第7話 魔獣襲撃・下


 異変が起きたのは、琥珀こはくが朝練を終えて藍玉あいぎょくと並んでいつもの様に腹ごしらえを済ませ、木刀を手に道場へと向かおうとした時だ。城下町が何やら騒がしい。その騒ぎが、次第に城門まで流れてきたのだ。

「何事だ?」

 道場から三号七さんごうななが頭を掻きながら城下町へ続く門扉へと向かうのに、琥珀達は好奇心から彼の後に続いた。他の訓練生も、つられる様にそれに続く。

「琥珀?」

 その途中、ひょいと藍玉が顔を覗かせた。どうやら、この騒ぎに他の訓練生も気がそがれて、修行が中断になったようだった。門に続く廊下が、王宮兵と使い手つかいてと野次馬の訓練生であふれていた。

 城下町に続く門に出ると、風の国の各地を視察に回っている下級使い手が何人か戻り、「至急王に会わせるように」と内門の兵に怒鳴っていた。

「おいおい、何事だ?」

 三号七がその睨み合いに割って入って、門兵と使い手互いの顔を見比べる。事前の許しなく王族に会えるのは、上級使い手までだ。中級使い手も会えない事はないが、仕事柄王族とそう会う必要もない。そもそも王も暇な訳ではなく、予定を調整して手順を踏まねばやすやすと謁見出来ないのだ。それを知っているので、人間である王宮付き兵士は使い手が相手であっても、簡単に「会わせる」など折れる事は出来なかった。

「火急なんだ!各村に魔族がほぼ同時に現れて村を襲っているんだ!こんな事は、今までなかった!」

 青い顔をした下級使い手が、割って入った三号七に向かい叫んだ。途端に、その場にいた皆に緊張が走る。魔獣が村を襲う事は珍しくないが、「ほぼ同時に現れて違う村を襲う」など、確かに聞いた事が無い。

 シン、とした空気の中使い手の悲鳴に似た声が次々と上がる。


駆風くふう村、魔獣二体!」

白山はくざん村、魔獣一体!」

翼凪よくなぎ村、魔獣二体!」

瞬湊しゅんそう村、一体とあと未確認!」


 その挙げられた村の名を聞いた琥珀と藍玉の息が、一瞬止まる。血の気の失せた顔で、二人は互いの顔を見合わせた。

 父と母と翠玉の顔が浮かんで、それから世話になっていた村人たちの顔が、次々浮かんでは消える。ドクンドクンと、動悸が早くなる。

 三号七が、騒ぎに駆け付けたのだろういつの間にか背後でじっと佇んでいた一号一いちごういちを振り返る。一号一はゆっくり三号七に頷くと、視線を兵士に向けて内門の左手に続く道を開けるように指示する。難色を示しつつも事が事だ、王宮へと繋がる廊下を許された下級使い手四人は、開けられた廊下を走って急いで王への謁見室へと向かった。


「訓練生に告ぐ!」


 それを見送ると、三号七が廊下中に響き渡る様に声を張り上げた。動揺でザワザワとした訓練生達が、そのよく通る大きな声に一斉に静まりかえる。

「各村の出身者は、自分の村に戻り王都の討伐隊が来るまで魔獣から村を護れ! 被害に遭ってない村の者は、出来る限り近隣の村を護るように! 今が、今日までの訓練での経験を活かす時だ!!」

 それを聞いた訓練生の多くが、慌てて自分の武器を取りに自室に戻る。琥珀と藍玉も走って部屋に戻ると、手に馴染んだ武器を持ち三号七の元に急いで戻った。

「俺達二人は、瞬湊村出身です! 助けに向かいます!」

「瞬湊村は、一体の報告だがまだ安心出来ないぞ? 『未確認』との情報があるから、まだ出るかもしれん。近隣の村の者は居ないのか?」

 三号七は、不確かな情報しかない村に二人を送る事に、少し心配そうな表情を見せた。その言葉に、近くにいた隣村の颯飛そうび村の訓練生が四人気不味きまずそうに視線を逸らす。颯飛村と瞬湊村は、ここ数年仲が悪いのだ。それは、藍玉の兄の蒼玉そうぎょくを苦しめた魔獣討伐の時にさかのぼる。颯飛村の裏切りのせいで、戦士経験の少ない瞬湊村の村人が数人で魔獣退治する事になり、多くの死人を出した事件だ。勿論この事件は王都に報告されて、颯飛村の村長と長老は処罰された。それ以降、交流はほぼない。

 そうしてここに来ても会話をした事が無い颯飛村の訓練生が、助けてくれる筈もなかった。

「俺も、瞬湊村に行きます。俺の村には現れていないようなので。ぜひ、手助けさせてください!」

 人をかき分けて前に出てきたのは、昨日初めて話した玉髄ぎょくずいだ。梅重うめがさねの盾と槍を手に、僅かに緊張した面持ちで三号七に話しかける。

「剣士、呪術師、守護師なら何とかなりそうだな。よし、頑張って魔獣から村を守れ! 一号一様が、転移の術で村まで飛ばしてくれる。必ず討伐隊が後から向かうから、それまで持ち堪えてくれ!」

 話が終わると、三号七は僅かに心残りがある様子だったが、違う村の対応に回る。王宮兵で編成された討伐隊の準備する声も上がり、使い手と王宮兵士たちで騒がしくなる。その間に討伐に加わろうとしない訓練生は、目立たぬように静かにこの場から姿を消し始める。意気地なしめ、と琥珀はぎゅっと拳を握り締めながらその姿を見送った。そしてその姿から視線を逸らすと、自分より背の高い玉髄を見上げた。

「いいのか? ひょっとしたら――」

 魔獣がもう一体出るかもしれない、という言葉を琥珀は飲み込んだ。藍玉も、琥珀の隣で少し不安そうな顔をしていた。だが、玉髄は二人に向かいにこりと笑んだ。

「俺は、お前たちの先輩だ。きっと役に立つ。一緒に頑張ろう!」

 琥珀と藍玉は、その言葉に勇気づけられた様に力強く頷いた。同じ訓練生として、何があるか分からぬ場にも一緒に向かってくれる彼に、助けられた思いだった

「有難う、玉髄! 頼む、村を――俺達の大切な村を一緒に助けてくれ!」

「お願いします、玉髄さん!」

 三人は決意を確認する様に軽く頷き合うと、転移の術で先に翼凪村へ八人の訓練生を送り込んだ一号一の前に、急いで向かった。

 彼は三人を前にしても、いつものようにどこか遠くを見ていた。

「藍玉、行くか?」

 師範の言葉に、藍玉は頷いた。

「私が生まれ育った村です。私が助けなければ、ここまで育ててくれた村に恩返しが出来ません」

 水の女神の像が彫られた瑠璃紺るりこん色の杖を握り締めて、藍玉は力強く師匠に答えた。一号一は静かに藍玉を見つめていたが、静かに瞑目めいもくした。

「……これも天命。頑張るが良い。藍玉の大切なものを守りなさい」


 三人に向かい、一号一が右手を掲げた。


「時の風に碧の息吹を――風飛翔かぜひしょう

 途端体が引っ張られるような衝撃を受けた琥珀達の体は、その瞬間消えた。三人の姿を映したような風の残像が、ゆっくりと薄れてゆく。



「……儚いものよ。御神おんかみ――人の子に、もう少し愛を与えて下され」

 一号一の言葉は、静かに喧騒の中に消えた。

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