第27話 玉髄の願い

 食事が終わると、艾葉がいようは付与術でヤマモモと桑の実の水分を抜いて、腐らぬようにした。水分が抜けた事で、甘い果物の糖分が表面に白く浮かぶ。召喚術で使役する小さな精霊に与える為、木の実は常に携帯しておくものだ。


「それで、光王都で聞いた話とは何なんだ?」

 その作業をしている艾葉の隣で、中の子なかのこが眠そうな顔で二号一にごういちを促した。その二号一の後ろでは、琥珀こはく翠玉すいぎょくが仮眠する順番を決めている。


「あらやだ、忘れてたわ」

 二号一は中の子に言われて、自分が光王都で仕入れた話をようやく思い出したのか、瞳を丸くしていた。本来なら食事をしながら話そうとしていたのに、またもや肉に夢中になっていたので仕方ない。

「王宮で光の下級使い手つかいてに聞いたのよ。調査から帰ったばかりだったみたいで、その周辺の多くの村で最近奇妙な思想が流行っているそうよ」

「思想?」

 寝床の下に敷く動物の皮を広げていた玉髄ぎょくずいが、中の子たちの話に気づいて話の輪に加わってくる。

「創造主が眠りについたから、その後を継ぐのは光の女神である。しかし、偉大な光の女神は悲しい事に眠られている。だから女神の代わりに、その力を受け継いだ光の子がそれを担うべき! と、いう運動らしいわ。光王都から少し離れた村から流行りだしているから、王都にはまだあまり広まってないそうよ」

「ほう?」

 中の子は興味を示したようで、艾葉に視線を向けた。

「私はあまり任務以外の事は知らないので……すみません、初耳です」

「光王都で流行っているなら艾葉の耳にも入ったかもしれないけど、辺鄙へんぴな村らしいから仕方ないわ。たまたま調査で訪れた下級使い手が耳にしなければ、中央にそんな話は来ていないはずよ」

「しかし――神の序列について人間が口を出すなんて、また随分恐れ多い事です」

 玉髄は眉を寄せた。


 神は、人間を創り出した最も尊い存在なのだ。今自分の目の前に神である中の子がいるが、本来なら神に会えるなんて奇跡でしかない――自分たちは、中の子だけでなく花の神や闇の子、光の子にまで会えたという子孫にまで自慢してもいい恩恵を受けているのだ。


「その村の男が、『神の使い』って神々こうごうしいものからお告げを受けたんですって。『光の子を第一神にして、それを認めないものは排除するのだ』って言われたそうよ」

「それはまた、随分過激な思想だな。神の順位は明確に決まっている訳ではないが、あたし達兄妹は神々の中では下位になる」

 中の子が話すに、生まれた順番が大事という事だ。それで順位をつけるなら、光と闇が一番、火と水が二番になる。光と闇は創造神と共に今は眠りについているから、その考えだと火か水が後を受け継ぐのが妥当だという。

 しかし神々は闇と光の戦い以降『神々同士の戦いはしない』と決めているので、誰が第一神になるかを競わない。なので、神が創り出しただけの人間がそんな話をしていても、神には関係ないし興味もないのだ。


「中の子様、『神の使い』とはもしや――?」


 玉髄の言葉に、二号一は軽く手を叩いた。

「ご名答! 『聖なるモノ』と近くないかしら? それとも、同じかもしれないわよ」

「中々良い情報だな。では、明日残りの国境付近の捜査が終わったら、その村に行ってみよう」

 中の子がそう言うと、二号一と玉髄は頷いた。艾葉は、緊張した様に「承知しました」と小さく返事をした。

「アンタ達! いい加減にしなさい! ここは村と近いから、みんな一緒に朝まで寝ていいわよ!」

 まだ寝る順番で喧嘩けんかしている琥珀と翠玉を怒鳴りつけて立ち上がると、二号一はさっさと皮の上に先に横になった。眠そうな中の子も、彼に続いてその隣で横になる。

「だ、そうだ。火を片付けて俺達も寝よう。明日も早いぞ」

 玉髄に促され、艾葉は焚火のまきを抜くと、その火にんできた水をかけて消した。それから先ほど術で乾燥させた木の実が入った袋も、手早く直す。同じように琥珀と翠玉は川で汲んでいた水で椀を軽く洗うと、邪魔にならない脇に置いた。

 翠玉はもうすやすやと寝ている美しい寝顔の中の子に近づくと、脇に置かれていた彼女の紅鶸べにひわ色の単をかけてやる。


「じゃあ、おやすみ」

 皆が動物の革を敷いた上で並んで横になる。二号一、中の子、翠玉、艾葉が並んだ。少し離して敷かれたもう一枚の皮に、玉髄と琥珀。


 暗くなり明るく見える夜空には、沢山の星が綺麗にまたたいている。こうやって静かにゆっくりと星空を見るのは、随分久しぶりだった。思えば、戦士教育を受ける為に風王都まで旅をした、あの時以降だと玉髄は時間の流れの速さに少し驚く。


 静寂が、辺りに広がっている。


 平和な世界のようなのに、裏で何者かが二つの国を襲おうとしている。それに、村を出てこの様に旅に出ないと知らない現実がある。光円こうえん村で体験した村の事情を知った玉髄は、改めて世間知らずな自分を恥ずかしく思った。そうして、いかに自分が恵まれているのかを知った。父と母は、生活に困らない様に大切に育ててくれた。その恩を返さずに、世間知らずの自分は勝手に家から飛び出した。

 どうか下の子が、父と母を大事にしてくれないか。そして、自分の分も恩返ししてくれないか――それを願うのも、自分勝手だな。玉髄は、もう取り返しがつかない思いと共に、懐かしい家族を思い出した。


 寝返りをすると、月明りの下。ふと、艾葉と目が合った。


『ありがとう』

 声に出さず、艾葉は玉髄にそうゆっくり言葉を唇で表す。玉髄は艾葉に、小さく頷いた――彼女も、そう簡単に傷付けられた心の傷が癒える訳ではないだろう。しかし、彼女の傷が、少しでも癒える様に。自分が彼女をいたわれば、自分の両親への恩返しも一緒に出来る様な気がした。


 それに、玉髄自身も己の目の前で愛しく思っている藍玉あいぎょくを失ったことを、ずっと悔やんでいた。初めて好きになった、花の様な藍玉。彼が苦しんで死んだ事、それを見た事で自分の心が荒んでいるのを、分かっている。

 光円こうえんの村長を思わず殴ったのは、勿論艾葉をののしる彼に腹が立ったのだが、それだけではなかった。玉髄は、ギリギリで制御している怒りを抱えているのだ。


 理不尽に藍玉を死なせてしまった、己の無力さに。彼を殺した、この世の流れに。何故、神は藍玉を死なせてしまったのか――。


 琥珀達と一緒に藍玉のかたきを討たねば、玉髄も前に進めない。その為に、今は中の子を信じて共に行く。神を信じられないような自分に、なりたくなかった。だから、それがどんなに辛くとも。


 玉髄は瞳を閉じた。まだ旅は続く――疲れを少しでも癒すために、休まなければと自分に言い聞かせる。



 琥珀達の寝息を聞きながら、ようやく玉髄が眠りについたのは明け方近くだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る