風王都

第13話 後悔と、風の国の王族


 着物屋に着いた翠玉すいぎょく二号一にごういちは、お茶を飲んでいた店主の老婦人に挨拶すると、早速並べられた着物を手に取り選び出す。幸い着物屋は少し離れた場所にあったため、魔獣の被害に遭っていなかったようだ。店主は小さな頃から知っている翠玉の無事に安堵して、二人を迎え入れてくれた。

「あらぁ、今はこの模様が流行りなの? 暫く着物屋になんて来なかったから、新鮮で楽しいわ! あら、これ素敵な色ね」

 二号一は、女性ものの着物を手にして楽しそうに見比べている。店主は使い手が店に来たのが初めてなのか、二号一のような人柄の客が初めてなのか、戸惑ったような表情が混じった笑顔を浮かべて、新しい女性用の着物を彼の為に出してくれる。

「――僕って、最低だよね……」

 翠玉は、戦士用の女性袴を手にして項垂うなだれている。それに気が付いた二号一は、振り返り首を傾げた。

「何? どうかしたの?」

「僕と琥珀こはく藍玉あいぎょくは、幼馴染で……ずっと一緒だった。藍玉も僕も……琥珀が大好きで、いつも取り合ってたんだ」

 手にしていた着物を置くと、二号一は腕を組んで話の続きを促した。

「で?」

「琥珀と藍玉が僕を置いて、風王都まで戦士訓練に行って……僕は置き去りにされて、二人を恨んだよ。藍玉が男になって僕は女になったから、琥珀は僕のモノになると思ったんだ……そんな思いがあるから、藍玉が死んでも涙すら出ない……」

 翠玉は、震えるようにか細い声を出す。琥珀達に追いつきたくて、飯屋が休みの時間には道具屋のオヤジに弓を教えて貰い、自分でも頑張って一緒に冒険に行ける様に練習していた。でも、二年経っても琥珀達は帰ってこない。そうして魔獣が村を襲って帰ってきたら、白童子しろわらしの頃より親密になった二人、に嫉妬した。

 中ノ地なかのちは白童子の頃の影響で、成人しても同性を好きになる事が多い。性別で好きになるよりも、その人柄で好きになるのだ。瞬湊村でも、夫婦として暮らしている女性達がいる。それは、人間を作る際に恋多き水の女神が与えた『人を愛する心』の影響とも言われている。だから、琥珀が藍玉を選ぶ事もあると翠玉は焦っていたのだ。

「そうね、最低ね」

 二号一は、はっきりと言い切った。

「そんなつまらない理由でじめじめしている女なんて、何の魅力もないわ」

 翠玉は強張った顔で、二号一を見上げた。

「確かに琥珀と藍玉は、性別を超えた絆があったみたいね。でも、だからこそ正々堂々と戦いを挑むのが正しいことじゃないの? アンタは琥珀を好きなんでしょ? 好きなんだったら、藍玉の様に琥珀の為に戦いなさい。妬みや嫉妬は、女を汚くするのよ」

「でも、……でも、藍玉はもう死んだんだよ? 正々堂々と戦えないじゃないか!」

 琥珀を護るために、藍玉は死んだようなものだった。人は、失ったものを美化しがちだ。琥珀の中で、ますます藍玉は特別な存在になる。それに、どうやって勝てというのか――翠玉は、どうしていいのか分からない。

「これから、あんたが琥珀を護るのよ。琥珀の片腕になれるように、頑張りなさい。確かに、死んだ人には勝てない。でも、アンタが藍玉の様に琥珀を無償の想いで愛せるなら、琥珀はアンタを見てくれるんじゃないかしら? 今のアンタは、ただ玩具を取られて我儘で泣いてる子供みたいで、呆れた琥珀は相手にしないでしょうね」

 確かに、二号一の言葉は正論だった。ただ琥珀を手に入れたいだけの自分の思いに、翠玉は恥ずかしくなった。藍玉は戦い、琥珀だけでなく皆を等しく守っていた。自分だけが、琥珀に認められた、琥珀の為に役に立ちたい、と子供の感情のままだった。

「――恥ずかしい……なんでこんなに僕は情けないんだろ……」

「人間は、間違えて育つと教わったわ。アンタも自分の間違いに気が付いたんなら、成長出来てんのよ。頑張りなさい、アタシたちの戦いに参加するのなら」

 二号一はそう言うと、再び着物を手に取って楽しげに眺めだした。

「あのぉ……藍玉ちゃんは死んじゃったのですか……?」

 着物屋の言葉に、二号一は「そうです」と頷いた。

「まぁ、可哀想に……翠玉ちゃん、悲しいね。あんた達三人が村を駆け回っていたのが、懐かしいよ……」

 着物屋の店主の言葉に、翠玉は白童子の頃を思い出した。蜜柑みかんを取ろうと木の枝に昇って落ちた翠玉の擦りむいた膝に、藍玉は心配そうにヨモギを揉んで塗ってくれた。「痛くない? 大丈夫?」と心配そうに尋ねる藍玉に「大丈夫」と頷くと、藍玉は安心したように花の様に笑ったのを思い出した。

 藍玉は、翠玉の事もいつも考えてくれていた。元気で無鉄砲な翠玉と琥珀を、いつも世話してくれていた。ずっと、自分にも優しかった――あんなに愛しい、尊い幼馴染が死んだのだ。

「藍玉……藍玉……!」

 ようやく、ぼろぼろと翠玉の大きな瞳から涙が溢れた。仲が良くて大切だった、優しい幼馴染。もう、彼に会えない。声を上げて泣く翠玉の背中を、彼女の涙が止まるまで二号一が、ぽんぽんと撫でていた。


 そうして二号一と着物屋は翠玉を気の済むまで泣かせてから、翠玉の為の真新しい戦士服を買い、それに着替えて戻ってきた。




「遅い遅い遅い」

 苺を食べ終えて、更には琥珀の母にお茶まで出して貰った中の子なかのこは、戻ってきた二号一を開口一番にそう迎えた。

「女は準備に時間がかかるのよ」

 気にした風でもなく、二号一はふんと中の子に軽く返す。翠玉のせいで遅くなったのに、彼は何も言い訳しなかった。翠玉は、心の中で彼に感謝した。

「アンタも王に会うんだから、ちゃんとしなさいね」

 収納の術で取り出した紅と椿の花を手にした二号一は、中の子に向き直る。

「ん――!!」

 嫌がる中の子の唇に紅を引き、椿の花を左耳の上に挿す。それだけで中の子は、溜息を零すぐらい綺麗な、人形のような姿になる。

「琥珀も玉髄ぎょくずいも、準備はいい? いいなら、アタシの近くに来て」

 大人しく中の子と並んで座っていた二人は、名を呼ばれると慌てて立ち上がり彼の傍に寄る。

「父さん、母さん。行ってきます――藍玉の敵を討ったら、帰ってきます」

 村の片付けの中、抜け出して見送りにきた両親に琥珀は声をかけた。両親は黙ったまま頷く。両親の隣には、長老と村長もいた。

「僕も――頑張ってきます! 必ず帰ってきます」

 翠玉は、二号一に想いを吐き出してから、迷いはなかった。力不足で足手まといになるかもしれない。でも、精いっぱい皆の力になると、翠玉は心に決めていた。

「皆さん、息子と娘をよろしくお願いします」

 両親は、深々と頭を下げた。長老と村長も同じように頭を下げる。

「世話になった、有難う。では」

 中の子が頷くと、二号一が転移の術を唱えた。花が舞うように辺りの空気が渦巻いて、そうして琥珀達の姿は消えた。




 転移の術で強い風を感じた琥珀は、目を閉じていた。風の転移の術とは違う、強く体を揺さぶられる感覚。瞳を開けると、もう懐かしく感じる風王都の門前だった。

「中の子様!!」

 門前には、風の上級使い手が数人待っていたようだった。転移の術で現れた集団を見つけると、慌てて駆けよってくる。

「意外と早く慣れるもんだな」

 玉髄の言葉に琥珀は頷くが、隣の翠玉は軽く目を回したようだ。琥珀が慌てて、視界が揺れる翠玉を支えてやる。

「出迎えご苦労。花の上級使い手二号一と、琥珀に玉髄に翠玉が王に謁見する。案内を頼む」

 うやうやしく頭を下げる風の使い手達に軽く手を振ると、中の子は門に向かい歩み進む。琥珀達や風の使い手達は、慌てて中の子の後を追いかける。

「庶民もですか? それは聞いておりませんでしたが……」

「この者達も同席しないのであれば、謁見は止めると伝えてくれ。重要な問題が起こっている、火急だ」

 自分を追いかける風の使い手に、中の子はきっぱりと答える。それに慌てた一人の風の使い手が、転移の術で謁見室に飛んだ。早急に王に伝える為だろう。


 中の子が歩く王都の城下の村の中、人も使い手も皆が地に頭を擦り膝をついていた。その後ろを続いて歩く琥珀達は、複雑な気分になる。


「中の子様、こちらです」

 術で飛んださっきの使い手が、息を乱しながら王城への門の前で案内をする。琥珀達が訓練中立ち入り禁止にされていた、中庭を挟んだ向こうの道だ。琥珀も玉髄も、王族の住む所に足を踏み入れる事に、僅かに緊張していた。風王都に初めて来た翠玉だけが、やっと慣れない転移の術から落ち着いたようで、興味深げにきょろきょろしている。

「王妃様は体調不良のため、また第一王子様は領地視察のため、お二人欠席でございます。王と第一王女様が控えておられます。もしご不満でいらっしゃるなら、他の王子や王女にも同席していただきますが……?」

「いや、構わない。王と第一王女に会おう」

 普段ぼんやりしている中の子が、足早に歩いている。「珍しいわね」、と小さく二号一が呟いた。確かに、戦闘していた時の様に、中の子の顔に緊張が見えると琥珀も感じていた。

「中の子様ご到着です」

 豪華な飾りのついた扉を開けると、そこには王らしき豪華な金糸の施された単を肩に掛けた中年を越えた男と、王と似た装飾の単を身に着けたほっそりとした少女が頭を下げて待っていた。

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