第16話 王女の決意と、師匠の想い
「お前たち、茶が冷めてしまっているぞ?」
王宮に入ってから小さくなっている
「干菓子も、
不意に駆けられた言葉に、身体を楽にしようとした琥珀達は再び身を引き締めた。
「頂きます!」
王女に勧められた干菓子に手を伸ばしたのは、部屋に入って見つけてからずっと食べたいと我慢していた
「んん! 美味しいです、王女様」
ポリン、と小気味よい音を立て、翠玉は干菓子を噛み割った。それが口の中に広がった甘さに、笑顔で翠玉は王女に話しかけた。それを聞いた王女も、嬉しそうな笑みを浮かべる。琥珀は翠玉の大胆な行動に、内心冷や冷やしていた。
「貴女も、魔獣と戦ったの? 一番被害が大きい村だと聞いたけれど……」
王女と翠玉達は、そう歳が変わらないようだ。
「はい、僕は残念ながら戦士訓練を受けていないので自己流ですが……」
「まあ、それで? 怪我は? 怖くなかったの?」
口元を抑えて、王女は翠玉に尋ねる。民と親し気に話す王女の様子に、傍に控える
「少し怪我はしましたが、怖くはありませんでした。僕も、戦士になりたかったので!」
翠玉は、どこか誇らしげにそう語った。王女の顔に、そんな翠玉への羨望の感情が浮かぶ。
「羨ましいわ……私は、ただ着飾ってお茶を飲んで退屈な日常を過ごすだけ。そうして、嫁ぐだけの人生。やりたい事が出来る、貴女が羨ましい。私は、馬に乗って自由に草原を駆けてみたいの――昔読んだ絵巻物に、そんな風景が描かれていたから」
それが、王女の存在感の薄い理由だったのかもしれない。王女は諦めていて、人生に楽しみを見いだせていないのだ。風の国の王室は、男系を優遇しているようだ。しかし、もし次の後継者が月長王女の場合、王家はどうするつもりなのだろうか。
翠玉に心の内を話す王女の横に控えている使い手は、何とか彼女の言葉を遮ろうと躍起になっている。王女の不満を民に見せるなど、本来許されないのだろう。
「王女様も、弓師ですか?」
王女の綺麗な白い右手の人差し指に刻まれた紋章を確認して、翠玉は尋ねた。問われた王女はゆっくり頷く。
「じゃあ、僕と同じですね。王女様も、弓を手にしては如何ですか? きっと、毎日楽しくなりますよ?ほら、絵巻物にある大地の国の
琥珀と同じく冒険譚が好きな翠玉は、目を輝かせて王女に向かい身を乗り出す。
大地の国
しかし荒れたその時代に守護師として戦い、内戦を収めて初めて大地の国の女王となったお方だ。翠玉はその話が好きで、よく琥珀の母に読んで貰っていた。
「私が!?」
王女はその言葉に驚いたようだったが、次第に瞳が宝石の様に輝き「存在感の薄さ」が際立っていたのが嘘のように、華やかになった。
「それはいい考えだわ! 有難う……ええと、翠玉ね? 私も、戦士訓練を受けてみます」
「月長様!! そんなに軽々しく、戦士になるなど言わないでください!」
とうとう使い手は、声を上げて王女に意見しだす。琥珀は両手で頭を抱えて、
「いいえ、いいえ! 私は訓練を受けます! 貴方達は、外の世界を何も教えてくれない! 私は知りたいのです! この
王女は立ち上がり、大人しかった彼女が初めて声を荒げた。
「私の、訓練生用の服をすぐに用意しなさい。明日からでも訓練に参加します。もう、こんな重い単にはうんざり!」
まるで中身が変わったようだ、と後に玉髄が零していた。それぐらい、王女に活気が満ちていた。
「では、私も色々準備いたしますのでお先に失礼するご無礼を。中の子様、お会い出来て光栄です、翠玉、貴女にもね」
すっきりとした顔の王女は、輝くように美しくなった。恭しく頭を下げた後、胸を張り足早に部屋を出て行った。慌てた使い手数人がその後に続く。
「あはははは!」
花房を抱いた中の子が、はじける様に笑った。
「翠玉、アンタは面白いな。一国の王女に礼を言わせるとは」
翠玉は、きょとんと中の子を見ていた。翠玉は訓練に出ていないから、村の外の世界は知らない。王族と言っても特別自分の生活に関係あるわけでなく、「ああ、偉い人なんだ」としか認識していない。自分も村の外に出て色々なものを見れた喜びを、同じ思いの月長に教えたかっただけなのだ。
「あの、僕何か失礼なことしました…?」
翠玉は不思議そうな表情のまま、全員を見渡した。
「王族だぞ、王女様だぞ! 危ない目に遭ったらどうするんだよ!」
琥珀の意見は尤もだ。でも、翠玉は引かない。
「なら、王子様だって危ないじゃないか! 女とか男とか、そんなの戦士に関係ないよ! 琥珀の考えは、古臭い!
ずっと、その不満を抱いていた翠玉だ。女だから危ない目に遭うな、と自分だけ戦士教育に行けなかった。翠玉も戦士になりたかったのに、誰も許してくれなかった。だから、ずっと翠玉は恨んでいたのだ。
「それはお前の意見だろ、王家には王家の……!」
琥珀はまだ翠玉に怒っていたが、「まあ、まあ」と二号一に止められた。
「王女がそう望んだんだから、いいじゃない。体験してみて、それでも続けるかどうかは彼女次第だわ。戦う女って、魅力的じゃない」
二号一にそう言われると、琥珀は何も言えない。仕方なく茶を喉に流した。
「――中の子様、本当に俺達も花の神様や闇の子様に会えるのですか?」
それまで黙っていた
「うむ。闇の子はちと厄介な性格だから、気を付けてくれ」
中の子に何事かを囁かれた花房の姿が、すっと消える。そうして空いた手で干菓子を口に入れ、中の子は僅かにうんざりとした表情を浮かべた。どうやら、中の子は闇の子が苦手らしい。
「それよ! なんでアンタは勝手に決めるのよ!我が神に人間を会わせるなんて、アタシの教育がなってないって怒られるじゃない!!」
それで思い出した、とばかりに二号一が中の子に向き直る。
「そんなこと言う訳ないだろ、花の父上は」
「嫌味を言うのは、同じ上級使い手に決まってるでしょ!! 姑みたいな意地悪い奴がいるんだから」
二号一は、中の子の頬を両手でつまみ軽く引っ張る。神の子にそんなことが出来る二号一に嫌味が言える人がいる事に、琥珀達は「嘘だろう」と思う。部屋に残っている風の使い手達も、二号一の中の子に対する行動に驚いた表情を浮かべていた。
「あ、そうだわ」
嫌がり暴れる中の子から手を離すと、何かを思い出した二号一は再び部屋に残っている風の使い手に向き直った。
「琥珀と玉髄、翠玉を風呂に入れて貰えないかしら? その間中の子を少し寝かせたいから、部屋を用意して欲しいんだけど」
神に会うのだから、今の埃や血、土まみれの琥珀達では失礼になる。自分が使える神故、二号一はせめて彼らを
「出来れば、着替えの戦士服も」
「用意いたします。では、参りましょう」
風の使い手達が立ち上がると、琥珀達を促す。言われるままに三人は腰を上げると、中の子は手をその背に手を振り振り見送る。
「それと――琥珀と玉髄。今まで育ててくれた使い手に、挨拶しておきなさい。アナタ達は、儀式を受けていないけど今から戦士になるのよ」
同じく見送る二号一の言葉に、琥珀と玉髄は思わず姿勢を正す。――戦士になる。それは、もう「本当に」自分で歩き出さなければならない。魔物退治も、自分の判断でしなければならないという事だ。
「分かりました」
「では、中の子様たちはこちらへ」
別の風の使い手に声をかけられて、琥珀達と中の子は二手に分かれる。
翠玉は真っ直ぐに風呂場に向かうが、琥珀達は先ず師範である中級使い手の許に向かった。
「おお、琥珀!」
訓練場には、訓練生の姿はなく中級使い手達だけが集まっていた。
「玉髄も一緒か」
見た事はあるが話したことのない中級使い手が、琥珀の隣の玉髄に声をかける。多分、守護師の師範なのだろう。
「
重々しい声に、琥珀はそちらに向かって頭を下げた。藍玉の師範である、
「助けられず、……俺がもっと強ければ…」
言葉に詰まり唇を噛み締める琥珀を、二号一は黙って見つめた。
「己の命は、生を受けた時より
二号一は、それだけ言うと室内に向かい姿を消した。彼にとっても、藍玉は自慢の教え子だった。それに、ここで他の何人かの生徒が、何かの術により命を奪われている。きっと、使い手達は歯がゆく思っているはずだ。
「お前たちが中の子様を手伝うため、旅立つとは聞いている。訓練終了の儀式をしてやれないが、俺達はお前たちがこの国の為に頑張ってくれると信じている」
三号七の言葉に、琥珀は顔を上げた。そうして、隣の玉髄と顔を見合わせる。
「はい! 今日までご指導有難うございました!」
「中の子様と共に、必ず原因を解決してきます! 教えていただいた事は、決して無駄には致しません!」
琥珀も玉髄も、訓練所にいる使い手達に深々と頭を下げて感謝を述べた。
村を出て風王都を出て、更には他の神々に会うことになるとは。琥珀は、脳裏に浮かぶ藍玉の姿に、改めて誓う。
必ず、敵を討つと。
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