第29話 神子という存在

 翌日全員そろって早く起きると、眠い目を擦りながら、それでも手際よく荷物を全て片付けた。それから朝も収納の術で直していた果物を取り出し、昨日の夜の様に簡単に食事を済ませる。

 皆が果物を腹に収めると、早速二号一にごういちの転移の術で光迅こうじん村へ向かった。


 近衛このえ兵の艾葉がいようを除き旅に不慣れだった琥珀こはく達は、だんだん旅の準備が分かってきた気がする。



「なんだか……少し暑いね」

 転移の術で飛んだ土地に立つと、翠玉すいぎょくはこもった様な熱に、僅かに顔をしかめた。頬をかすめる風も熱気を含んでいて、夏とは違う暑さだ。火の国が近い土地だと、訪れた事のない土地に来たと、琥珀こはくは実感する。


 しかし。転移の術が使える使い手つかいて二号一にごういちがいてくれたからこそ、簡単に移動が出来る。それだけ、素早く『聖なるモノ』を探す事が出来るのだ。

 琥珀は、しみじみと心の中で彼に感謝した。


「火山が近いからです。随分大人しくなったと聞きます。ですが、私達が産まれる前は頻繁に噴火ふんかしていたそうです」

 辺りを見渡して、艾葉は暗い煙を吐くひときわ大きな山を指さした。あれが、炎燐山なのだろう。

「そうだな、あたしの記憶ではよく火を噴いていた。最後に来たのは――大地の神が傲慢ごうまんの神と戦った時だったか」

 中の子は昔を思い出すように言葉を紡ぐと、小さく頷いた。

一号二いちごうに様が、中の子の傍についていた時? アタシは知らないわ」

「大地の神!? どんな話なんですか、それ!! 一号二様って、誰ですか!?」

 中の子が琥珀の大好きな大地の神を口にした途端、彼は興奮して中の子と二号一に尋ねる。翠玉は、子供っぽさの残る彼の様子に、呆れたように肩を竦めた。未だに冒険書物が好きな彼のままで、成長してはいなかった。それは、翠玉にとっては嬉しい事だったが。


「もう死んでしまったが、こやつが私の付き人になる前、一号二という使い手の爺があたしと旅をしていたのだ」

 中の子の言葉に、全員が二号一を見た。

 聞くところによると、使い手は三千年ほど生きるそうだ。だが、中ノ地なかのちの歴史から考えると、今いる二号一が中の子の生れた時から世話しているとは考えられなかった。確かに、彼の前に誰かいたと考えてもおかしくない。


「あまり覚えていないが、傲慢の神が絶世の美女と呼ばれた火の国の王女をさらい、それを大地の神が救いに行った時だと思う。あたしはその頃まだ剣を使い始めて、大地の神の助けになろうとしたがほとんど役に立たなかった」


 中の子の腕で、助けにならないとは――琥珀達は、改めて神や穢れの神たちの強靭きょうじんな強さに、息を飲んだ。

「その時、大地の神とその王女の間に子が生まれたはずだったが――立派な戦士になったそうだな。懐かしい」

「え!?」

 再び、二号一以外の者達が驚いた声を上げた。


 神と人間の間に産まれた子? そんな存在、知らないし絵巻物にも書いていなかった。


「おや、知らないのか? 神は気まぐれに、人間とまぐわって子を生す。神子みこと呼ばれる、あたしの様な子供達だ。神も、人間と変わらん性欲があるらしい」

 その意外な言葉に、描いていた高貴な神の姿がなんだか俗っぽく変わっていきそうだ。

「アタシが知っている限り、今いる神子は五人だったかしら? 闇の子の子が二人、火の女神の子が一人、大地の男神の子が一人、水の女神の子が一人」

 二号一が指折り数える。あの妖艶な己の加護の女神は、二人も子を生していたのか。人間が嫌いだと聞いていたのに――ますます闇の子の行動は、琥珀には理解出来なかった。

「どんな姿なんですか?やっぱり、神様みたいに特別な色があるのですか?」

 翠玉も興味がわいたようで、中の子に尋ねる。

「いや、人の子と変わらん。ただし、あたしの様に片眼が違う事が多い。己を加護する神と、親である神の加護が現れるからな。あとは人の子より強くて、寿命が少し長い。三百年から五百年くらいだろうか?使い手より命が短いのは、人間の要素も混じっているからだろう」

 中の子は、月白げっぱく色髪に隠れている右の墨色の瞳を指差しながら、そう教えてやる。

 本当に、知らない事だらけだ。村にいたままでは、絶対に知らなかっただろう出来事。


 琥珀は、中の子との旅が楽しくて仕方ない。胸が高鳴り、まるで大地の男神の冒険譚を体験しているようだ。


「あそこでしょうか」

 辺りを見渡していた艾葉が、少し先を指差して全員を振り返った。艾葉が指差す先には、ゴツゴツした岩が並んでいた。そしてその岩の間に、村の門がかすかに見える。

「多分そうね。初めて来る所だから、やっぱり微妙に位置がはずれちゃったわね――ま、近い方よ。もうこの村の位置は、記憶したわ」

 確認した二号一が、誤魔化すように呟きながら先に歩き出す。それに一同も並んで進む。その村に近づくにつれて、暑さも少しだが増してくる。

「あ、でもさ!」

 琥珀が、ふと何かに気付いて二号一の着物を引っ張り、進むのを止める。

「光の子様をうやまっているところに、中の子様や花の使い手の二号一が行くのは危険じゃないか?」

 琥珀にしては、珍しく真っ当な言葉だった。その言葉に、二号一は僅かに眉を寄せた。


「村人全員がそういう思考をしている訳じゃないかもしれないけど、確かにそうね。警戒されて、村人から話を聞けないかもしれないわ」

「じゃあ、どうするんだ」

 二号一は、中の子と琥珀を見比べてから口を開いた。

「まず、この辺りの探査術をするわね――全てを監視する大いなる瞳よ 北から南に走り東と西を凍った光で照らし我に共有させよ―――空間探査」

 瞳を閉じた二号一は、その瞼を手で押さえる。琥珀達には分からないが、今二号一の閉じた瞳の奥には、周りの光景が鮮やかに走り抜けて映し出されている。


「反対側に、深い洞窟があるわね。深くて中まで見えなかったわ。これは、艾葉が昨日言っていた洞窟ね――村の方は魔獣の卵もなさそう。こっちは、多分安全そうね」

 そう言うと、瞳を開けた二号一は琥珀達に向き直った。

「情報収集でこの村の中にいる間は、別行動にしましょう。アタシと中の子は、炎燐山の近くにある洞窟に行ってみるわ。そこに魔獣の卵があるかもしれない」

「え、じゃあ琥珀と翠玉と艾葉と俺だけで、村から情報を聞き出すんですか?」

 それまで静かに付いてきていた玉髄ぎょくずいが、自信なさげな声音で二号一に問う。彼らしからぬ姿に、二号一は小さく笑った。

「大きな体で、子供みたいに情けない事言わないの。アナタ達は、もう戦士なんだから。自分で考えて行動する訓練になるじゃない」

 確かに今までの旅は、中の子や二号一に指示されてそれに従っていた。戦士になり旅をすると、自分で決めて行動しなければならないのだ。

「これ、一応渡しておくわ。風の王族から貰ったお金よ」

 玉髄に、お金の入った重そうな袋を渡す。それから収納の術で三人の武器と荷物を取り出すと、それらを全員に持たせた。

 二号一は、中の子を連れて琥珀達から少し離れる。

「何かあれば、艾葉の式神で連絡して。絶対に危ない真似はしないようにね――それと、艾葉と翠玉をちゃんと守るのよ?」

 小さく笑った二号一は片眼をつむると、転移の術を使い中の子と共に姿を消した。消える前に見えた中の子の姿が、今は亡き藍玉あいぎょくと重なって琥珀には見えた。――離れている間、中の子様たちも無事で――と、琥珀は心配そうにさっきまで中の子が佇んでいた地面を、じっと見つめた。もう、誰も失いたくなかった。


「ええと――じゃあ、行くか」

 盾を背中に抱えて槍を持ち、玉髄が全員に声をかけた。琥珀達はそれに頷き、揃って光迅村へと向かった。

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