の奥へと進んできていたクレが、大きくセンタリング(※サイドからゴール前へパスをすること)を上げる。
そのボールに合わせるのは……チームで一番身長の高いブラド。
「ガハハ! 初得点……貰ったぜえ!」
クレの完璧なパスにブラドが合わせ――
「あまーい!」
突如回転しながら飛び込んできた選手。その選手によって、
「なにっ!?」
「助かりました、ソラ!」
セカンドボール(※1つのプレーが終わった後の浮いたボール)はアマトに弾かれ、俺たちは貴重な攻撃機会を逃すこととなる。
「へへへっ、ジャンプは得意なんで! 空中ボールは任せてくださいよっ!」
「頼もしいです。
みなさん! 次からは
クソっ! これからクレの動きで相手を引き付けられなくなるのは厳しい。
それに、フロージアは想像以上に人材が豊富だ。高めのパスでもしっかり弾いてくるディフェンダーもいる。彼らのスピードも合わせて考えるとゴール前でパスを通すのは難しいだろう。
いや、それより今はディフェンスだ。カウンターを食らっている。
「さっきはよくもやってくれましたわねー!
追加点いただきますわ……ふぇっ!?」
「すみません、貰いますっ!」
うおお! 速いっ!!
ボールを奪ったのはラーラ!
凄まじいスピードで駆け抜けて来、カウンターを早めの段階で押さえ込んだ。
「ラーラ!」
「はいっ!」
ラーラからクレにパスが渡る。
パスといっても距離が離れていると奪われる可能性があるため、すれ違いざまに渡す形だ。
ボールを受け取ったクレがもう一度相手を釣るために大きく動くも、先程の動きで学んだ相手は誰も付いて来ず、ゴール前で俺たちをマークしながら待ち構えている。
「ミッドフィールダーのみなさんも下がってください。
彼はゴール前で止めま――!?」
ガキンと鈍い音が鳴って、ボールがクロスバー(※ゴールの上の横棒)にぶつかる。
「な……ロングシュート!?」
弾かれたボールは将人の元へ。
突然のロングシュートにざわめきが起こるが、それでも将人は冷静さを失わず、シュートを放つ。
放たれたシュートはキーパーとは逆方向へ一直線。
ゴールを揺ら……さない。
「ふっ!」
フロージアチームが騒然とする中、1人動いたアマトがそのボールにヘディングで合わせ、シュートを弾く。
「クリアしてください!」
セカンドボールは今度はフロージアの元へ、大きくクリアされボールはコート外に出てしまう。
またも俺たちの攻撃は失敗に終わってしまった。
「悪い龍也。ゴール前に敵が集まっていたから、多少無理してシュートを打ったが、外してしまった」
「いや、相手の意表を突くいいプレーだったと思うぜ。
でも、ここで点を取れなかったのは結構響いてきそうだな……」
「……だな」
「ああクソっ、ムカつくぜ……!」
「! 将人」
「コースとしてはかなり良かったはずなのに……んでキーパーでもないやつ、しかもよりによってあのクソ野郎に止められるんだよ……」
「それなんだけど」
「あ?」
「いや、キーパーってさ、このフィールドでもあんまり恩恵ないから、アマトがサポートしてるんじゃないかなって思ってる。
アマトはディフェンスの中でも一番後ろにいることが多いし」
「確かに……あるかもな。
弱点をそのままにしておくやつでも無さそうだ」
「だよな。つまり、シュートを決めるのも簡単じゃなさそうってことだな」
「はっ、面白ぇ。つまり、俺たちのシュートで直接あいつをぶち倒せるってことだろうが。あいつの無様に点を決められて泣き喚く姿が今から楽しみだぜ」
「ピィィィィィィィィィィィィ」
笛が鳴り、ここで前半が終了。
0-1。アウェイにしては耐えているとは思うが……それでも厳しい戦いだ。
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