第22話 六星の協力

 二人きりになると六星むつぼしは、蒼玉そうぎょくの体を気遣って自分に凭れさせるように彼の肩を抱いて、彼の濡羽ぬれば色の髪に自分の頬を寄せた。

「先日お話した王子と王女の試験は、無事に終わりました。私も良く手助け出来たと褒めて下さり、とても嬉しかったです」

 蒼玉は王族の試験がうまくいけば褒美に休暇を貰えるだろうと、六星に言われていた事を忘れていないと伝えたかった。そしてやはり休暇を貰ったのだから彼に会いにいく筈だった事を、どうしても説明したかったのだ。

「ああ、統星すばるに聞いたよ。王女は忍術士なのに、自身の刃で魔獣を倒したんだってな。しかもそれは蒼玉の機転のお陰だと、アイツも驚いていた」

 普段物静かな統星と陽気な六星が、どんな話をしているのか。ふと蒼玉は不思議に思い、ぼんやりとその姿を想像してみた。そうして、多分六星に振り回されているだろう統星の姿を想像して、楽し気に小さく笑った。

「ん? 笑えるくらいには元気になったみたいだな」

 蒼玉が笑った事で、ようやく六星もほっとしたような笑みを浮かべた。彼なりに、蒼玉の身と心を心配していたのだろう。それから蒼玉は、梵天ぼんてんに彼の母親である安曇あずみの最期の話をすると、夜岳やがく王家の為に自分に忠誠を誓えと――身体すら捧げろと言われた事を素直に話した。そして、純潔じゅんけつを守り通した事も、念を押すように伝えて、恥ずかしそうに囚われていた時の話を続けていた唇を閉じた。

「――そうか」

 六星は小さく呟いてから、蒼玉の未だ細い左の手首を見た。そこには、先日彼が蒼玉に与えた紅赤べにあか色の組紐が見えた。特別高価なものでもなく、どこにでも売っている平凡な組紐だ。それを揃いで買って、六星の分は夜岳にある家に転がっていた。しかしそれを大事そうに持っている蒼玉を想うと、六星は彼の健気さにひどく心惹かれた。宝石や特別美しいものではない。そんなものなのに、と。



 出逢いは、水の国の透湖とうこの飯屋だ。初めて見た時に、確かに彼の美しさを気に入ったが――それ以上に、何故かひどく彼に対して心惹かれる自分の感情に戸惑った。今まで、身体を重ねた女も男も沢山いる。多くが、名も覚えていない人々だ。しかし蒼玉に対しては大切にしたい想いと、自分以外に触れさせたくない独占欲が――二つの微妙に違う想いを、彼に対して感じさせられた。今まで生きてきて、初めて六星に産まれた感情だった。


 蒼玉だけに想う、強い愛情だった。


 蒼玉が訓練を受ければ、きっと優秀だから王族付きの職を与えられるだろう。そうなれば、離れて会う事もなくきっと彼の事は記憶の底に沈んで思い出す事もないだろう、そう思っていたのに。


 もう、この手を離すのが怖くなっている自分に、六星は唇を噛んだ。



「六星……?」

 ぐっと蒼玉の肩を抱く彼を不審に思った蒼玉が、不思議そうに声をかけた。自分の考えに意識が沈んでいた六星は、はっとなり力を緩めて細い肩をポンポンと叩いた。

「それで、蒼玉はこれからどうするんだ?」

「私は――」

 出来るなら、六星と旅に出たい。色々な風景を、彼と見たかった。しかし妙見みょうけん王女から願われた王宮兵士の職を断ったものの、自分を慕い大事にしてくれている人々を、今は見捨てる事が出来なくなっていた。蒼玉の想いは六星が一番であることに違いはないが、複雑に揺れていた。戦いが始まる国を、見捨てるには人々の優しさに触れ過ぎた。


「王宮には、倶留守くるす元宮の間者かんじゃが紛れ込んでいるだろうな。さっき耳にしたが、王の具合は日に日に悪くなり――もう命の灯が消えるのは間もないだろう。その時に、倶留守元宮は王都を襲うはずだ。お前がそれを助けるというのなら――俺も、手伝うよ。それで沢山褒美を貰って、のんびり二人で旅に行くか」


 蒼玉はその言葉を聞いて、まるで絵巻物の光の女神のような華やかな笑みを浮かべた。嬉しそうに、六星が心をより強く奪うほど――花が咲き誇るかのように美しく。

「あー、それに。写し物だが、安曇の絵姿なら古いものだが一枚持ってる。母親を知らない梵天様に、差し上げられるぜ」

「ああ、六星……! 貴方は、本当に頼りになる私の王子様みたいです!」

 続けられた六星の言葉に、再び蒼玉は喜びのあまり横から彼に抱き着いた。そんな蒼玉を抱き留めながら、彼らしからぬ恥ずかしそうに鼻を掻いた。

「俺は、報酬を貰って戦うただの戦士だよ――だから、褒美は貰うぜ?」

 蒼玉は、その言葉にはっとなり僅かに体を離して、精悍な六星の顔を見つめた。確かに、彼の得にならない事ばかり頼むのは、失礼に思えた。そして、先日の王族の魔獣退治訓練の応援の褒美に貰った、自分には多すぎるお金を思い出した。あれを、六星に渡そうと思ったのだ。

「報酬なら――」

 そう言いかけた蒼玉の体を自分の正面になるように抱き寄せて膝に座らせると、六星は瞳を閉じて蒼玉の美しい顔に自分の顔を近づけた。



「……!」



 唇に触れる、暖かな六星の唇。それを感じた蒼玉は驚いたように体をびくりと震わせたが、瞳を閉じて大柄な六星の首裏に自分の腕を絡ませた。


「お前が、俺の褒美だ――お前は、俺のものだ。誰にも渡さねぇし、触れさせねぇよ」

 僅かに唇を離した六星がそう言うと、甘い口付けに酔ったような赤い顔をした蒼玉が小さく頷いた。それを見た六星はにっと笑って、蒼玉を抱えて寝台に座らせる。そうして立ち上がると、扉をがらりと開いた。


「覗き見は、遠慮して貰おうか」


 ばつが悪そうな表情の統星が立ち上がり、扉が開かれた事により蛍といつの間にか来たらしい五曜ごようが、二人揃ってごろりと床に転がった。統星は溜息をついて、転がる二人を支えた。



「聞いた事あるよ、『氷連地ひょうれんちの魔獣殺しの戦士』って! 君だったんだね、会えて嬉しいよ!」

 どうやら、時刻は昼になっていたようだ。五曜の提案で一行は食堂へと向かい、昼餉を食べながら六星に自己紹介をした。蛍は下がろうとしたが、五曜に腕を引かれて一緒に卓に並んでいる。王子や有名な戦士、近衛兵に王家が認める才能の蒼玉。その中にいるのが、申し訳ないように小柄な体をより小さくしていた。

「王子様に名前が知られてるなんて、光栄だねぇ。どうも」


 今日の昼餉は、花の国花連華かれんかの郷土料理の、牛の乳の鍋料理だった。野菜やキノコがたっぷり入った鍋に、鶏肉と牛の乳、花連華の白い味噌と醤油で味付けがされている。大きな椀にそれが入り、熊の肉の香草焼き、かぶと人参とゴボウの炊き合わせ、麦飯に瓜の漬物だった。

 食堂で働いている、解放されて目を覚ました蒼玉に粥を運んでくれていた女性の親が、花連華の出身らしい。彼女が白童子しろわらしの頃に家で作って貰っていた味を覚えていて、嫁いできた夜岳で王宮の食堂で働き出して郷里を忘れないためにたまに作るのだという。そして、蒼玉用にはあんの入ったヨモギ餅が付け加えられている。


 五曜が、六星の話に興奮したように箸を握り締めて、日ごろの彼らしからぬ大きめの声を上げたのだ。その言葉に、六星は笑って熊の肉を頬張った。王子相手でも、六星の態度は変わらない。それが、五曜にはより嬉しかったのだろう。周りの訓練生は、見慣れぬ六星の姿と近衛兵の統星、王子である五曜、下女の蛍の並んでいる奇妙な卓から少し離れて、静かに様子をうかがっていた。

「それなら、王族の魔獣退治に付き合って貰おうかね――あんたなら、王家は大歓迎だよ」

 賑やかに話している彼らに、不意に話しかけたのは使い手の三号四さんごうよんだった。

 彼女は、真っ直ぐに六星を見ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る