第3話 成人の儀式・下

「いい加減、諦めな?」

 森の社から村への帰り、項垂うなだれて藍玉に引きずられるように歩く琥珀に、翠玉はため息と共に声をかけた。琥珀の髪と瞳は、漆黒に変わった。つまり憧れの大地の加護ではなく闇の加護を受けた事になる。性別は、誰もが思ったように男だ。

「太刀が適性だったんだし、良かったじゃない」

 翠玉の言う様に琥珀の爪には、剣士の紋章が現れた。剣士だったので、それは嬉しかった。剣士は色んな武器があるのでさらに調べてみると、琥珀は太刀に向いているらしい。だが伝承であまり良く書かれていない闇の加護は、子供心的に微妙だった。

「確かに剣士は、樹木と大地が有利だ。しかし加護の力が強いと言われる闇と光は、悪くないかもしれない。私の兄も、琥珀のように闇の加護だっただろう?」

 琥珀が見上げる藍玉は、水晶に触るまでの彼と同じ様で変わった気がする。声音は少し低くなり、柔らかだった顔立ちは頬が少しすっきりした様に見える。しかし三人の中で一番背の高い彼は、変わらずまとめ役だった。

 藍玉の兄は蒼玉そうぎょくという。三歳上で闇の呪術師に選ばれた。長く美しい濡羽ぬれば色の髪の、物静かな端正な顔の兄だった。その年は、兄しか成人の儀式を迎える者はいなかった。その翌年、つまり十六歳になる前の冬。隣の村との間にある山奥に、魔獣が現れて二つの村の作物や家畜を荒らす様になった。時期が時期だけに村に冒険者は生憎あいにく訪れなく、冬を越す食料の備蓄を不安視した村長達は隣村と合同の討伐隊を作り、魔獣を狩る事にした。

 即戦力になりそうな年頃は冒険や行脚あんぎゃに旅立っている村だったので、まだ術が不完全な蒼玉すらも参加せざるを得ない状況だった。村には商いや農業をしている大人たちばかりで、武器を極めている大人は少なく年老いた者は戦いには参加出来ない。幸いだったのは、魔獣が年老いていた事だった。回復でしか役に立たない蒼玉だったが、村人達は犠牲を出したものの何とか魔獣を倒した。仕留めたのは、道具屋の親父が風の加護を込めた弓だった。

 力不足を痛感した蒼玉は、村の大人達に褒められても不甲斐なさに居たたまれなくなり、術を高めるために旅に出た。闇と光の呪術師は回復に特化している為だと分かっていた。単に、運が良かったのだと。

 夜遅く血だらけで帰ってきた討伐隊を村人達は労い、討ち死にした村人は手厚く葬られた。琥珀達は、普段慣れ親しんでいた蒼玉の変わり果てた面影に怯えて暫くは近寄る事も出来なかった。悲痛な蒼玉の姿に、琥珀は強くなりたいと強く願ったのを覚えている。蒼玉は、命懸けだったと知っている。なのに、何故魔獣に勝ったのに蒼玉が辛い思いをしなければならなかったのか。ならば自分が戦う時は、絶対に生き延びて相手を倒してやる。自慢してやる、と。そして、魔獣を倒した自分に自信を持つと。

「蒼玉から連絡はあるのか?」

 後ろから村長が、長老と並びあるきながら藍玉に声をかけてくる。

「いえ、夜岳やがくに向かうと出て行ってから連絡はありません」

 夜岳とは、北の方にある寒い闇の神の守護する国。氷連地ひょうれんちと呼ばれる氷の大地の先にある険しい道程だ。

「そうか。あの子は不憫な経験をしたからな。元気でいると良いが」

 話している間に、村が見えてきた。まだ小さい白い姿のままの村の子供たちがピョンピョンと跳ねて手を振っている。それを見た翠玉が、笑顔で手を振り返して駆け出す。未成人の頃に比べると女性らしく、丸みを帯びた翠玉の姿に、成人になるという儀式に琥珀はある意味怖さも感じた。自分が男になり成人した事で、僅かに世界が変わった気もする。

 ――村で何か有れば、これからは俺が守らないと……!

 右手に刻まれた剣士の紋章に視線を向けて、翠玉の親が殺されたことや蒼玉が受けた心の傷を思い、その右手をぎゅっと握り締めた。


 親に報告する為、琥珀と翠玉は藍玉と別れて家に戻った。

「翠玉、女の子に選ばれたんだねぇ。きっと可愛らしい子に育つわ」

「お母さん達が大事に育ててくれたからだよ」

 二人を迎えた母親は、顔を綻ばせて彼女を抱き締めた。照れ臭そうに翠玉も抱き返す。

「琥珀はまだ三人の中で一番小さいのに、闇の剣士だって?母さん村長に笑われたわよ」

 母親は花の加護で、とき色の髪と瞳だった。召喚師しょうかんしに選ばれたが戦士にはならず、父と食堂を経営していた。冒険者達が通る街道に近い村だから、旅の途中に立ち寄る人が偶にいるし村人もよく利用していた。冒険者に旅の話を聞くのが好きで、琥珀はよく店を手伝っていた。料理が苦手な翠玉は、もっぱら料理を配膳する係だったが。

「お前達は、これからどうする?」

 仕込みを終えた父が、調理場から濡れた手を拭きながら二人に尋ねた。

 父も、風の加護を受けている。山葵わさび色の刈り込んだ髪と瞳。守護師しゅごしに選ばれて暫く冒険者として旅をしていたが、片目を失い村に帰ってきて妻の食堂を手伝いだした。村で一番の戦力なのだが、四年前の魔獣討伐の時は食材の補充で村を離れていた。

「翠玉は、村でこのまま私達と過ごしましょう。戦士なんて危ない事は辞めた方がいいわ」

 翠玉を抱き締めたまま、母親は柔らかだがキッパリと呟いた。翠玉の両親を思うと、魔獣や魔物に触れる事はさせたくないという親心だ。

「僕は……」

 翠玉は、言いにくそうに呟くもそのまま言いよどんだ。

「俺は、戦士になる!村を守る力が必要じゃないか!」

「それなら王都に行って、使い手つかいて様の修行を受けに行かないといけないぞ?」

 手を拭き濡れた手拭てぬぐいを腰元に巻いた前掛けに挟んで、父は反対するでもなく琥珀に返した。

「太刀なら、武器屋に頼みに行って来い。ああ、それにお前達は成人したから服も買ってこい。何時までも白童子しろわらしの格好では駄目だからな」

 成人前は、着物に簡単な帯を巻いただけの格好が普通だ。成人した者は、肌着を身に着けてきちんとした帯を巻く。

「太刀の柄には、闇の聖獣の蛇を入れて貰えよ?」

 闇の聖獣は、九つの頭を持つ蛇だった。蛇が嫌いな琥珀は引きつった面持ちで嫌そうに顔を背けながらも、母に連れられて翠玉と着物屋に向かった。



 戦士になる為与えられた技能職の能力を習得するには、神の使い手に教わらなくてはいけない。使い手には階級があり、上級使い手は王の補佐と政治に関わる。中級使い手は国を守る戦士の育成。下級使い手は自国を定期的に旅して周り、異変などの調査や村の様子を監視している。本来なら自分の加護の中級使い手から教育を得る方が一番早く、またより強く深い力を授かる。だが国の移動は長期間の距離もある場合が多く、更には現在火の女神の国の炎天えんてんと闇の男神の国の夜岳やがくは内戦中で、国に入るのも困難になる。二つの国は王族と反勢力との争いで大層荒れているそうだ。蒼玉が夜岳に向かったまま連絡が取れないのも、このような事情があったからかもしれない。


 藍玉の家に向かった琥珀は、彼が子供の頃からよく遊んでいる風の神の社に行っていると母親に聞かされた。そのまま、軽やかに駆けていく。

「藍玉ー! 藍玉ー!」

 鳥居を抜けると、銀杏の木の影からひょろりと藍玉が顔を覗かせた。

「琥珀」

「何してたんだ?俺の太刀と藍玉の杖が出来たって、武器屋のオッサンから聞いたって父さんに言われたからさ。取りに行かねぇ?」

 僅かに上がった息のまま、琥珀は早口に藍玉を見上げる。藍玉は小刀を鞘に仕舞い懐に入れると頷いた。

「大した用事じゃないよ。なら、行こうか。あと三日で風王都に向うなんて早い気がするね。ああ、そう言えば翠玉は諦めたのかい?」

 藍玉が歩き出すと、琥珀もそれに続く。背の高い藍玉は、琥珀の歩幅に合わせる。そんな気遣いが子供の頃から染み付いていた。

 琥珀と藍玉は戦士になる為に風の女神の国の首都に向かい、中級使い手に力を授けて貰う事になった。翠玉も付いて行くとゴネたが、母が許さなかった。翠玉の実の母と幼馴染だった母は、翠玉に平凡でも幸せな暮らしで育って欲しかったのだ。藍玉の母も「戦士になる」と藍玉から聞かされるとあまり良い顔をしなかったが、どこか諦めたように許してくれた。一年か二年修行をすれば、基礎は身に付く。だから、二年以内に一度は必ず二人ともこの瞬湊しゅんそう村に帰る事が条件になってはいた。

「店が休みの時間、母さんと父さんとの三人で料理の特訓だよ。アイツ料理下手なのに、可哀想だよな」

 琥珀は、包丁で指を切ったと毎日泣いている翠玉を思い出して、クスクスと笑った。

「三人で育ったのに、成人すると色々と変わっていくな」

 ふと、藍玉は呟いた。彼は兄が家から去り、一番家族の変化というものを実感していたのかもしれない。確かに性別が与えられた時に、琥珀も違和感を抱いた。だが、琥珀はまだぼんやりとしか、自分の未来を感じていないのかもしれない。


 ――もっと大きく変わるのだろうか? 自分達はいつも同じで、これからもこの腐れ縁は変わらない筈だと何故かそう思い込んでいた。

 そう思い藍玉を見上げると、その端正な顔はどこか琥珀の知らない顔に見えた。


 複雑な思いの琥珀と藍玉らは村の中心にある市に着くと、真っ直ぐに武器屋に向かう。引き戸を開けると、武器屋の店主はうとうとと身体を揺らし睡魔と戦っていたようだった。武器屋のオヤジは数年前に魔獣に殺されてしまい、最近息子が跡を継いだのだ。

「オッサン! 取りに来たよ!!」

「!? !?」 

 耳の側で琥珀が怒鳴ると、店主は瞳を丸くして飛び起きた。

「琥珀!心臓に悪いだろ!」

 大げさに胸元に手を起き深呼吸する店主に悪いと笑いながら、琥珀は手を差し出す。

「俺と藍玉の武器、出来たんだろ?」

「はいはい、出来てるよ。闇のはがねは今手に入り難いんだから大事に扱えよ?」

 修理やら新しく作った太刀の山から、無造作に太刀をひと振り取り出す。それを脇に置き、同じ様な杖の山から水の女神を模した杖を並べて置いた。

「ほら、これがお前らの武器だ」

 琥珀に太刀を、藍玉に杖を渡す。

「え!? 何で闇の聖獣の紋章が入ってるんだよ!」

 受け取って早速鞘から抜いた刀身には、あんなに嫌がった九つの首を持つ蛇が刻まれていた。その太刀がキラキラと輝き、漆黒が鮮やかに光る。問題なく琥珀を持ち主と認めたのだ。

「お前の親父に、絶対入れろってうるさく言われたからな。藍玉はどうだ?」

 怒る琥珀をあしらい、店主は藍玉に視線を向ける。

 無憂樹むゆうじゅで作られた杖は藍玉が手にすると、走る様に木の杖が瑠璃紺に染まり、頭に彫られた水の女神の瞳が開く。琥珀と同じく、藍玉を主と認めたようだ。

「問題ないようだな。風王都で、しっかり修行してきな。立派な剣士と呪術師になると良い」

 道具屋の店主は、笑顔で二人を見返す。二人は力強く頷いた。

「はい!」

「精一杯頑張ります」

 武器屋を出ると、次は道具屋に向かう。旅に向かう為の薬草や乾燥食料などを手に入れるからだ。回復薬やら解毒薬や精神力回復薬。藍玉が術を覚えれば、これらはぐんと減る。続いて着物屋に向かい、普段着る服と違う細身の袴と袖の戦士服と呼ばれる戦闘用服を買った。それから着替えやら下着など色々と買い込み、気が付けば日が傾き始めていた。

「足らないものがあれば、途中の村や王都で買い足せばいいか」

 重い荷物に、半ばげんなりと琥珀は藍玉に提案した。藍玉も同じ思いだったらしく、力なく頷く。支払いは全て親が払うのだが、村人達は随分安くしてくれた。やはり村を守る戦士がいないのが不安な為、どの国も村も育成に協力的だ。今村を守る主戦力は、琥珀の父と道具屋の親父ぐらいしかいない。村を離れたり殺されてしまった若手が多く、護り手が不足していた。

「じゃあ、三日後に村の門の前に集合だな。私達の村は風王都に近くて良かった。琥珀は寝坊するだろうから、遅刻して怒られるのは避けたい」

「それは、白童子の頃だろ! もう成人したんだから、寝坊なんてするもんか!」

 両手に沢山の荷物を持った二人は、それぞれの家へと別れる道で立ち止まり村を立つ約束を確認し合った。

「はは、じゃあな。翠玉によろしく」

 夕暮れに染まる藍玉の笑い顔はやはり見慣れたもので、何やら得体のしれない不安にソワソワしていた琥珀は内心安堵した。

「分かったよ、待ち遠しいな! じゃあな、藍玉!」

 笑顔を返し、琥珀は家路へと向かう。その後ろ姿を暫く眺めていた藍玉も、家路へと足を向けた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る