第14話 裏で蠢くモノ

「ようこそ、風王都へ。国王の天河てんがと申します。これは、娘の月長げっちょうです。中の子なかのこ様のような尊い方が我が国を尋ねて下さり、光栄で非常に有り難く、心より歓迎いたします。この度は、我が国の民も同席するとの事を聞きましたが」

 そろそろ男盛りも過ぎて老いが目立ち始めた年頃だろうが、王の声は年の割に大きくはっきりと、重々しく琥珀こはく達には聞こえた。王や王女の年ははっきり分からないが、「威厳」と言うものを始めて見たような気がする。神の試練を耐えた一族の誇りが、彼らの「自信」として魂魄に宿っているのだろう。

 初めて会う王族に、琥珀も玉髄ぎょくずいも緊張で体が強張る。中の子との出逢いとは違う緊張感を胸に、二人はぎこちなく深く頭を下げた。翠玉すいぎょくは、不思議そうに王と王女を眺めていたが、琥珀達に倣って頭を下げた。

「失礼いたします。アタシが代わって紹介を。こちらは、中の子、アタシは中の子の世話をしている花の上級使い手つかいて二号一にごういち、そして今回一番被害の多い瞬湊しゅんそう村で魔獣退治をした、訓練生の琥珀と玉髄、そして翠玉です」

 的確に二号一は、こちらの紹介をした。天河王と月長王女が、ゆっくりと顔ぶれを確認して頷く。氷の加護の王と風の加護の王女の視線を受け、中の子は頷いて王に向かい頷いた。

「では、説明を始めよう」

「こちらに」

 風の使い手に案内された所に向かうと、人数分の椅子が用意されていた。上座はもちろん中の子。次いで控える様に二号一。そして王と王女が座り、下座に琥珀と玉髄と翠玉が座った。椅子の横には小さな卓が置かれていて、お茶と干菓子が用意されている。甘いものが好きな翠玉は、乗せられている干菓子に顔を輝かせた。が、誰も手を出そうとしないので、仕方なく我慢した。


「昼前に、我が国でよくない事が起こっていると、使い手達から耳にしましたが……」

 席に着くと、王が早速口を開いた。情報がまだ整理できていないようで、詳細はまだ王に報告されていないようだった。自国の危機に王が心配をするのは、当然の事だろう。

 彼を安心させるために、二号一が説明を始める為に口を開く。

「調査をしなければ確実とは言えません。ですが、気になる情報を我々は手に入れています。しかしその前に、今城にいる訓練生たち全員に、「訓練を受けに来た時に村で何か変わったことがなかったか?」と確認して欲しいのです」

「訓練生に? 訓練生と魔獣が何か繋がりあるのか?」

 熱いお茶碗を手に、国王は二号一の言葉に怪訝そうな表情を浮かべた。そうして、お茶を一口喉に流した。

「天河王は、魔獣が一斉に沢山村で産まれて暴れているという事までは、お聞きになっているのかしら?」

「そこまでは、報告を受けました。魔獣が産まれた村出身の訓練生が自分の村に戻り、国の討伐隊が用意できるまで耐える様に指示した、と」

 「なるほど」、と二号一は頷いた。

「ある村の出身の訓練生の一人は、『聖なるものに卵を託された』と言っていました。多分、魔獣の卵とは知らずに受け取ったのでしょう。孵化ふかしやすいように『聖なる何者か』に指示されて、木などに穴を掘り埋めたと思われます。魔獣の卵は木から栄養を得ながら育ち、そして孵化したと考えられます」

 二号一は、まだ推論の域が出ない話を、何故かきっぱりと言った。その答えに、中の子以外の室内にいる者に動揺が走った。

「魔獣の卵を…!? そんな、まさか……」

「魔獣の卵の形状を知らないものは、多い筈です。王もご存じないのでは?」

 二号一の言葉に、国王は眉を顰めて深く頷いた。

「握り拳くらいの大きさで、黒く光っている石のようなものが魔獣の卵です。今すぐ、訓練生に聞いて貰えますか? この話が間違っていないか、確かめたいのです」

「だが、『聖なるものに卵を託された』と述べた訓練生に確認する方が、一番早く正確なのではないか?」

 王の言う事は、事情を知らなければ至極真っ当な言葉だった。だが、その言葉を残した藍玉あいぎょくはもうこの世にはいない。

「残念ながら、その者は討ち死に致しました。他の村の出身の者に、確認したいのです」

 国王はその言葉に頷くと、横に控えていた使い手に指示する。王の脇にいた三人の使い手の内、一人が一同に頭を下げると足早に部屋を出て行った。

「しかし、聖なるものとは……?」


 それが、そもそもの元凶だ。中の子が眉を顰めて軽く首を振る。


「抽象的過ぎて分からん。神に近いものに装う、魔物かもしれない。けがれの神の関係かもしれない……」

「穢れの神?」

 中の子の言葉に、思わず月長が口をはさんだ。しかし一同の視線を受けると、はっとなり頭を下げる。

「申し訳ありません、耳にしたことがなかったので」

「高貴な方々の前、失礼いたします。俺達も聞いたことがありません」

 玉髄が代表する様に、同じく発言した。

「戦士になってないアナタ達は、確かに知らないわね。だけど、王女に教育してない事は、少し問題じゃないかしら?」

 二号一がそう言うと、王女の脇にいた使い手が深々と頭を下げた。

「王女には、知らせる必要ないかと…」

「王族に何かあって、王女が指揮をする時に問題よ? 国を導く可能性がある方には、全てを知る権利があるわ――第一王子だけが、王位を継承する訳ではないでしょう? 月長王女が王位継承した時、その時から「中ノ地なかのち」の教育を始める訳なのかしら?」

 言い訳じみた風の使い手の言葉に、二号一はそれを許さないと切り捨てた。風の使い手は何も返せずに、ただ深く頭を下げた。

「この世界の誕生の話には、続きがあるのよ。――創造神には、影なる存在がいた。冥府の神と、穢れの神だ。冥府の神は、幽遠堂ゆうえんどうと呼ばれる国を創った。そうして、幽遠堂の闇の中で唯一人ひっそりと過ごしていた。だが人間が生れると、死んだ人間が転生する日を迎えるまでその魂を鍛える国にするよう、創造神に命じられた。そうして、魂の番人と呼ばれる冥府の使い手を生み出して、冥府の国を統治している。また、穢れの神は生まれるとすぐに、毒荊の流地どくいばらのるちと呼ばれる、禍々まがまがしい国を作った。創造神や冥府の神からは見えないように呪詛で国を見せぬようにして、妬みの神と色情の神と傲慢の神を生み出した。時折この禍神まががみ達は中ノ地に現れ、魔王と呼ばれる姿で人間に悪さをして退屈しのぎをしていた」


「魔王!!」


 二号一の言葉に、琥珀は大きな声を上げてしまった。しかし一同の視線を受けて、琥珀は「何でもありません」と頭を下げた。

 藍玉と話していた、『魔王』の存在の意味がようやく分かった。そんな神がいたなんて、今まで知らなかった。村でも、聞いたことがない。藍玉と話していた疑問が、こんな形で解決するとは思いもしなかった。

「穢れの神たちが人間に干渉することは少ないとは思うけど、訓練を終えて旅に出る戦士には教えるようになっているわ。穢れの神たちに、間違っても近づかないように、出会ってしまわないように。大地の男神でも、ここにいる中の子でも、勝てるとは言い切れない存在だから」

 琥珀達が知らないのは仕方ないと、二号一は丁寧に教えた。

「――待て」

 中の子が、小さく呟く。額に手を当てて、何かを考えているようだった。

「もしかして、卵を受け取ったものは術をかけられているかもしれない……誰かに伝えないように……」

 中の子は、藍玉の最期を思い出していた。三分の一の生命力を使ったが、すぐに死ぬほどではなかった。卵の話を口にしてから、突然藍玉は生命を亡くした事を。

 その中の子の言わんとする事を理解したのか、二号一の顔が強張る。そして、王も王女も分からない顔をしているが、風の上級使い手達にもヒヤリとした緊張感が漂った。人間たちに知らぬ、何か特別なものが有るのかもしれない。



「大変です!! 卵の話を知る訓練生全てが、血を吐き死亡しました!!」


 中の子の懸念を肯定する様に、部屋に慌てて報告に来た使い手は叫ぶようにそう伝えた。部屋にいた全てのものが、凍り付いたように動きを止めた。

「まさか……」

 国王が腰を上げた。王女は口元を抑えて、青ざめている。


「どうやら、あたし達が思っているより相手は手強そうだ」

 中の子は、拳を握り締めた。


「風の国は、今非常に危険な状態にあるようだな――早く手を打たねば、大変な事になるかもしれん」


 中の子の言葉に、琥珀はゴクリと喉を鳴らした。

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