第21話 琥珀の安堵


「……へ……?」


「ん? やっぱり、怖くなって止めたいのかな?」

 呆気あっけない光の子の了承の言葉に、言った本人の琥珀こはくもそれに並ぶ翠玉すいぎょく玉髄ぎょくずいも、驚いて動きを止めてしまう。

 戦おうとする相手は、闇の子が手を貸す程の力のあるモノだ。まだ約二年訓練しただけの戦士になりたての自分たちに、光の子が簡単に輝華きかを守るにんを許してくれるとは思ってもいなかった。

「いいえ! 戦います!」

「君たちはそんなに強くないけど、中の子なかのこも付いていくのだろう? 構わないよ、任せた。君たちが失敗しても、中の子が何とかしてくれるはずだから」

 凡人だと自覚している琥珀の胸をぐさりと斬る言葉だったが、正論だった。

「有難うございます、必ず倒してみせます!」

 琥珀は何とかそう答えて、もう一度深く頭を下げた。翠玉も玉髄もそれに倣う。


「うーん、剣士と弓師と守護師か。中の子と呪術師の花の使い手つかいてがいるなら……あと一人ぐらい付けさせよう。中の子の負担が増えるのは、心苦しいからね。構わないかい?」

 細い顎に指を添えて一同をぐるりと眺めると、光の子は中の子に向き直った。

「はい、構いません。ですが、光の使い手は……この二号一にごういちは厄介な性格なので、同行中失礼な事をするかもしれません」

 中の子の言葉に、二号一から静かな怒りの雰囲気を感じる。これで雷が落ちる事は、絶対に回避出来なさそうだ。

「じゃあ、召喚士の人間の近衛このえ兵でも用意しようか。光の使い手に話して、誰かいい戦士を選んで貰うよ」

 光の子がパンと手を打ち鳴らすと、彼のかたわらに光り輝くたてがみの獅子ししが現れた。金の獅子は、光の国の聖獣だ。随分年老いた風情だが、堂々とした貫禄がある。

「やあ、一ノ三號いちのさんごう。輝華の王宮の使い手に話して、この人の子らと年の近そうな有能な召喚士を一人選んでくれないかい?」

 一ノ三號は、ちらりと琥珀達を見た。その向けられた視線に、ピリッとした感覚が琥珀の肌を伝った。藍玉あいぎょくに貰った首から下げている女神像が、何か琥珀に訴える様に刺激を与えたような気がした。しかしそれが何を示しているのか分からない琥珀は、内心首を傾げる。この聖獣が、自分たちの事を何か見透かしたのだろうか?


『承知いたしました、我が神よ』


 頭の中に直接話しかける、年老いてはいるが重々しい声が響いた。それが、金の獅子である聖獣の声なのか。その返事を残して、瞬時に一ノ三號は姿を消した。

「では、お茶でもしようか。久し振りにこの花のかんばせを愛でながら。沢山話したい事もあるし、中の子の旅の話もゆっくり聞きたいと思っていたんだよ」

 緊張感のない光の子が、楽し気に中の子に笑いかける。しかし、中の子は申し訳なさそうに兄神に頭を下げる。

「兄上、今はこの事態を片付ける為に急ぎますので、お茶は片付いてからにいたしましょう。兄上が好きな、中ノ地なかのちの美味しい果物を持って神殿しんでんに参ります」

「……そうなのか、それはとても残念だ。だが、忘れないでおくれ。必ず、私に会いに来なさい」

「中の子よ、我とも久し振りに話をしてはくれぬのか?」

 明らかにがっかりとしたように光の子は呟き、花の神も落胆した声音でぼやく。拗ねる子供の様な二人の姿から、彼らが心から中の子を愛していると分かる。その存在がいる事に、琥珀は少し嬉しくなった。二号一も普段口うるさいが、中の子を大事にしているのを分かっている。

 それは、花の男神のめいだけではないだろう。彼の意思で、中の子を大切にしている。

 中の子を愛してくれている存在がいて、良かった。闇の子のような存在だけが神ではない。少なくとも二人の神と一人の使い手が、心から中の子を愛おしく思ってくれている。中の子は、一人ではないのだ。


「ちゃんと、お二人との時間を作ります。待っていてください」

 笑顔の中の子の言葉を聞くと、落ち込んでいた二人の顔に笑みが戻る。神とはいえ、単純なその様子に琥珀は彼らに好感が持てた。

 それなのに、やはり闇の子にはそんな良い印象を抱けない。琥珀は思わず己の加護の神を恨んだ。


「では、私は神殿に戻りましょう。人の子達、頑張るようにね。中の子ばかりを頼らず、自分の力を信じる様に――それと、中の子。約束を、絶対に忘れないように」

 琥珀達から視線を中の子に向けると片眼かためつむり、光の子は椅子から立ち上がる。そして、一瞬にしてその姿は白い椿の花のかたまりに代わると、はらりはらりと風に舞う。そうして全ての花は流れ、光の子の姿が消えた。

「相変わらず、気障きざったらしくおかしな奴だ――さて、我も戻るとしよう。お前たちの成功を信じている」

 花の男神も、椅子から腰を上げた。それを見た中の子も、慌てて椅子から腰を上げた。

「花の父上、今回はあたしの我儘を聞いてくれて本当に有難うございました」

「我の愛おしい華の為だ、これぐらい苦になるものではない」

 優しく笑いかけて中の子の月白げっぱく色の髪を撫でると、花の神の姿は現れた時の様に、桜吹雪を全身にまとう。その桜の花が弾ける様に散り終えると、その逞しい身体は風の様に消えた。


 ようやく、中の子を除く神々が姿を消した。平伏した姿のまま、琥珀達は安堵で地面に倒れ込んだ。緊張とずっと平伏した姿勢だった為、身体が変に痛む。


「ちょっと! 中の子!!」

 それまで笑顔で頭を下げていた二号一が、怒鳴りながら顔を上げた。面倒臭そうに、中の子は彼に向き直る。

「何だ?」

「よくも我が神の前で、あんなこと言ってくれたわね! アタシのどこが厄介な性格なのよ!!」

 またもや、二号一は中の子の頬を掴んで横に引っ張る。中の子はジタバタと嫌そうに暴れるが、二号一の怒りは収まらない。

「それに、琥珀!!」

 中の子の頬を引っ張りながら、二号一の怒りは琥珀にも向けられる。鬼の形相で、顔だけ琥珀を振り返った。

「は、はい!!」

「事前に、神々の前では大人しくしろって言ったでしょ!? もう、なんでアンタ達はそんなに自由なのよー!!」

 二号一の小言は、延々半刻ほど続いた。怒られている琥珀は、中の子の頬が伸びてしまわないか、それが心配だった。

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