第8話 村での再会

 なにかに呼ばれた気がして振り返った。だが、そこには何もない道が続いていた。

「何? どうかした?」

 前を歩いていた人物がそれに気が付いて同じように振り返る。花の使い手つかいてまと一重梅ひとえうめ色の髪と瞳、額には花の紋章である桜の彫り物。その使い手の骨格は筋肉質で男性的だが、何故か女性の柄物の着物を派手に着ていた。

「ねえ、なにか気になる。辺りに異常はないか?」

 月白げっぱく色の髪に黄支子きくちなし色の左目の少女が、眉を寄せてこちらを見る使い手に話しかける。少女の右目は長い髪に隠れ、重そうな金糸の刺繍が施された単をだらりと羽織っている。

「アンタってば、ホント人使いが荒いわよね」

 ボヤいた使い手は、仕方なく瞳を閉じて瞼を両手で抑えた。

「全てを監視する大いなる瞳よ 北から南に走り東と西を凍った光で照らし我に共有させよ―――空間探査」

 瞬時、使い手の脳裏に辺りの風景が浮かび上がる。その光景は辺りを駆け抜け、風景が次々と移り変わる。と、色鮮やかに煙や火が上がり逃げまどう人々の風景が見えると移動速度が止まった。ここから近い村のようだ。煙から、二体の魔獣の姿が見え隠れしている。

「魔獣が村を襲っているわ。此処から東の方角の村よ。見えるのは二体ね」

 使い手がそう伝えると、少女は何も答えずに即走りだした。

「ちょ、待ちなさいよアンタ! なんでいつも勝手に行動するのよ!!」

 そこで術を解いた使い手は、慌てて少女のその後ろ姿を追い掛けた。






 歪んだ視界が、ぐいっと引き留められるように止まった。その体験したことのない感覚に少し気分が悪くなるが、木々の焼ける匂いと大きな悲鳴に自身を落ち着かせる。

「着いた……瞬湊しゅんそう村だ。琥珀こはく玉髄ぎょくずいさんも、転移の術で気分が悪くなっていないでしょうか?」

 辺りを見渡して、藍玉あいぎょくがいち早く状況を飲み込み、同行者を気遣った。首を横に振って「問題ない」と答える二人の様子を見て、藍玉は安堵した表情を浮かべた。

 どうやら、琥珀と藍玉の見慣れた村の門前に飛ばされたようだ。玉髄は珍しげに視線を巡らせていた。三人が辺りの様子を窺うと、傍に宿屋の白童子しろわらしが転んだのか血の付いた膝を抱えて泣いていた。

「転んだのか? もう大丈夫だからな!」

 その白童子の許に駆け寄ると、琥珀は涙を指で拭ってやる。

「慈愛に満ちた光が深淵より朽ちた花に与える自由と愛に 君臨した女王に嘆きの聖杯を捧げ 漆黒の酒が汝を赦し神の雫にその身を委ねろ 水詠唱みずえいしょうあいの癒し風」

 隣に立つ藍玉が回復の呪文を唱えると、白童子の膝から流れる血が止まった。

「琥珀兄ちゃんと、藍玉兄ちゃん!! 村が大変なんだ!!」

 涙を零しながら、その童子は琥珀の胸元に飛び込んだ。琥珀は慌てて抱き留める。そこに、慌てた様子の宿屋の夫婦が姿を見せた。

「琥珀と藍玉、うちの子を助けてくれて有難う! いつ帰ってきたんだい?」

 女将さんは琥珀の腕から白童子を受け取って礼を述べる。

「再会の挨拶と礼は後で。魔獣が現れたと聞きました、どこです?」

 藍玉が、静かだが強い声音で返す。宿屋のオヤジは、促されるように村の西側を指した。

「明け方、西側にある社の銀杏の木が突然爆発したように砕け散ったんだ。すると、火を吐く鳥の魔獣が現れて村人を襲いだした。琥珀のオヤジさんと道具屋のオヤジが応戦しているんだが、今度は北側の竹林から氷を使う虎みたいな魔獣が現れて村が大混乱になったんだ!」

「まさか、二体!?」

 玉髄が息を詰まらせる。『一体だがあとは不明』使い手の言葉の意味がようやく理解できた。魔獣の卵の存在を感知することは出来たが、その時点ではまだ孵化していなかったため、曖昧な報告しか出来なかったということだ。使い手が王都に向かっていた間に、それが孵化したのだろう。

「怪我人も多くて、オヤジさん達では抑えきれない状態なんだ。お前たちが帰ってきてくれて助かったよ!」

 宿屋の女将は白童子を胸に抱き締めて涙を零していた。琥珀は藍玉と玉髄を振り返って頷いた。

「分かりました、急いで俺たちも父さん達に続いて魔獣討伐に向かいます! なるべく多くの村人を避難させてください!!」

 そう言葉を残すと、琥珀は駆け出した。藍玉と玉髄も直ぐにそれに続く。

「元戦士の二人がいて助かりました、少人数で二体相手は初めてですが頑張りましょう」

「琥珀のオヤジさんは元戦士なのか?」

 燃える道を避けながら、安堵のにじんだ声音で玉髄は聞き返した。少しでも戦力が欲しい時に、その情報は頼もしく思えたのだろう。

「ああ、風の加護の守護者だ!道具屋のオヤジも風の加護の弓師だ。二人とも現役の時から強くて有名だったから、絶対に何とかなる!!」

 自分に言い聞かせるように、琥珀は玉髄に答えた。村の中ほどまで辿り着くと、大きな羽をもつ火の鷲のような魔獣とキラキラと氷をく虎のような牙の鋭い魔獣がいて、その前に武器を手にした琥珀の父と道具屋のオヤジがいた。

「父さん!!」

 琥珀が叫ぶと、二人は驚きのあまり声のした方へ即座に振り返った。

「琥珀に藍玉!?」

 二人の一瞬の油断が生じると、その隙を逃さず鳥型の魔獣が二人に炎を吹きかけようと、大きく息を吸い込み身構えた。だがその殺気さっきに気づいた玉髄が、すばやく己の槍を掲げて守護者の術を詠唱する。

「炎を纏いし翼を持つ聖なるものよ 女神が零す吐息と共に静かに空間を拒絶せよ―――火壁!」

 地面から垂直に立ち上る炎が二人のオヤジの前に壁を作りだし、魔獣の吐き出した炎から二人の身をなんとか守った。

「すまん! 助かった、ええと?」

「俺の名は玉髄です、琥珀達と一緒にこの村へ救助に来ました!」

「おお、あんた琥珀の仲間か! 恩に着る!」

 そう言って窮地を救ってくれた玉髄に、二人のオヤジは安心したような笑顔を向けた。その間に、炎を吸った壁がすぅっと消える。二人に合流した琥珀達は、改めて見た彼らの痛ましい姿に言葉を失った。琥珀の父も道具屋のオヤジも、全身に大傷を負い多くの血を纏っていた。

「キイィィィ!」

  再び炎を吐こうとする魔獣に、杖を握る藍玉が水の魔法で先制攻撃をする。

「聖なる雫 流れる水 北より現れし将軍が牙をむく―――破水飛沫はすいしぶき!」

 激しくほとばしる強烈な水の球の襲撃を浴びて、魔獣は仰け反り力尽きて空から地面に落ちていった。すると、その隙を狙い虎の姿を模した魔獣が姿を現して飛び掛かってくる。足跡と気配に気付いた琥珀が、すぐさま太刀の鞘を抜き火花を散らしてその牙を受け止めた。魔獣の吐く息が冷気を纏いキラキラと零れる。

「村人が何人か犠牲になった! 怪我人もたくさんいる。俺と道具屋のオヤジで避難させるから、暫くはお前たちで持ちこたえられるか?」

 琥珀の父が槍を握り直して魔獣と対峙している息子に大きく声をかけた。

「勿論だ!! 持ちこたえてみせるから、父さんたちは早く行ってくれ!!」

 琥珀は答えたが、内心自信はなかった。

 訓練の一年目が終わる冬頃に一度、魔獣を討伐しに行ったことがあった。雪がたくさん降った日だ。困難な状況下で倒せることが目的だったらしい。無事に討伐できて二年目もやり遂げた。だが、それは訓練生の大半と共に向かった討伐だった上、一体の魔獣相手だった。三人で二体は、琥珀も藍玉も――多分玉髄も未知の状況だっただろう。しかし、村人を守らなければならない。

「すまん、頼んだ!!」

 周りで隠れていた怪我人たちのもとへ駆け寄り、彼らを連れて父達は村の外へと向かっていった。

「くそ、重いっ!」

 虎型の魔獣は、ギリギリと琥珀の太刀を牙で押しやる。与えられる負荷に、琥珀の踏ん張った足が僅かながらに後ろへと押しやられる。

「西と東……火と氷……」

 気もそぞろに何事かを小さく呟く藍玉に、鳥型の魔獣が容赦なく爪で襲い掛かる。察知した玉髄が駆け付け、獰猛どうもうな魔獣の爪を盾で防ぎ止めた。その衝撃でようやく藍玉はハッと我に返る。

「すみません、玉髄さん!」

 杖を構えて、藍玉は唇を噛む。

「気にするな! 反撃だ、藍玉!」

 盾の陰から、玉髄はニッと笑った。藍玉はすまなそうに頷く。

水激波すいげきは!」

 水の衝撃波を与える藍玉の前に玉髄は盾を持ち構え、術を唱えている間の無防備な姿を守る。守護者と呪術者は相性の良い組み合わせなのだ。

 術を受けた火の魔獣は、その衝撃波に体をよろめかせる。玉髄はこの火の魔獣と同じ属性ゆえに攻撃しても相殺されて徒労に終わるだけだが、火につ水の藍玉が攻撃することでかなり優位に立てていた。

「大丈夫か!? 琥珀!」

「大丈夫! ……と言いたい所だけど、厳しい!!」

 琥珀の額に汗が滲む。生まれたばかりだろう魔獣は戦いに慣れている訳ではなかったが、とにかく力が強く振り出される大きな爪や噛みつこうとする尖った牙を避けるのが大変だった。

「くそっ!」


 藍玉は、師匠が惚れ込むほどの術の才に恵まれた。精神力も随分と伸びて、連続しての攻撃も訓練中の呪術師の中で一番だった。だが、琥珀は凡人だった。向いていない訳ではないが、藍玉のように何でも一番ではない。だから、沢山の努力をした。それでも、凡人の域から抜け出すことは叶わなかった。藍玉のお荷物になる――それが一番怖かった。


 太刀に噛みついている魔獣に、咥えているその刀身へ全体重かけて押し付ける。裂ける口端から溢れる血に驚いた魔獣が口を離すと、琥珀は柄を握り直した。

「黒ききば!」

 琥珀の太刀が素早い動きで魔獣の首を狙う。しかし魔獣はそれに気が付き、後ろに跳ね飛んで軽やかに避けた。

「……くそ……」

 案ずる藍玉の視線が、時折こちらへと向けられる。それに、琥珀は焦っていた。焦っていて、攻撃がうまく出来ない。

 唇を噛み手にしたつかに目を落とした琥珀に、慌てた様に藍玉が叫んだ。 

「琥珀!!」

 ハッとなり視線を上げると、魔獣が琥珀に向かい飛び掛かってきていた。間に合わない、琥珀の頭が真っ白になった。

「琥珀!!」

 聞こえたのは、懐かしい声。と、同時にほぼ時を置かず、何処からか飛来した矢が魔獣の右目に突き刺さった。

「グアァァァアアア!!」

 呻きながら魔獣が再び後ろに飛んで、琥珀から距離を開ける。

「琥珀! 怪我はない!?」

 再びかけられた声に、琥珀はそちらに瞳を向けた。

 着物の裾を大きく引き裂かれ、頬に小さな切り傷や血を受けた翠玉すいぎょくが、草履も履かずに裸足で柳緑りゅうりょく色の弓を手に駆けてくる姿が見えた。

「翠玉!!」

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