第65話 アイック・フィールド

 朝! 試合当日!

 昨日の氷上特訓も上手くいき、チームメイトの顔も明るい。

 一時はどうなることかと思ったが、なんとかなって一安心だ。


 試合会場に到着する。

 会場までの道のりで感じたことは1つ。心が辛い。

 敵陣に乗り込んでいるわけだ、歓迎なんかされるはずもなく、何度も罵声を浴びせられた。

 流石にルールに抵触するのだろう、直接危害を加えてきた者はいなかったが、精神的には辛い状態が続く。


 サッカーの試合ではサポーターの熱も大きく、対戦相手に心無い言葉を浴びせることが無いわけじゃない。

 しかし、相手チームのサポーターがいれば当然味方チームのサポーターもいる。彼らの応援は、そんな言葉など簡単に打ち消せるほど心強いものだった。


 だからこそ、味方が誰一人いない、この完全アウェイの状況には辛いものがある。


 しかし、だからといって臆しているわけにもいかない。負けたら地球が侵略されてしまう。

 今は心を引き締め試合のことだけを考える。


 「ようこそいらっしゃいました。オグレスの皆さん。

 昨日はよくお眠りになられたでしょうか」


 「ガハハ、白々しいこといいやがって。お前らがクソみたいな罠を仕掛ける性悪チームだってことは理解してんだよ」


 「? なんのことでしょうか」


 「とぼけやがって。

 はっ、しっかりフィールド凍らせて、努力したか? 残念! 無駄な努力なんだなあ!」


 そう言って、こんな仕掛け俺たちには効かねえよとアピールするかのように、ブラドは氷のフィールドに足を踏み入れる。

 すると……


 「どわあ!?」


 ダイナミックに一回転。思いっきりコケてしまう。


 「は!?」


 「だから言ったじゃないですか。氷の上では気をつけてください、と」


 「んでだよ! 俺たちは特別な靴を履いてんのに……」


 「ではこちらからも一言、無駄な努力ご苦労様です」


 「――――ッ!?

 てめえ! 本性現しやがったな!?

 ぶっ潰してやる!!!」


 今にも殴りかかろうとするブラドを俺たちは慌てて取り押さえる。


 「やめろってブラド。今暴力を振るえば俺たちの反則負けになるぞ」

 「そうだ、あれは挑発。流せ」


 「そう言われてもよお!?」


 「とりあえず落ち着いてくださいブラドくん。

 落ち着いて、もう一度フィールドに入ってください。今度は足元に気をつけて」


 「んだよ……仕方ねえなあ」


 アランの指示の元、再びフィールドに足を踏み入れるブラド。今度は……


 「ん? 滑らねえぞ?

 いや、そんなこともねえか。滑りはするが、足元に気をつけてればコケはしねえって感じだ」


 「なるほど……」


 どういうことだ? 俺たちが疑問に思っていると、黙って様子を見ていたフィロさんが口を開く。


 「アイック」


 「え?」


 「アイック、フロージアの伝統的なスポーツ。地球でいうアイスホッケーのようなスポーツよ。

 このコート、恐らくそのコートをサッカー用に改造したのね。

 だから、地面が異常に滑りやすくなっている」


 「そんな……」


 「オグレスの科学にも限界はあるわ。ここまで滑ることに特化させた地面だと、全く滑ることのなくサッカーができるほどの靴は作れない。面倒なことになったわね」


 「とはいえ、本当に絶望的な地面ではありません。

 想定ほど何も考えず動けるわけではありませんが、足元に注意すれば滑らずに動くことは可能です。

 難しい試合になると思いますが、諦めずに戦い抜きましょう」


 話を聞きながら、俺もフィールドに足を踏み入れてみる。

 なるほど……確かにサッカーができないほどではない……が、この足場だと制限されるプレーもいくつかあるな。

 急なターンや足元での細かいドリブルは控えた方がいいだろう。


 「ほっほ、どうじゃ、クレート、ラーラ」


 「このくらいなら、特に問題はありません」

 「はい! 逆に動きやすいくらいです!」


 「安心したわい。

 というわけで、今回の試合はクレートとラーラを軸に動くことにするぞい。

 ほい、作戦どん」


 アウラス監督によって今回の試合のスタメンとフォーメーションが発表される。

 それはこうだ。


  龍也   ブラド   将斗


        クレ


    ヒル     ファクタ


 ザシャ アラン ラーラ ペペ


       ヘンディ


 「今回はフィールド的にドリブルが難しくなるわ。

 よってパス中心のフォーメーションにします。みんな、いいかしら?」


 「パス中心ねぇー。だから俺がベンチなのか」


 「ん? レオ先輩何か言った?」


 「い!? いやいや、俺を使わないなんて監督も見る目無いなーって」


 「ほっほ、そこまで出たいなら出してやってもいいぞレオ」


 「!? いやいやー、今日は遠慮しとこうかなって、あはは」


 レオ……。前々から思ってたけどお前それ絶対隠し切るの無理だぞ……。

 ていうか監督、まあそうだろうとは思っていたが、やっぱりレオのパスについては知ってたな。

 そういえば、パスといえばネイトだけど……


 「す、すみません……。足が震えて……滑りそうで……無理です……」


 ま、仕方がないか。

 今回の相手はギガデスとは別の意味で悪意が見え見えだ。恐怖を覚えても無理はないな。


 そしてヘンディはキーパー。メンタルは安定している様に見えるが、油断は禁物だ。


 「わ、私がセンターバックなんですか!?」


 遠くから聞こえてくる声、ラーラの声だ。

 ラーラは本来、サイドバックでのプレーを得意とする選手。戸惑うのも仕方がない、が今回のフィールド、こういったポジションになるのも理解できる。


 「ええ。今回の試合、フィールドの都合上オフェンスよりディフェンスの方が難しくなるわ。

 理由は簡単、パスを中心に攻めれば足元の不利を緩和できるオフェンスに対し、ディフェンスをするには相手のボールを奪うため否が応にも足元での複雑なプレーを余儀なくされる。

 だから、このフィールドで一番動けるあなたに守備の中心を担ってほしいの」


 「うう、わかりました……」


 慣れないポジションだとは思うが、ラーラには頑張ってほしい。


 「凛ぢゃーん……センターバックだってぇ……。

 周りが男の子ばかりでえ、緊張するよおおお」


 あ、そっちの理由か。


 「グズグズ言わない。試合中なんだから大丈夫だって。

 ボクなんか出たくてもベンチなのに……羨ましい」


 「どうする? 文句言いに行く!?」


 「破天荒いじりやめて!

 もう今はわかってる。このフィールドだとボクの足技は活かせない。

 ボクの分も任せたから、ラーラ」


 「……うん!」


 ラーラも素直にポジションにつく様子。

 それに、今回はベンチの凛が状況をしっかり把握できているのも嬉しい。


 試合開始直前。コートに選手が集められる。

 俺も滑らないように気をつけながらコートへと足を進める。

 さあ! 試合だ……!

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