第66話 2つの敵

 「よろしくお願いします」


 優しそうな微笑みを浮かべながら、フロージア代表キャプテンのアマトが俺に手を差し出してくる。


 「はっ、あんだけ性格悪そうなとこ見せておきながらよくそんな顔ができるもんだな」


 将斗がアマトに突っかかる。相当ヘイトが溜まっているようだ。

 すると、そんな将斗とアマトの間に1人の女性が割り込んでくる。


 「ちょっと、その醜い顔をアマトさんに近づけないでくださいます?

 気高く聡明なアマトさんが汚れてしまいますわ」


 「大丈夫ですよフリア。彼らも色々とストレスが溜まっているのです。それを発散する機会くらい与えて差し上げましょう」


 「なんて寛大な措置。流石アマトさんですわ。

 そこの殿方! 良かったですわね、アマトさんから許可が下りましたわ。

 どうせ慰めてくれる恋人もいないのでしょう。この機会に存分に発散するといいですわ!」


 「ああ!? うっせ! この……ぶっ潰してやる!」


 もうやめとけ将斗……。

 こいつらは口が達者だし、どう見てもお前に勝ち目は無いって……。


 「キャプテンさん、貴方も直情的なチームメイトを抱えて苦労していることでしょう。

 僕に暴言を吐くことでその苦労が癒されるのなら全然構いませんよ」


 こいつ……この流れから俺まで煽ってくるのか……。

 ウザい! ウザい! ウザい!


 ……ふーっ。我慢。


 「いえいえ。全然大丈夫です。

 今日の試合、いい勝負にしましょう」


 「ええ。できるだけストレスのかからない負け方を貴方方に差し上げましょう」


 そう言って俺たちは握手をする。

 正直、手を強く強く握って痛めつけてやりたかったが、そんなことをしてイラついていることを指摘されても癪だし、ここは耐える。あー、ウザい。


 「それでは、コイントスをするので、表裏の宣言をお願いします」


 「では、表で」

 「裏で」


 結果は……表。


 「後攻で。コートはこのままで大丈夫です」


 こうしてオグレスボールでの開始に決まった。

 そしてお互いに礼をし、それぞれのポジションへと移動する。


 「……龍也」

 「なんだ」

 「俺、普段からお前との言い争いでちょくちょくイラついてたんだけど、あんなん全然だったな」

 「…………」

 「あのアマトとかいうやつクソうぜえ! 今だけは休戦だ! あいつぶっ潰すぞ!」

 「おう!」


 いい感じにストレスをやる気に変換できたところで、全員がポジションにつく。


 相手のコートを確認してみると、まずは手前に副キャプテンのフリアを発見。フォワードのようだ。

 次に奥の方でキャプテンのアマトを発見する。ポジションはディフェンスか。フロージアの中心は恐らくこの2人、注意しておきたい。

 フロージア全体のフォーメーションを見てみると、中盤の選手が多いように思える。どういった戦法をとってくるのか……。


 だが残念ながら考察している時間は無い。審判が笛を咥えて……


 「ピィィィィィィィィィィィィ」


 試合開始!


 まず初めに、クレにボールを下げ相手の動きを見る。

 事前情報では、フロージアのサッカーの実力は特別高くないと聞いていた。しかし、このフィールド、油断せずパスを繋ぐ。


 オフェンスの作戦は、細かいパスを繋ぐこと。そして、攻めると判断したタイミングでは勢いのまま一気に攻めること。

 地面が滑る都合上、足元での繊細な動きが必要なドリブルは危険だ。

 加えて、動き出した後立ち止まると足を滑らす危険性がある。

 止まらないよう、ドリブルをする必要が出てこないよう、俺たちは一気に敵ゴールまで攻め入らなければならない。


 相手に動きはない。それなら、俺たちが先に仕掛ける……!


 「龍也!」


 クレからのパス。受け取った俺はそのまま進む。足を滑らさないために、勢いを殺さないことが大切だ。


 「将斗!」


 次に俺もパスを出す。将斗も相手に阻害されないいい位置につけている。このままの流れで先制点をいただく……と思ったら


 「「!?」」


 パスがカットされる。


 「取られた!? っていうか」

 「速くねえか!? 今の届かないだろ!」


 「なるほど、貴方たちの意図は伝わりました。

 このフィールドに対する作戦としては正しいですが、僕たちの動きを見誤りましたね」


 「見誤るもなにも、お前らなんだそのスピードはよお!」


 叫びながら突っ込むブラド。しかし、そんなブラドでも追いつけないスピードでアマトは駆け抜けていく。


 「怖いなあ、もっと楽しくやりましょう……よっ」


 アマトが前に大きくボールを蹴る。

 しかし、そのスペースには誰もいない、ミスキックかと思ったが……


 「ナイスパスですわ!」


 「嘘!? それ届くんスか!?」


 余裕だとでも言うかのように軽くボールに追いつくフリア。

 このスピード、足の動き的に……さては……


 「こいつらは走っていない! 滑っているんだ! 恐らくシューズに何かしらの仕掛けを施している!」


 クレも気づいたようだ。

 ちくしょう! ホームのメリットをフル活用されてしまっている。


 「うええ、そんなのありなんスか!?」


 「ありかなしかは今は問題じゃない!

 相手の動きを先読みして動かないと追いつけないぞ!」


 「あら、いい指示じゃないですの。

 しかし、そう簡単に奪える私たちじゃないですわよ!」


 「……どわっ!?」


 フリアの動きに対応しようと急旋回したザシャが大きく転ぶ。

 敵は目の前の人間だけじゃない。フィールドもだ。


 「クソおっ! アラン先輩頼むっス!」


 「あら、アマトさんほどではありませんがいい殿方ですわね。

 遊んであげたいですが、これは大切な試合、そうもいきませんの」


 すると、フリアはパスを出す。

 ボールの行き先はザシャがコケたことによって空いたスペースだ。


 抜けてきた選手がそのボールを受け、キーパーと1対1。シュートを放つ。


 ボールはゴールの右端へ一直線。しかしヘンディもこれは読んでいた。ボールへと飛び込むも……


 「浅いですね」


 氷に足を滑らされたか。踏み込みが浅くボールまで届かない。


 「まずは1点」


 ボールはゴールネットを揺らし、フロージアに得点が入る。


 前回の試合に引き続き、またも俺たちは先制点を許してしまった。

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