光の国『輝華』

第22話 新しい出会い


 再び二号一にごういちが創り出した扉で中ノ地なかのちに戻ると、空気や鼻腔びこうに漂う香りが随分違う気がする。ずっと此処で住んでいたのに、常月丘とこげつきゅうの澄みきった空気がもう恋しくなっているのだ。

 神々が住む聖光陽せいこうようは一体どんな所なのだろう、と琥珀こはくは想像を膨らませた。神々が住む聖なる場所だから、人間である自分はどんなことがあっても行くことが出来ない。しかし、本当に楽園のような場所なのだろう。


 ようやく常月丘から意識を戻して辺りを見渡すと、知らない村か町の前だった。日がそろそろ傾きだして、辺りを赤く染めている。城が見えるので、何処かの城下町には違いない。となると――


「光王都よ」


 琥珀達の心を読んだかのように、二号一が言って辺りを見渡す。

「光の子様から指示を受けた使い手は、まだ来ていないみたいね」

 どうやら、ここで光の子が用意すると言っていた召喚士と合流するようだ。

「召喚士って、母さんと同じ?」

 隣にいた翠玉すいぎょくが、琥珀に尋ねる。琥珀の母は、花の加護の召喚士だ。しかし彼女は戦士にはならなかったので、召喚士の話は聞いたことがなかった。

「そうだよ。そう言えば召喚士って、訓練所でもあんまり見なかったよな? 玉髄ぎょくずい

「ああ、俺も練習風景を見た記憶がない」

 琥珀は、訓練所での風景を思い出す。呪術師は座学が多いし、他は大抵道場にいる。唯一召喚士だけは、城下町の外の近くの小高い丘によく行っている様なので、訓練風景を見る機会がなかった。

「召喚士は、能力によって大きな式神を呼ぶから野外の方が都合いいのよ」

 二号一の言葉に、琥珀達は驚く。

「え? 式神って? 魔獣と違うの? 精霊?」

 旅をする旅団も組んだこともないから、自分の武器以外の事を琥珀はあまり分からない。琥珀も翠玉も、意外な事に玉髄も召喚士に興味があるようだ。

そういえば、年に一度の冬の魔獣討伐でも、召喚士は一緒ではなかった。

「精霊を使役しえきするのよ。詳しい事は、本人から聞いたらいいんじゃない?」

 二号一は、「どうせ会えるんだから」と、肩を竦めた。

「そうだ、誓約せいやくしるしって何?」

 置いてけぼりだった謎の術を、不意に翠玉が思い出した。神々や二号一は分かっているようだが、琥珀達はさっぱり分からない名前だった。

「そうそう、俺も知らない!」

 琥珀が声を上げれば、玉髄も頷く。

「使えるのは、上級使い手の呪術者以上だからな……知らなくても仕方ない」

 また眠そうになった中の子は、欠伸を耐えながら答える。


「何かを成就させるまで約束を取り交わす相手の素性を口にしてはならない、という上級呪術だ。約束を反故ほごにすると、心臓が術により握り潰されて喀血かっけつして死ぬ」


 中の子の言葉に、三人は藍玉あいぎょくの最期の姿を思い出した。

「藍玉は、そいつと約束したって事? 魔獣の卵が孵化ふかしたなら、成就したんじゃないのか!?」

「いや、多分知らぬ間に印を付けられたのだろう。願い事は孵化ではなく、卵を渡したモノの心願しんがんだと思う」

 その中の子の言葉を聞いて、琥珀はふと「死にたい」と願っている中の子の言葉を思い出した。その術なら、多分中の子は死ねるのではないか――と。

「――残念だが、多分その術であたしは死なないぞ?」

 琥珀が聞きたかった答えを、中の子は穏やかな笑顔で答えた。

「神は誓約の印を結んでも、のたうち回るくらい苦しい思いをすると思うが死ぬことはない。姉神の機嫌を損ねないため、あの場では言わなかったが」

 まるで、自分で試したかのような言葉だ。それを詳しく聞きたかったが、琥珀が口を開く前に二号一が腕を上げた。


「来たわ、あの子ね」


 城門から、慌てたような集団が出てきた。全員が光り輝くように眩しい髪と瞳だ。蒲公英たんぽぽ色の髪と瞳、額には光の紋章である椿の花。多分、光の上級使い手が三人。それと、彼らに急かされる様に小走りになっている、小柄な人物が後を追う。中の子の双剣と同じ承和そが色の髪と瞳の、痩せた少年らしい姿は、旅支度らしい荷物を背負っていた。

「お待たせしてしまい、大変申し訳ございません!」

 四人は中の子の前に並ぶと、息を切らしながら膝を地に付きうやうやしく頭を下げた。

「光の子様より命を受けた聖獣から、事情を聴きました。この者を、どうぞお供にお連れ下さい。才は上なので中の子様のお役に立てると思います」

 光の使い手達にうながされた少年が、緊張しているのか平伏したまま小さな声を絞り出す。

艾葉がいようと申します、精いっぱい中の子様のお力になるよう努めます」

 その言葉に、全員が首を傾げた。声が、少女の様に高かったからだ。痩せた小柄で髪を短く切った姿は、少年の様に見えたのだが。

「よろしくね、アタシは花の上級使い手の二号一よ。そして、中の子。後ろにいるのが、琥珀に翠玉に玉髄よ。艾葉は――女性かしら?」

 二号一が性別を確認するのが、なんだか不思議な感じがする。しかし、共に旅をするからには何か間違いがあっては大変なので、一応確認したようだ。

「は、はい! 一応女です…」

 何故か申し訳なさそうに、艾葉は小さな声で答えた。

「女だからって問題ないわよ? 翠玉もいるし、アタシもいるし?」

 二号一のその言葉に、全員が動きを止めてしまう。どう返してよいのか、誰もが困ってしまったのだ。

莫迦ばか者、皆困っているだろう。艾葉、あたしをうやまわなくていい。アンタ達も、立つがいい」

 中の子が二号一の背中を叩くと、膝をついている光の国の使い手と召喚士を立つ様に促す。戸惑いながらも全員が立ち上がり、軽く頭を下げた。

「有難う、旅の用意は出来ているのならこのまま向かってもよいか?」

 中の子は、揃った全員を見渡す。


 ぐぅぅううう。


 丁度それに答える様に、琥珀の腹が切なく鳴った。全員の視線を受けた琥珀は赤くなって、隠すように腹を押さえた。翠玉がそんな琥珀の頭を叩いた。

「――すまない、村で食事をしてから行こう」

「そうね、あれから二日程経ってるし」


 二日?


 三人は、顔を見合わせて不思議そうな互いの顔を見た。

 昼に魔獣を倒して王宮で過ごし神に近い区域にいて、もう夕方なのかと思っていたが実は魔獣討伐から二日経っていたのだった。常月丘の時間の流れに、琥珀達は驚いた。成程、だから腹も減り睡魔も感じるのか、と。

「城でご用意いたしましょうか? 王も、よろしければ中の子様に挨拶したいと申していますので……」

「いや、そこまで世話になるのは申し訳ない。村の飯屋を使わせていただく。仕事の邪魔をしては悪いから、アンタ達も城に戻っても大丈夫だ」

 また緊張しなければならない、とげんなりしかけた琥珀達に気を遣ったのか、中の子はそれをやんわりと断った。

「では、町の飯屋に連絡をして、皆様のお食事を用意させておきます。この町での滞在で利用された代金などは、お気になさらぬよう」

 光の使い手達は、深々と頭を下げた。

「お先に失礼いたします、中の子様に感謝を」

 使い手達の姿が消えた。転移の術を使ったのだろう。残された艾葉は、小動物の様に怯えた風で、どうすればいいのか考えているようだった。

「艾葉。あたし達は、これから共に旅をするんだ、緊張しなくてもいい」

 中の子にそう声をかけられて、艾葉はそれでもまだ緊張したまま小さく頷いた。少年のような姿だが、よく見ればとても可愛らしい顔立ちをしていた。

「では、早く食べに行くとするか。琥珀の腹の虫が怒っているからな」

「中の子様、揶揄からかわないでくださいよー!」


 楽し気に中の子が言いながら光王都の城門に向かい歩きだすと、琥珀は頭を掻きながら恥ずかしそうに後を追う。その後をムスッとした表情の翠玉が続いて、艾葉も後に続こうとする。


「艾葉」


 玉髄が不意に声をかけた。その声に驚いたのか、艾葉は玉髄が驚くほどびくりと体を大きく震わせた。

「……ん? 荷物、重いだろう」

 彼女が背負っている荷物を指さして、玉髄は怯えているような彼女を不思議そうに首を傾げて眺めた。

「あ、そうね。アタシの収納の術で預かってあげるわ」

「は、はい。有難うございます……」

 艾葉が背から降ろした荷物を、二号一が受け取ると収納の術で何もない空間にしまい込む。玉髄はそれを確認すると、足早に琥珀達の後を追う。

「さ、アタシたちも行きましょ」

「……あ、有難うございます」

 ぺこりと頭を下げて、艾葉は二号一から少し離れて歩き出す。「人見知りなのかしら?」と思いつつ二号一も、艾葉と距離を保ちつつ王都の飯屋に足を向けた。

「玉髄―! 早く来いよ!」

 琥珀が飯屋の前で、後から来る玉髄に手を振る。藍玉を失った彼がどうなるか心配したが、どうやら大丈夫の様だ。ちゃんと彼の死を受け入れて歩き出している。


 中の子は小さく微笑み、やはり人間とは面白い生き物だと興味が薄れる事はなかった。

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