第23話 五曜の過去
「師範! 暫く訓練を休んでしまい、本当に申し訳ありません……」
「構わないよ。あんたは、あと五つほど加護の術を覚えれば立派な戦士になって旅に出れるさ――随分久しぶりだね、六星。
意外な言葉だった。
「――あぁ。ばぁさん、久しぶりだな。今はこっちで住んでるよ」
六星は、そっと自分の唇の端に人差し指を立てて添えた。まるで、それ以上を話さないようにと、促すように。それを見た三号四は、黙って小さく頷く。
「知り合いなんだね、さすが魔獣殺しの戦士。でも――王族の魔獣退治って……まさか?」
五曜は箸を脇に置くと、真剣な顔になって三号四を見つめた。
「ええ、五曜王子。あと残っているのは、
三号四は、話しかけてきた五曜に軽く頭を下げた。弟がいるとは聞いていたが、まさか双子とは知らなかった。確かに今年成人した彼と同じく王子と分かっているのは、成人の儀式を終えていなければならない。
しかし何故こんなにも緊張した話になっているのか、不思議そうに蒼玉は三号四と五曜を見つめた。
「魔獣討伐の件は、また詳しく話させて頂きます。北曜王子の事は、五曜王子から皆さんにお話下さい――では、私は失礼しますよ。ゆっくり食事を続けて下さい、失礼しました」
三号四はそう言って軽く頭を下げると、食堂から姿を消した。
「――五曜、何かあるのですか?」
六星も統星も、詮索するような話をせずに黙って食事を続けている。五曜は蒼玉に問われると、深く息を吐いて再び箸を手にした。
「蛍がちゃんと食べるなら、話すよ」
普段食べるものより豪華な食事に、蛍は遠慮して箸を全く付けていない。急に自分の話になったので、蛍は困った顔をして蒼玉を見た。蒼玉は安心させるように小さく笑い、箸を蛍に持たせた。すると遠慮がちに、蛍は牛の乳の汁物に口を付けた。温かな湯気を上げるその汁を飲んだ蛍は、美味しさに自然と明るい笑みを零した。そして、ゆっくりだがお盆の食事に手を付け始めた。
「北曜は、確かに僕の双子の弟だよ。一緒に成人の儀式を迎えて、北曜は大地の加護の剣士――
蛍の様子を見ながら、五曜はそう話して瓜の漬物を口に運んだ。
年齢でいえば、
梵天が産まれて王の弟である
本来自分の正室となる筈だった
赤星は王の側室から宮家の正室という微妙な立場になったが、それでも倶留守元宮を愛そうとしたらしい。倶留守元宮が部屋に閉じこもっていた時も、食事を運び部屋を花で飾り少しでも彼を癒そうとした。王室に足を運ばなくなった倶留守元宮は、その赤星の献身的な支えもあり次第に笑顔を見せる時もあった。
しかし、安曇の懐妊の報が夜岳中に伝えられると、再び心を閉ざした。そうして、復讐の鬼となった。それでも赤星は他の女を愛する彼に付き添い国の追手から逃げながら、五曜と北曜を身籠ったのだ。
幼子がいれば、戦いに巻き込まれてしまう。赤星は前線にいる彼から離れ、自分の
蒼玉は、いつも笑みを浮かべている彼がそんな大変な経験をしているとは知らなかった。あまりの事に、言葉を失ってしまう。
「赤星元宮妃は、僕たちに降伏しなさいと言って、自分は絞首刑の縄に首を差し出したよ。多分あの人は――ちちう……倶留守元宮の血を残す為僕たちを生かして、自分は倶留守元宮への忠誠を貫いたんだと思う」
五曜にとって、倶留守元宮はどんな存在だったのだろう。蒼玉はその話を聞いて、実の父である倶留守元宮と赤星元妃、五曜と北曜が一緒に生活していた時はどんな様子だったのかが気になった。
五曜は、素直に父と呼べなくなった倶留守元宮の事を話す時は、少し悲しげな瞳をする。きっと、倶留守元宮は安曇をずっと愛していても、それでも家族である赤星や二人の息子を大切にしていたのだろう。愛の形は色々ある……倶留守元宮は、もしかしたらもう何の目的で戦っているか分からないのかもしれない。後に引けず、ただ兄である王を討ち取る為だけに戦っているのだろう。
「北曜は忠誠を誓って僕と一緒に城へ連れてこられたけど……引きこもって、部屋から滅多に出てこないんだ。何度も部屋から出そうとしたんだけど、無理だったよ」
それが、五曜や王家にとっての悩みの種なのだろう。このままの態度では、王への忠誠が疑われる。
「北曜王子は、戦士訓練は受けていたのか?」
麦飯の最後の一口を、椀の汁でそれを流し込むと六星は五曜に尋ねた。五曜は、小さく頷いた。
「うん、訓練だけはちゃんと受けていたよ。統星が付き添ってくれていたんだよね?」
「はい。北曜王子は、きちんと訓練を受けられていて魔獣退治に向かうのに問題ない技術を身に付けられています」
五曜の言葉に、統星は返事をして茶を飲んだ。
「なら、俺達で魔獣討伐手伝ってやろうじゃねぇか。最強の布陣だと思うが」
槍使いの王子、大剣使いの六星、守護師の統星、召喚士の五曜、呪術師の蒼玉。確かに、必要な人材は揃っていた。
「――それは、中級使い手達が決める事だ。進言はしておくが」
統星が静かにそう言って、箸を置いた。いつの間にか、彼は綺麗に食事を終えていた。
「では、それは連絡を待ちましょう。それより、ずっと気になっていた事があるんです。それを先ず、解決しておきたいです」
蒼玉は迷ったが、何時までも気になっている事を残しておくことは出来なかった。意外な蒼玉の言葉に、全員が彼に視線を向けた。
「実は――蛍さんに寄り添っていらっしゃる、お母さまを冥界へ旅立たせてあげたいんです」
蒼玉の言葉に、瓜の浅漬けを口にしようとしていた蛍がそれをぽろりと箸から落とした。驚いたように、
「蒼玉様…
蒼玉は、ゆっくり頷いた。蛍の瞳に、みるみる涙が溢れて来る。
「蒼玉、お前まさか――『黄泉の目』を持ってるのか?」
六星も、驚いたように蒼玉の美しい顔を見つめた。五曜は知らないのか、不思議そうに首を傾げながら蒼玉と蛍を見比べた。
蒼玉以外、誰も見えない。今も蛍の体を抱き締める様に、愛おしく荒れた鴇色の髪を撫でる、亡くなった彼女の母の姿を。
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