第26話 「あたしの大事な仲間だ」

「ほぅ。随分手際が良くなったな」

 昼餉ひるげの時は上手く狩りが出来なかった琥珀こはく翠玉すいぎょくだったが、コツをつかんだ二人は今回は上手く狩りが出来た。

 琥珀は、ナマズと鯉を人数分。翠玉は若い牡鹿おじかを一匹仕留めていた。鹿の内臓は狩ってすぐに内臓を取り川で洗ったようで、鮮度も良い。飯屋の父から教えられたことを、ちゃんと覚えていたのだろう。

中の子なかのこ様、楽しみにしていて下さいね! 絶対に美味しいですから!」

 太刀を脇に置くと、琥珀は自慢げに自分の胸を叩いた。


 料理用の焚火を用意した二人が続いて手早く魚や肉を捌くのを、中の子は褒めてから大人しく見守っていた。

「だけど、玉髄ぎょくずいたち遅いですね。」

 もう桜も散って、葉桜になってしまっている。時折咲き残りの藤の花の花弁が舞って、中の子の綺麗な月白げっぱく色の髪に添えられるように落ちるのが綺麗だと、琥珀は眩しそうにチラリと見ていた。

「心配せずとも、ほら、戻ってきたぞ」

 中の子がふいと視線を村の方の道に移すと、沢山の食糧を手にした玉髄と艾葉がいようを連れた二号一にごういちが帰ってきた。

「え? 何その量!?」

 翠玉は驚いて、艾葉が手にしていたのを助ける様に半分持ってやる。果実や麦やお菓子や野菜……なんでこんなに買ってきたんだと、琥珀は不思議そうに首を傾げる。

「貰ったのよ、人助けして」

 二号一は、日持ちのするものを収納の術の中に収めながら、簡潔にそう答えた。

「あ! アタシその人助けの関係で今から少し光王都に向かうから、皆で食事の準備しておいてね」

 自分で言った言葉で何かを思い出したかのようにそう言うと、二号一は返事も聞かず転移の術で姿を消した。

 事情の良く分からない琥珀と翠玉は、顔を見合わせた。

「玉髄、手、どうしたんだ?」

 荷物を下ろしている玉髄の傍に来た琥珀は、彼の手に引っかき傷のような小さな傷を見つけて、僅かに心配そうに声をかける。

「あ? ああ、忘れてた。痛くない、大丈夫だ」

 僅かに血が滲んで乾いた小さな傷に視線を落とすと、玉髄は何でもないと笑った。

「ごめんなさい、私が爪で引っ掻いてしまって…」

 はっとした艾葉は、自分が彼の手を振り払った時を思い出すと、玉髄に頭を下げた。

「大丈夫でしょ、玉髄はこんなに鍛えてるんだから。そんな小さな傷すぐに消えるよ」

 翠玉が、玉髄の筋肉質な腕をポンポンと叩いて笑う。琥珀も同意する様に頷く。

「そうそう、だから艾葉は気にしなくて大丈夫だって!」

「……有難う」

 はにかみながら、艾葉は小さく笑う。琥珀や翠玉、玉髄は艾葉のその様子に安堵した。

「野菜もたくさんあるから、あつものにナマズと一緒に炊こうよ」

 お腹が空き始めた琥珀は、思考を食事へと切り替えた。鍋にナマズや切った野菜などを、手早く投げ入れる。

 玉髄は鹿の肉に目を留めると、木の枝を何本か短刀で切り、焼きやすい様に串を作った。翠玉は食べやすい大きさに切った鹿肉に、ぱらぱらと塩を振る。それを終えると臭み消しに生姜しょうがを細かく切ったものを擦り付け、玉髄が作った串に刺して焚火で炙り焼く。

 麦も貰ったので、ほしいいではなくそれで麦飯も炊いた。随分豪勢な食事になりそうだ。

「……あの、木の実を取ってきてもいいですか」

 皆がそれぞれ作業しだして、艾葉は何をやってよいか分からずしばらく見守っていた。だが、ふと朝に琥珀達にあげた分の木の実を補充することを思い出した。

「なら、暇だしあたしも手伝おう」

 座っていた中の子は伸びをすると、艾葉の許に歩み寄る。まさか神に木の実を集めさせる訳にもいかない艾葉は、慌てて首を横に振った。

「そんな! 中の子様にそんな事をして頂く訳には……!」

「あたしもする事がなくて暇だ。あたしが付いて行っては、邪魔か?」

 首を傾げる中の子に、艾葉は諦めたように小さく頭を下げた。

「有難うございます、お願いします」


「あんまり遠くに行っちゃ駄目だよー?」

 翠玉が二人に声をかけ、中の子と艾葉は揃って木々の中に入っていった。

 木々は、これから夏を迎える為か青い葉を沢山咲かせていた。

「ここは、ヤマモモと桑の実が多いみたいですね。助かります」

「どちらも、腐らないのか?」

 艾葉から渡された袋を手に、中の子は水分が多そうなヤマモモと桑の実を眺めて、不思議そうに尋ねた。

「普段なら、干して乾かします。旅の途中ですから悠長に乾かせないので、付与の術で乾燥させます」

 背を伸ばして桑の実を摘みながら、艾葉は中の子に答える。「そうか」と答えた中の子は、ヤマモモを落とさないように気を付けながら採る。


「――少しは、前に進めたか?」

 実を採りながら、中の子は艾葉に問うた。その言葉に、艾葉はぴたりと動きを止めた。

「さすが神様ですね……」

 何を、と中の子は言わなかったがその問いは自分の過去だろう、と艾葉は分かっていた。

「急に、今までの怖さは消えません。まだ、男の人は怖いです。ですが、前に進もうという気になれました。過去は変える事が出来ません、でもようやく自分が変わるしかないと思えるようになりました」

 再び中の子に背を向けて桑の実に手を伸ばし出した艾葉は、小さく、だがはっきり自分に言い聞かせるようにそう答えた。

「中の子様は、いい人たちに恵まれていますね」

 艾葉は、二号一や玉髄。翠玉や琥珀を思い出して羨ましそうに呟いた。


「そうだろう、私の自慢の友人たちだ。二号一に、琥珀に玉髄、翠玉に艾葉。皆個性的で、皆同じように可愛い」


 自分の名前が入っている事に、艾葉は驚いたように中の子を振り返った。中の子は、その花のような美しさで艾葉に歩み寄ると、自分よりも僅かに低い彼女の頭を撫でてやる。


「あたしの大事な仲間だ、艾葉」


 村長たちにひどい暴行を受けていた時、毎日神を呪った。こんなに可哀想な自分を助けてくれない、神様達を。しかし、不幸なのは自分だけではない。神や自分を呪ったままでは、自分がどんどん醜くなるだけだ。


 汚されてボロボロになった自分を、神様は『仲間』だと言ってくれた。自分の為に、怒りその対象を殴ってくれた『仲間』がいる。後から参加した、数合わせだけの存在だと思っていた。そんな自分の為に、皆が気にかけてくれている。


「私は、仲間でしょうか――?」


 艾葉はボロボロと涙を零しながら中の子に尋ねた。中の子は優しく笑って、艾葉を優しく抱き締めた。

「勿論だ、一緒に頑張ろう」

「中の子様!!」

 わんわんと泣きながら、艾葉は今までの悲しみを涙と共に流すように吐き出した。中の子を抱き返して、その花のような香りのする体にしがみついた。中の子は、艾葉が落ち着くまで背中をさすってくれていた。まるで、母のような優しさで。



「随分豪勢な夕餉ゆうげね」

 消えた時と同じような唐突さで、二号一が転移の術で姿を現した。鹿の肉の焼けた香り、羹、麦の炊けた食欲をそそる香り。二号一はそれらの匂いを楽しんだ。

「僕が鹿肉獲ってきたんだよ!!」

 昼間散々二号一に怒られた翠玉が、自慢げに手を上げる、

「俺だって、皆の分魚獲ってきたぞ!!」

 対抗する様に、琥珀も二号一に報告する。ナマズは羹にして、鮒は醤油や酒と酢で切り身を漬けた。

「はいはい、分かったわよ。頑張ったわね。中の子と艾葉は?」

「木の実を採りに、先の所にいるよ。中の子様―!!」

 翠玉が大声で呼ぶと、中の子と艾葉が姿を見せた。そうして、二人は焚火の周りの皆の許に戻ってきた。

「戻ったか。食事も出来たようだし、一度落ち着くか」

 中の子がそう言うと、艾葉のお腹が小さく鳴った。

「食欲が出たか」

 玉髄が笑うと、艾葉は恥ずかしそうに小さく笑って頷いた。

「いい事ね、アナタ朝も昼もあんまり食べなかったんだから、沢山食べなさい。それに、光王都でちょっといい事聞いてきたから、食べながら報告するわ」

 そう言うと、二号一は真っ先に鹿の肉を焼いている焚火の近くに腰を落とす。琥珀と玉髄も、またもや争奪戦を予想して慌ててそれに続くように座る。

「あたし達も行こうか」

 中の子に促されて、翠玉と艾葉も焚火を囲む。



 日もすっかりと落ちて、辺りは小さくした焚火に照らされる顔だけになる。「食べながら話す」と言っていた二号一は、やはり琥珀や玉髄とで食事に夢中になっていた。しかし今夜は、艾葉も負けずに食事に手を出してお腹いっぱいに食べた。


 艾葉は、本当に久しぶりにお腹いっぱい食べた。


「げ、艾葉も結構食うじゃん!!」

 琥珀の言葉に、この集まりに加わってから初めて彼女は、心からの笑顔を見せた。

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