第18話 花の男神の溺愛
門をくぐると眩しい光で、暫く
そこには、立派な木々が並んだ広い花であふれる道だった。蝶が空を舞い、鳥たちが空を舞う美しい花々が見事に咲き誇る、見知らぬ土地だった。よく見れば、羽の生えた小さな人間のような生き物も飛んでいる。精霊や妖精という生き物なのだろうか、と琥珀はきょろきょろと辺りを
空を見上げれば、明るいのに何故かの
風王都の一室に現れた、先がない筈のあの扉。その向こうに、こんな美しい世界が広がっているなんて、琥珀達は思いもしなかった。それが、聖獣や精霊たちが住むという
物語でしか知らなかった場所に、自分たちは足を踏み入れていた。琥珀も
そんな彼らを気にせず、
少し歩くと、花が溢れる野原に東屋のような建物が見えた。
「あそこにいらっしゃるわ、絶対に失礼のないようにね!」
笑顔の二号一がそう言うのが、三人には怖かった。再び彼らは無言で、力いっぱい頷く。
「おや、まだ姿を見せていないな」
東屋に辿り着くと、そこには誰もいなかった。
「良かったわ、遅れなくて」
二号一は安堵したようだ。辺りを見渡す。
と、桜の花吹雪が不意に現れて琥珀達の視線を
琥珀達の視線の先、その花の人型から現れた腕が中の子に伸びて、中の子を高く抱き上げた。
「我のお花ちゃん! 会いたかったぞ!」
桜の花びらが全て消えると、そこには
その二号一は、花の男神に向かい恭しく頭を下げている。花の聖獣たちは、喜んで辺りを飛び回っていた。
「花の父上、元気そうで何よりです」
中の子は、大輪の花のような笑顔を浮かべた。それは安心して無防備になった、まるで本当の肉親に向けるような表情だった。
「我はいつも元気だ。そなたが姿を見せてくれぬから、我が神殿も華やかさに欠けて寂しかったぞ。この美しい顔を見るのは、何百年ぶりだ?」
片手で中の子を抱いたまま、その美しい頬を花の神は撫でた。花の神は、中の子を溺愛しているようだ。始終笑みを絶やさず、愛し気に中の子を
「ご無沙汰している中、折り入ってお願いがあり会いに参りました」
中の子の言葉に、花の王はようやく平伏している琥珀達をちらと眺めた。
「ふむ。相変わらず、人の子の助けをしているようだな。大地といい、そなたも変わった奴だ」
かつての神々の戦いで、人間を守る光の神に付いた花の神だ。彼も人間は嫌いではないが、自ら進んで世話をする気にはならなかった。だが、溺愛する「華」の為なら、力にはなるつもりの様だ。
「我が神、こちらへ」
二号一が東屋に備え付けられている豪華な飾りのついた椅子を薦めた。花の神は頷き、自分の正面の椅子に中の子を座らせると自分も席に着いた。
「人の子達、頭を上げるといい」
わざわざ中の子が連れてきた人間だ。花の神はそれなりの配慮をしてやる。琥珀達は
「二号一、中の子の世話に感謝している。これからも、我の華を頼む」
「有難きお言葉、私こそ中の子様には日々勉強させて頂いています」
……この猫かぶり。
琥珀達は口調が変わった二号一を呆れたように眺めるが、彼は知らぬ顔だ。
「この者達は、風の国の人間です。たまたまあたし達は風の国にいて、彼らと会ったのです」
中の子が口を開く。それを、花の神は黙って頷く。
「風の国の一部で異変が起きています。『何か得体のしれぬモノ』が人の子に魔獣の卵を与えて村で秘かに育てさせ、育った魔獣を使いその村を襲わせているようなのです。そして、与えたモノは与えられた者に『
誓約の印……?
聞いたことがない。琥珀は玉髄と翠玉に視線を送るが、二人は首を小さく振った。
「印は見たのか?」
「いえ、残念ながら。しかし、卵を託そうとしたものは『輝く聖なる』モノに託された、と言葉を残し
軽く首を横に振った中の子は、
嫌な予感しかしない。
と、中の子は表情を陰らせた。
「それで、『アレ』と会いたいのか」
中の子の表情に気が付いた花の神は、僅かに声を落とした。花の神ですら、手を焼く存在なのだ。
闇の子は親である闇の男神よりも人を憎み、他の神すら馬鹿にしている。叱らず放っているのは、『神々の戦いは、二度は起こさぬ』と誓い合ったからだ。
「使われた魔獣の卵が多いので、何か知っているかもしれません」
無駄に時間を使うより、可能性を消していく方が賢明だ。人の時間は、神々が思うよりずっと短い。迅速と思う時間を使ってやらねばならない存在だと、中の子は経験上知っていた――それだけ、深く人間に関わってきた。
「――久しぶりね」
不意に、どんよりと辺りの空気が揺らいだ。花の聖獣たちがその気配を察知すると、花の神と中の子を守る様に並ぶ。高らかに鳴いていた鳥たちも声を潜め、精霊も妖精も木陰に身を隠す。
花の男神と中の子の横の空間が
そうしてその薔薇が集まり、花の男神が現れた時の様に、人の形を
「ご無沙汰しています、姉神」
中の子は、その姉神に恭しく頭を下げた。
琥珀は、唖然とその様子を眺めていた。自分を加護している神が、目の前にいる。信じられない光景だった。
まるで、
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