第67話 仕掛けは様々

 「クソっ! また先制点を取られちまった!」


 焦る俺たちグロリアンズ。しかし、今優先すべきことは他にある。


 「ヘンディ!」


 「ああ、龍也。悪ぃ、点を許しちまった」


 「大丈夫だ! まだ試合は始まったばかり、他のみんなもこの状況に対応できていないんだ。気にすんな!」


 「そっスよ!

 ていうか、今のはすっ転んだ俺が100パーセント悪いっス。謝るなら俺の方っスよ」


 「龍也……ザシャ……。

 そうだな……大丈夫だ。みんな! 次は止める! だから安心してくれ!」


 ヘンディは今のところ大丈夫そうだ。

 しかし、問題はこれだけじゃない。

 フロージアのスピードと滑る地面。どうしたものか……


 「龍也」


 「どうした? クレ」


 「俺に考えがある」


 ***


 「ナイスシュートでしたわ、ヒュウさん」


 「いやあ、どうですかねえ。

 シュートコースはあのキーパーに完璧に読まれてましたし、普通のフィールドだったら確実に取られてましたよ。優秀なキーパーだと思いました」


 「そんな仮定は無意味です。

 今回の試合は氷のフィールドだというのが絶対の事実。滑りやすい氷により踏み込みが難しい以上、彼の反応速度では確実にシュートを止められません」


 「ですねぇ。

 ま、とはいえ甘いコースに打てば止められる可能性はあるんで、毎回しっかり気合い入れなきゃっすね」


 「大丈夫ですよ。君のシュートのコントロール力はチーム一です。自信を持って蹴ってください」


 「はい!」


 「……アマトさんに褒められて羨ましいですわ……」


 「フリア、君のパスも凄く良かったですよ」


 「! と、当然ですわ!」


 「みなさん。この調子なら問題はありません。予定通り、大量得点での勝利を目指しましょう!」


 ***


 オグレスボールで試合再開。指示通り、すぐにクレにボールを渡す。

 そして……


 「あれ? どうされました? パスは出さないのですか?」


 「ああ。少し遊んでみたくなった。

 かかってこい」


 クレはボールをキープしたままフロージアを挑発する。


 「ふむ……。いいでしょう、フリア・ヒュウ・スー、3人で囲んでください。他の選手のことは忘れて構いません」


 「「「了解」」」


 3人の選手に囲まれるクレ、激しいディフェンスを受ける。しかし……


 「なんですの!? この方の足さばきは」


 3方向からのディフェンス全てに対応するクレ。足とボールが糸で繋がっているかのような正確なドリブルで、ボールを奪われる気配すらない。


 「やはりな。

 お前らはスピードが速い代わりに動きが少し大雑把になっている。そんな動きでは俺からボールは奪えない!」


 フロージアの動きは確かに速く厄介だが、それを活かせない状況もある。それがこの状況、ディフェンスだ。

 先程のようにパスカットをするならば話は別だが、そうでなくボールを保持しドリブルをしている選手からボールを奪うためには、自らが選手に寄り実力で奪い取る必要がある。


 地面を滑って移動している分、足元での細かい動きは難しくなっている。

 故に相手から実力でボールを奪うのは簡単ではない。


 しかし、この戦法を使うためには高レベルのドリブル技術が必須。氷の上で満足に動けない俺たちに可能な技ではない。


 つまり、この戦法が可能なのはクレただ1人だ。


 「クレ! 1人でこれを続けるのは大変だぞ! いけるか!?」


 「ずっと続けられるかはわからないが、今のところは問題ない。

 とりあえず1点だ。その後のことは点を取ってから考えればいい」


 こういうとき、やはりクレは頼りになる。

 己一人のドリブルで、相手を何人も抜いていく。


 「この滑る氷の上であのような圧倒的な個人技!

 素晴らしい選手ですね、本当に素晴らしい。

 ……しかし、それだけでは僕たちには勝てません」


 クレは一人でゴール前までボールを運ぶ。目の前にいるのは2人のディフェンダーとゴールキーパーだけだ。


 「負け惜しみか?

 勝負はまだわからないが、とりあえず1点は返してもらう」


 「まあまあ、そう慌てないでください」


 そう言うと、急ターンをし、アマトがクレに対して猛スピードで駆けていく。


 「クレ! 後ろだ! もう一人来てるぞ!」


 「問題ない。気づいている!」


 背後からの奇襲もギリギリでかわすクレ。ただただ凄い個人技に見惚れるばかりだ。


 しかし……


 「油断しましたね」


 「なにっ!?」


 かわしたかのように見えたが、そう上手くはいかず、アマトの足がボールに触れクレの体勢が崩れかける。


 「――――ッ!

 なんだお前ら、その動きはどうした。今までとは少し違うようだが」


 「別に、滑ることだけが僕たちのやり方とは言っていませんよ」


 急に動きのキレを増したフロージアに手こずるクレ。

 モタモタしているうちに、他のフロージアの選手もクレの近くに集まってくる。


 これもフロージアの面倒な点。移動速度が速いせいで攻守の切り替えも速い。

 少し時間をかけると、一度抜いた相手でもすぐにディフェンスまで戻ってくる。

 この動きができるならフロージアのフォーメーションに中盤ミッドフィールダーの選手が多い理由もよくわかる。攻守共に大人数で戦えるからな。


 大勢に囲まれたクレ。苦し紛れにパスを出したが……


 「もらった!」


 またもボールを奪われてしまう。


 こいつら、移動速度が速いこともそうだが、何よりサッカーが普通に上手い。

 当然だが、ただ速度が速いだけではパスカットはできない。

 どこにパスを出すか予測できて初めてパスカットが成功するのだ。

 つまり、彼らはサッカーというスポーツの戦い方を理解している。だからこそここまでのパスカットを可能にしているのだ。

 技術が少し足りていないことだけが救いだな……。


 それに、あいつらの動き、まさか……


 「おほほほほ、そちらのエース、ボールを奪われてしまいましたわね。

 驚いていらっしゃいますか? 仕方がないのでこの私が説明して差し上げますわ」


 聞いてもいないのにべらべらと……煽りたいのだろうか。だがここは好都合だ、話を聞かせてもらおう。


 「別に驚いてねえよ。今のも偶然だろ」


 「偶然ではありませんわ。

 私たちのシューズ、こういった作りになってますの」


 シューズの裏を見せてくる。

 その構造は予想通り、裏にはスケートの刃みたいなものが埋め込まれている。これによりあれほどの滑らかな動きが可能にされていたのだ。


 「そして、こうですわ」


 フリアがある行動をとる。すると、底の刃が靴の中に引っ込んだ。


 「なるほど……。これでスピードは速いが大雑把な動きと、スピードは出ないが小回りの利く動きとを使い分けているのか」


 「その通りですわ! 彼の技術は相当ですけど、私たちが集まれば止めることは容易いですわ!

 さあ、大人しく負けてくださいまし!」


 ***


 「ちょっと! やばいわよ! このままじゃ負けちゃう! べ、別に負けても私は全然構わないけど……って嘘! 全然よくなーい! 負けるのはダメ!

 どうするの監督さん!」


 「ほっほ、どうもせんわい」


 「へ? 何かないの? 作戦とか。凄い人なんでしょ??」


 「なーんにも。勝つも負けるもそれが運命じゃ」


 「ちょっ、監督としてそんな無責任でいいわけ!?」


 「そこの女! これ以上監督に逆らうようなら容赦はしないぞ」


 「ひっ、だ、だって……その……」


 「ほっほ、全員、黙って見ておれい。

 この試合、オグレスにとって大切な試合になるからのう」

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