第3話 成人の儀式・下
「いい加減、諦めな?」
森の社から村への帰り、
「太刀が適性だったんだし、良かったじゃない」
翠玉の言う様に琥珀の爪には、剣士の紋章が現れた。剣士だったので、それは嬉しかった。剣士は色んな武器があるのでさらに調べてみると、琥珀は太刀に向いているらしい。だが伝承であまり良く書かれていない闇の加護は、子供心的に微妙だった。
「確かに剣士は、樹木と大地が有利だ。しかし加護の力が強いと言われる闇と光は、悪くないかもしれない。私の兄も、琥珀のように闇の加護だっただろう?」
琥珀が見上げる藍玉は、水晶に触るまでの彼と同じ様で変わった気がする。声音は少し低くなり、柔らかだった顔立ちは頬が少しすっきりした様に見える。しかし三人の中で一番背の高い彼は、変わらずまとめ役だった。
藍玉の兄は
即戦力になりそうな年頃は冒険や
力不足を痛感した蒼玉は、村の大人達に褒められても不甲斐なさに居たたまれなくなり、術を高めるために旅に出た。闇と光の呪術師は回復に特化している為だと分かっていた。単に、運が良かったのだと。
夜遅く血だらけで帰ってきた討伐隊を村人達は労い、討ち死にした村人は手厚く葬られた。琥珀達は、普段慣れ親しんでいた蒼玉の変わり果てた面影に怯えて暫くは近寄る事も出来なかった。悲痛な蒼玉の姿に、琥珀は強くなりたいと強く願ったのを覚えている。蒼玉は、命懸けだったと知っている。なのに、何故魔獣に勝ったのに蒼玉が辛い思いをしなければならなかったのか。ならば自分が戦う時は、絶対に生き延びて相手を倒してやる。自慢してやる、と。そして、魔獣を倒した自分に自信を持つと。
「蒼玉から連絡はあるのか?」
後ろから村長が、長老と並びあるきながら藍玉に声をかけてくる。
「いえ、
夜岳とは、北の方にある寒い闇の神の守護する国。
「そうか。あの子は不憫な経験をしたからな。元気でいると良いが」
話している間に、村が見えてきた。まだ小さい白い姿のままの村の子供たちがピョンピョンと跳ねて手を振っている。それを見た翠玉が、笑顔で手を振り返して駆け出す。未成人の頃に比べると女性らしく、丸みを帯びた翠玉の姿に、成人になるという儀式に琥珀はある意味怖さも感じた。自分が男になり成人した事で、僅かに世界が変わった気もする。
――村で何か有れば、これからは俺が守らないと……!
右手に刻まれた剣士の紋章に視線を向けて、翠玉の親が殺されたことや蒼玉が受けた心の傷を思い、その右手をぎゅっと握り締めた。
親に報告する為、琥珀と翠玉は藍玉と別れて家に戻った。
「翠玉、女の子に選ばれたんだねぇ。きっと可愛らしい子に育つわ」
「お母さん達が大事に育ててくれたからだよ」
二人を迎えた母親は、顔を綻ばせて彼女を抱き締めた。照れ臭そうに翠玉も抱き返す。
「琥珀はまだ三人の中で一番小さいのに、闇の剣士だって?母さん村長に笑われたわよ」
母親は花の加護で、
「お前達は、これからどうする?」
仕込みを終えた父が、調理場から濡れた手を拭きながら二人に尋ねた。
父も、風の加護を受けている。
「翠玉は、村でこのまま私達と過ごしましょう。戦士なんて危ない事は辞めた方がいいわ」
翠玉を抱き締めたまま、母親は柔らかだがキッパリと呟いた。翠玉の両親を思うと、魔獣や魔物に触れる事はさせたくないという親心だ。
「僕は……」
翠玉は、言いにくそうに呟くもそのまま言い
「俺は、戦士になる!村を守る力が必要じゃないか!」
「それなら王都に行って、
手を拭き濡れた
「太刀なら、武器屋に頼みに行って来い。ああ、それにお前達は成人したから服も買ってこい。何時までも
成人前は、着物に簡単な帯を巻いただけの格好が普通だ。成人した者は、肌着を身に着けてきちんとした帯を巻く。
「太刀の柄には、闇の聖獣の蛇を入れて貰えよ?」
闇の聖獣は、九つの頭を持つ蛇だった。蛇が嫌いな琥珀は引きつった面持ちで嫌そうに顔を背けながらも、母に連れられて翠玉と着物屋に向かった。
戦士になる為与えられた技能職の能力を習得するには、神の使い手に教わらなくてはいけない。使い手には階級があり、上級使い手は王の補佐と政治に関わる。中級使い手は国を守る戦士の育成。下級使い手は自国を定期的に旅して周り、異変などの調査や村の様子を監視している。本来なら自分の加護の中級使い手から教育を得る方が一番早く、またより強く深い力を授かる。だが国の移動は長期間の距離もある場合が多く、更には現在火の女神の国の
藍玉の家に向かった琥珀は、彼が子供の頃からよく遊んでいる風の神の社に行っていると母親に聞かされた。そのまま、軽やかに駆けていく。
「藍玉ー! 藍玉ー!」
鳥居を抜けると、銀杏の木の影からひょろりと藍玉が顔を覗かせた。
「琥珀」
「何してたんだ?俺の太刀と藍玉の杖が出来たって、武器屋のオッサンから聞いたって父さんに言われたからさ。取りに行かねぇ?」
僅かに上がった息のまま、琥珀は早口に藍玉を見上げる。藍玉は小刀を鞘に仕舞い懐に入れると頷いた。
「大した用事じゃないよ。なら、行こうか。あと三日で風王都に向うなんて早い気がするね。ああ、そう言えば翠玉は諦めたのかい?」
藍玉が歩き出すと、琥珀もそれに続く。背の高い藍玉は、琥珀の歩幅に合わせる。そんな気遣いが子供の頃から染み付いていた。
琥珀と藍玉は戦士になる為に風の女神の国の首都に向かい、中級使い手に力を授けて貰う事になった。翠玉も付いて行くとゴネたが、母が許さなかった。翠玉の実の母と幼馴染だった母は、翠玉に平凡でも幸せな暮らしで育って欲しかったのだ。藍玉の母も「戦士になる」と藍玉から聞かされるとあまり良い顔をしなかったが、どこか諦めたように許してくれた。一年か二年修行をすれば、基礎は身に付く。だから、二年以内に一度は必ず二人ともこの
「店が休みの時間、母さんと父さんとの三人で料理の特訓だよ。アイツ料理下手なのに、可哀想だよな」
琥珀は、包丁で指を切ったと毎日泣いている翠玉を思い出して、クスクスと笑った。
「三人で育ったのに、成人すると色々と変わっていくな」
ふと、藍玉は呟いた。彼は兄が家から去り、一番家族の変化というものを実感していたのかもしれない。確かに性別が与えられた時に、琥珀も違和感を抱いた。だが、琥珀はまだぼんやりとしか、自分の未来を感じていないのかもしれない。
――もっと大きく変わるのだろうか? 自分達はいつも同じで、これからもこの腐れ縁は変わらない筈だと何故かそう思い込んでいた。
そう思い藍玉を見上げると、その端正な顔はどこか琥珀の知らない顔に見えた。
複雑な思いの琥珀と藍玉らは村の中心にある市に着くと、真っ直ぐに武器屋に向かう。引き戸を開けると、武器屋の店主はうとうとと身体を揺らし睡魔と戦っていたようだった。武器屋のオヤジは数年前に魔獣に殺されてしまい、最近息子が跡を継いだのだ。
「オッサン! 取りに来たよ!!」
「!? !?」
耳の側で琥珀が怒鳴ると、店主は瞳を丸くして飛び起きた。
「琥珀!心臓に悪いだろ!」
大げさに胸元に手を起き深呼吸する店主に悪いと笑いながら、琥珀は手を差し出す。
「俺と藍玉の武器、出来たんだろ?」
「はいはい、出来てるよ。闇の
修理やら新しく作った太刀の山から、無造作に太刀をひと振り取り出す。それを脇に置き、同じ様な杖の山から水の女神を模した杖を並べて置いた。
「ほら、これがお前らの武器だ」
琥珀に太刀を、藍玉に杖を渡す。
「え!? 何で闇の聖獣の紋章が入ってるんだよ!」
受け取って早速鞘から抜いた刀身には、あんなに嫌がった九つの首を持つ蛇が刻まれていた。その太刀がキラキラと輝き、漆黒が鮮やかに光る。問題なく琥珀を持ち主と認めたのだ。
「お前の親父に、絶対入れろって
怒る琥珀をあしらい、店主は藍玉に視線を向ける。
「問題ないようだな。風王都で、しっかり修行してきな。立派な剣士と呪術師になると良い」
道具屋の店主は、笑顔で二人を見返す。二人は力強く頷いた。
「はい!」
「精一杯頑張ります」
武器屋を出ると、次は道具屋に向かう。旅に向かう為の薬草や乾燥食料などを手に入れるからだ。回復薬やら解毒薬や精神力回復薬。藍玉が術を覚えれば、これらはぐんと減る。続いて着物屋に向かい、普段着る服と違う細身の袴と袖の戦士服と呼ばれる戦闘用服を買った。それから着替えやら下着など色々と買い込み、気が付けば日が傾き始めていた。
「足らないものがあれば、途中の村や王都で買い足せばいいか」
重い荷物に、半ばげんなりと琥珀は藍玉に提案した。藍玉も同じ思いだったらしく、力なく頷く。支払いは全て親が払うのだが、村人達は随分安くしてくれた。やはり村を守る戦士がいないのが不安な為、どの国も村も育成に協力的だ。今村を守る主戦力は、琥珀の父と道具屋の親父ぐらいしかいない。村を離れたり殺されてしまった若手が多く、護り手が不足していた。
「じゃあ、三日後に村の門の前に集合だな。私達の村は風王都に近くて良かった。琥珀は寝坊するだろうから、遅刻して怒られるのは避けたい」
「それは、白童子の頃だろ! もう成人したんだから、寝坊なんてするもんか!」
両手に沢山の荷物を持った二人は、それぞれの家へと別れる道で立ち止まり村を立つ約束を確認し合った。
「はは、じゃあな。翠玉によろしく」
夕暮れに染まる藍玉の笑い顔はやはり見慣れたもので、何やら得体のしれない不安にソワソワしていた琥珀は内心安堵した。
「分かったよ、待ち遠しいな! じゃあな、藍玉!」
笑顔を返し、琥珀は家路へと向かう。その後ろ姿を暫く眺めていた藍玉も、家路へと足を向けた。
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