第15話 王の嫉妬

「ここまで手の込んだ事を仕掛けてくるくらいなら、他に何か企んでいるかもしれない。一応、王都付近の探知を改めて行った方がいい」

 茶の置かれた卓に肘をつき、その掌に中の子なかのこは顎を乗せて唇を尖らせて、ため息混じりに言う。

「下級使い手つかいては、王都周りの探索に。上級使い手は術で異変を探してみて下さらない?特に、死んだ訓練生の中で卵がかえらなかった村が無いか。もしあれば、中級使い手がその卵の回収に向かって欲しいわね」

 中の子の言葉受け、二号一にごういちは改めて風の使い手に提案する。言葉を向けられた使い手は、王の判断を待つ為暫く黙り込んだ。

「そうだな、花の使い手の言葉の通りに」

 王からの指示もあり、再び風の使い手の一人が部屋を出て行った。こうして冷静に中の子の子言葉から素早く状況を整理できる二号一は、普段の彼と違い確かに上級使い手として国のまつりごとに関われる能力があると素直に尊敬できる姿に見えた。

「今回被害があった村の位置の把握と、襲われた村の被害状況、卵を託されたとする死亡した訓練生の情報を確認しよう。中の子様には少しお待ち頂き、それらの結果を直ぐに報告する形でよろしいでしょうか」

 王はしばらく考えてから中の子に向き直り、彼女の判断をあおぐ。

「そうだな、任せる。その間にあたしも、少し行きたい場所がある」

「何処かに、と聞いてもよろしいでしょうか?」

 今回の出来事に関するなら、王も中の子が何をするのか気になるのだろう。

「魔獣の卵を自由に出来る神に、会って話したくてな。あたしの姉神である、闇の子に会おうと思う。まあ、あたしから会いたいといっても出てこないだろうから、先ずは花の男神に取り次いで貰う」

「なんと……!では、聖光陽せいこうように向かわれるのですか?」

「いや、この者達も連れて行くつもりなので、闇と花を常月丘とこげつきゅうに呼び出すつもりだ」

 王の言葉に、中の子は琥珀こはく達を指さした。神々の住む聖光陽には、人間は連れていけない。それなので神に会う為には、精霊が住む常月丘まで降りて来て貰うしかないのだ。順位から言って、中の子は神々の中では最下位だ。なのに、花の王すら簡単に呼び出すことが出来るのか、と王は思わず中の子を見つめて息を飲んだ。神に会うのに立ち会えると言われた琥珀達も、突然の事に目を丸くして中の子に視線を向ける。

「……この者達は、何か特別な……?」

 天河てんが王には理解出来なかった。王であっても、神に会う機会など人生においてほぼないと言える。ただの訓練生だと聞いたこの少年達には、神に会うほどの何か特別なものがあるのか、と。

「いや、そう言う訳ではない。この件を片付ける為に連れて行くのだし、知る権利はあるだろう」

 王が羨んでいることなど知らない中の子は、王の意図が分からずに首を傾げた。隣の二号一が頭を抱えている。小言を言いたいのを我慢しているのだろう。

「国の兵を出すつもりでいたのですが、まさか中の子様は訓練生でこの事態を解決するおつもりなのですか?」

 この流れで、国の一大事にまさかただの訓練生数人で謎のモノに挑むとは、王には考えられなかった。王宮付き近衛兵を集め戦いに挑んだ方が、訓練生より遥かに安全にこの事態を打破できるはずだと。

「まだ何とも言えないが、暫くはこの者達だけで動くつもりだ。目立つと警戒されるだろう。相手が大軍であるなら、その時に兵を出して貰ってもよいか?」

 神の言う事に、王であっても人間が逆らう事など出来ない。王はまだ食い下がろうとしたが、冷静さを取り戻すように再び茶を飲んで言葉を胸の内に収めた――ただの斥候せっこうなら、確かに訓練生だけでも問題はない。

「中の子様のお言葉に従います。ただ、状況が分かりましたら、私どもにも情報を頂きたいのですが」

「それは勿論だ、この国の事態だからな――花房はなぶさ、おいで」

 中の子が肘をつくのを止めて両手を広げると、何もない空間から子狐が現れた。花房と呼ばれた子狐は、嬉しそうに中の子の頬を舐める。

「それは、花の聖獣の……子供ですか……?」

 花の国の聖獣は、九尾の狐だ。しかし中の子の腕の中にいる子狐は、まだ尻尾は一つしかない。体も小柄で、確かにまだ幼獣の様だ。

「ああ、そうだ。百年も生きていない。花の神といつでも連絡取れるように、私に付いている。この花房を、連絡係に使う。誰か、連絡係になれるものは?」

 王が使い手の一人に視線を向けると、その上級使い手が前に出て膝をついた。

四号九よんごうきゅうです。私が、務めさせて頂きます」

 中の子は頷くと、腕に抱いていた花房を床に降ろそうとする。

「花房、頼む」

 中の子の腕から降りた子狐は、その使い手の許に走って向かう。そうしてその手の甲を舐めた。すると、その使い手の手の甲にぼんやりと花の紋章である桜が浮かび、すぐに消えた。

「これで、何時でもあたしと連絡が取れる。よいか?」

 再び中の子の許に戻り、花房は彼女の肩に乗って頬にすり寄る。王は不思議なものを見るように、花房の動きをじっと見ていた。

「感謝いたします。中の子様たちは、直ぐに向かわれるのでしょうか?」

「申し訳ありません。花の神に伺いを立ててから向かう事になりますので、二刻にこくほど王宮に滞在させて頂きたくお願いします」

 その問いには、二号一が代わりに王に答えて頭を下げた。王は小さく頷いた。

「分かりました、こちらにはいつまでも滞在して下さって構いません。中の子様が快適に滞在できるよう努めますので、何時でも自由にお使いください。城の者には、今から連絡しておきます――では、私は使い手達と情報をまとめてきます。お先に失礼する無礼をお許しください」

 腰を上げた王は中の子にうやうやしく頭を下げると、使い手を数人を連れて扉に向かった。

 琥珀も玉髄ぎょくずいも、遅れて翠玉すいぎょくも慌てて頭を下げて王が出て行くのを見送った。王はチラリと琥珀達に視線を向け、ため息を滲ませた吐息を零して使い手達に指示をしながら部屋を後にした。

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