第68話 クルクルクルクル
「さあ! 攻めますわよ!」
ボールを奪われた俺たちはディフェンスへと戻ろうとする……が、フロージアは相変わらずのスピード。
「ダメだ。追いつけない……」
圧倒的なスピードの前に、そもそもディフェンスをすることすらできない。滑る地面のせいで出だしが一歩遅れるのも大変だが、それ以前の問題だ。
加えて、フロージアがこんなスピードでも問題なくドリブルを続けられるレベルの技術は有しているのもタチが悪い。
あっという間にゴール前まで攻め込まれてしまう。
「2点目いくぜーーー……あれっ」
「ヒュウ!? どうしましたの!?」
シュートをしようとした瞬間、足元のボールが消え、そのせいで相手は空ぶってしまう。
「一体何が……」
敵味方両方が困惑していると……
「ピィィィィィィィィィィィィ」
突然笛が鳴り、副審が旗を上げた。
ということは、ボールはコートから出たということか。
その方向を見てみると、倒れている選手を見つける。
「いたたたた、流石にスピード出しすぎたかー、止まれないや」
「ペペ!?
何やって、え?」
倒れているペペに手を差し出しながら俺は質問を投げかける。
「いやー、相手が滑ることによってスピード上げてるなら、俺もできないかなって。シューズは滑り止めの無い普段のに変えてさー。
速かったっしょー?」
なるほど。さっきのあれはペペが猛スピードで奪ったというわけか。いや、それより……
「お前、思いっきりぶつかって、怪我とかは無いのか!?」
「ああー、そういうのは大丈夫。ちゃんと減速はしてたし、受け身も取ったしねー。
コート内で止まるのは失敗しちゃったけど」
見た感じは大丈夫そうだが……止まるのは失敗って。
あのスピード、結構助走つけないと厳しそうに見えるが。怖いもの知らずにもほどがあるだろ……。
「ペペくーん!」
すると、ベンチからフィロさんの声が聞こえてくる。
「はーい、なにーフィロちゃ――」
「なにやってるの!? ダメ! 早くシューズ履き替えて! このフィールドはかなり滑りやすくなってるのよ!? そんなプレーをしていたら怪我じゃ済まないかもしれない!」
「…………」
「って言ってるけど……。ペペ? 俺も正直これはちょっと危ないかなーって」
「嫌だね」
「へ?」
「嫌だ!
久しぶりにこんなわくわくする試合をやってるんだ。絶対に履き替えたりはしないからなー!」
「ちょ、ペペくん!」
「ほら、フロージア。ボール。
早く始めて。俺今、凄くわくわくしてるんだ」
ペペの言葉通りに試合が再開される。
結局ペペがシューズを履き替えることはなかった。
フロージアのスローイング。しかし、スローイングは相手がスピードを活かしにくい。つまり俺たちにとっての大きなチャンス。
相手の動きをしっかりと読み、ラーラがボールを奪い取る。
「こっち! ラーラちゃん! 前の方に!」
「ええっ!? ど、どうなっても知りませんよっ!」
ラーラのパス。ペペのかなり前の方に蹴ったため、フロージアにも予測できない。そして、助走をつけたぺぺがボールに追いつく。
「俺に任せとけー!」
ペペのスピードは異常に速く、フロージアの選手ですら追いつくことができない。
「どうなってますの!? あんなスピード、正気じゃありませんわ」
「セイル、マシカク、彼の進路を防いでください!
彼はあのスピードをコントロールできないはず、抜かれることはありません。最悪、君たちに突っ込んできたらそれは相手のファールです。どっしり構えていてください!」
「「おう!」」
「うわわわわ、やべえー! 止まれねぇー! スピード出しすぎたあああ」
「おいペペ! 何としてでも避けろ! そのスピードで突っ込んだら怪我はもちろん、カードもののファールになるぞ!」
「はははっ、それならー……」
しゃがみこみ、地面に左手をつくペペ。
そして、そのまま左手を軸として体をねじり、相手ディフェンスの目の前で曲がることに成功する。
「おおお、よくよけた! そのまま次は右に曲がれ! ゴールはそっちだ!」
「ちょ待って、手冷たいし、体勢を立て直さないと……」
「おい! 急げ! 横は縦に比べて短いぞ!」
「うわっ、そうだった、もうコート外目前じゃん、やべっ!」
ギリギリだが、もう一度曲がることに成功する。
左に、だが……。
「おいバカ! 左に曲がってどうするんだ! そっちは俺たちのゴールだぞ!」
「待ってって! 今ちょっと、制御できない!」
スピードのためか止まることもできず、ひたすらに滑り続けるペペ。
味方コートに食い込みすぎる前に左に二度曲がり、フロージアコートに向かうも、ディフェンスに邪魔をされまた左に曲がり、そのままの勢いでもう一度左に曲がる。
これを五周ほど繰り返していた。
「なあ、何が起こってんだよこれ……」
困惑するブラドの声。いや、ブラドだけじゃない、相手チームや観客を含めこの会場にいる人全員が困惑している。
「やばい! 止めらんない! ていうか、酔ってきた……」
「もうダメだ! みんな! 無理やりにでも止めるぞ! 俺たちが止めるならファールにはならない! こっちに集まれ!」
ペペの進行方向に人数を集め、突っ込んでくるペペを受け止める体勢を整える。
長らく滑り続けたことによってペペのスピードはかなりのもの。止められるか……?
「せーのっ!」
突っ込んでくるペペ。重い。地面のせいで踏ん張ることも難しく、俺たちもコート外へと押し込まれてしまう。
「どりゃああああ」
すると、一際がっしりとした感覚。ブラドが加わったのだ。
これにより勢いは死に……なんとか止まった。
コート外だが、誰の怪我も無く止めることができた。
「ペペ、大丈夫か?」
「もう……無理……うっ」
口を抑えながら走っていくペペ。
今回の試合はもうダメそうか。
「全く……何をやっているのですか」
流石に笑みを崩し、呆れた表情で俺たちに話しかけてくるアマト。
「しかし、時間稼ぎとしては優秀ですね。今の一連の動きのせいで、前半の残り時間は既に半分を切っています。
可能な限り早く試合を再開させてください」
「ああ、言われなくても……」
あれ? こいつ、呆れているだけじゃなくて、少し焦ってないか……?
「選手交代。ペペくんに代わってレオくんよ」
「えー、俺え!?
ディフェンス……ま、頑張るとするかぁ」
ディフェンスとはいえ、隣はラーラなのでレオ的には動きやすいか。
「冗談じゃねえ! このままスルーかよ!
地球の命運がかかった試合だぞ!? あんなふざけた行動をしたやつになんのお咎めも無しとは、とんだ馴れ合いチームだなあ!?」
ヒルが怒りの言葉を発する。気持ちがわからないわけではないが……。
「ペペだってふざけようと思ってやったことじゃないし、許してや――」
「だからそれが甘えんだよ!
忘れたのか? あいつは前回の試合も身勝手な理由で途中でベンチに下がりやがった。
こんなことを許してたらチームが腐ってくぞ!」
「前回の試合だって、あのまま出場してたらギガデスに怪我させられてたかもしれないし仕方ないだろ。
お前、普段は協調性無いくせにこういうときだけ偉そうに言うんだな」
「あ? んなこと今は関係無えだろ。
それにさっきの動き、怪我を恐れるようなやつには見えなかったけどな」
レオとヒルの言い争いは激しさを増していく。
試合中にこの空気はマズいな。
「そこまでにしておけ。試合中だぞ。
それに、今の動きも悪いことだけとは限らない」
「あ?」
「監督」
「なんじゃ? クレート」
「今のペペの動きを見て思いつきました。
俺も元のシューズに戻します」
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