瞬湊村

第2話 成人の儀式・上




 この世界は、三層から成り立っている。

一層目は、今は眠りについてしまった創造神とそれを護る創造神が創り出した神々が住む聖光陽せいこうよう。二層目は、光の神が創り出した人間と闇の神が創り出した魔物が住むなか。三層目は、中ノ地を統治する国の王を助ける使い手と呼ばれる精霊、妖精、聖獣が住む常月丘とこげつきゅう

 この世界に現れた創造神が最初に創り出したのは、自分と、これから産む神々が住む聖光陽だった。

 それから、神々を続けて産んだ。闇の男神と光の女神。火の女神と水の女神、花の男神と樹木の女神、氷の男神と風の女神、最後に大地の男神が姿を与えられた。

 創造神が最初に何を創るか?と光の女神に問うと、光の女神は神を敬う人間を創りたいと答えた。ならば、神を敬う人間の信仰心を試す魔物を創りたいと闇の男神も続けて答えた。二人の神は創造神に許しを得て、それぞれに人間と魔物を作り出した。それから人間と魔物は、神々たちと暮らし始めた。

 だが、他の神々は尊い神と作られた人や魔物が一緒に暮らすのはおかしいと、創造神に提言ていげんした。得心とくしんした創造神は、人間と魔物を住まわせる中ノ地を創り出した。

 中ノ地で新たに生活を始めた人間達は、与えられた命を、自らの創意工夫で自由に生きることを悟り暮らし始めだした。気に食わない魔物は悪事をそそのかし、人間達を惑わし堕落させたりもした。

 だが神を敬い生きる意味を知った人間達の一部は、魔物と戦いながらも九人の神の試練を耐え抜いた。それらの九の一族の家長は王となり、それぞれの神に与えられた領地を己の国として、民を統治し始めた。すると王が間違いを起こさない様に、九人の神は王を補佐する使い手と呼ばれる精霊をそれぞれに創り出した。

 使い手達は、三つの位が与えられた。使い手達は、人間の世話とそして神々との繋がりを担う、特別な精霊となった。そんな精霊たちの為に、創造神がその精霊と精霊が使役する九の聖獣、他の精霊たちを住まわせる常月夜を新たに創った。

 そんな、光の女神が生み出した人間ばかりが繁栄するのが面白くないと、闇の男神は魔物と新たに魔獣を創り出して、それらを率いて人間達を滅ぼそうと光の女神に戦いを挑んだ。闇の男神に付いたのは、氷の男神と樹木の女神と水の女神だった。光の女神は、火の女神と花の男神と風の女神と大地の男神に助けられて応戦した。

 戦いは長く長く続き、お互いが疲労していた。神々たちが力を使い果たす寸前、それまで静かに見ていた創造神が、「戦いを終えよ」と光の女神と闇の男神を深い眠りにつかせた。

 他の神々は創造神からの戦いの終焉しゅうえんを受け入れて、世界はかつての静けさを取り戻した。

 しかし数々の力を使った上に光と闇の神を眠らせる為に創造神は残りの神通力を使い果たして、闇と光の神と共に深い眠りについた。他の神々は、そんな三神を護り聖光陽で暮らしている。




 






 長々と語られる中ノ地の神話。小さな頃から大人達に聞かされた話で、年の始まりには各地の村で、村長が必ず白童子達に聞かせるしきたりになっていた。だから、村人は自然に覚えてしまっていた。

 琥珀こはくは、今年十五の誕生日を迎える。年が明けた日に恒例の話が終わった後、村中の十五を迎える子供達は森にある社に集められて成人の儀式を受ける。今年の琥珀は、それに参加する事になっている。

 子供は十五になれば、自分を守護する神と適した武器が決まる。そして、性別も決まる。十五になるまで、子供は白い髪と瞳で無性別なのだ。自分でそれらを選び決める事はできず、儀式で決められるそれに、琥珀はずっと憧れていた。毎年指折り自分の歳を数えて、年が明けた日は、儀式を終えて帰ってきた年長者をうらやましげに眺めていた。

 今年は三人。琥珀と翠玉すいぎょく藍玉あいぎょくの幼馴染だ。翠玉は男勝りだが、九つの時に両親が魔獣に殺されてからは毎日泣き暮らして、しばらく大人しくなった。だが琥珀の親が身寄りのない翠玉を引き取り、二人を兄弟のように育てると元の元気な翠玉に戻った。子供ながらに物腰の落ち着いた藍玉は琥珀と翠玉をまとめる役で、三人は常に一緒にいる事が当たり前の様に感じていた。


 緊張気味の三人は長老と村長に連れられて、普段は足を踏み入れない東の森に向かう。琥珀達の国は、風の女神の治める奏州そうしゅうという。風の女神が守護する国だから、自然と風の加護を受ける者が多い。

 昔からよく三人で、どの神の加護を受けるのかと話していた。琥珀は決まって、大地の男神がいいと口にしていた。末の神である大地の男神は、冒険系の逸話が多かったからだ。琥珀は絵巻物を読んで貰ううちに、すっかり大地の男神に憧れていた。

「ほら、社が見えてきたぞ」

 村長が、仲良く手を繋ぎ後ろを歩く三人を振り返った。村長は風の守護を受けている為、山葵わさび色の髪と瞳をしている。長老は髪が薄く色が分かり難いが、瞳は梅重うめがさね色なので火の加護だと分かる。

 社は、暗くてひんやりとしていた。長老が炎の術で蝋燭に火をつける。村長は窓を開けて空気を入れ替えると、陽の光で僅かながらも社を明るくさせていた。

 ひんやりと冷たい正面の奥に、開き戸が見えた。

「ほら、頭を下げなさい」

 村長に促されて板の床に座らせられると、開き戸に向かい頭を下げた。ぎぃと乾いた木の音が聞こえる。琥珀はこっそり瞳だけ開き戸に向ける。長老が開き戸を開けていた。中には、水晶があった。自分の頭くらいあるから、大きいなと琥珀は思う。

「藍玉、頭を上げなさい」

 長老の声に、藍玉が動くのを横目で見る。藍玉、翠玉、琥珀と並んでいるので自分は最後らしい、琥珀は緊張と興奮で藍玉を見つめていた。間にいる翠玉は、頭を下げて瞳を閉じたままだった。

「両手で水晶に触れなさい」

 心なしか、藍玉の指は震えている。恐恐こわごわとした手が、ゆっくりと水晶に触れた。途端、キラキラと藍玉の身体が光った。白色だった髪と瞳に、すうっと色が浮かび走る様に藍玉を染めていく。

「ほう、藍玉は水か」

 藍玉の髪と瞳は、瑠璃紺るりこん色だった。骨格が僅かに引き締まり、右手の人差し指の爪には杖の紋章が浮かび上がった。

「藍玉は、男。水の加護の呪術師が適性」

 着物の懐から台帳を取り出した村長は、藍玉の項目を埋めた。当の藍玉は、不思議そうに長老から渡された鏡を眺めている。藍玉は女になるだろうと大人は話していたので、言われ続けていた本人も驚いているのだろう。

「翠玉、頭を上げなさい」

 先ほどと同じ文言を長老が繰り返す。翠玉も藍玉に習って水晶に触れた。すると、翠玉の身体もキラキラと輝き出した。

 柳緑りゅうりょく色の髪と瞳。身体は僅かに丸みを帯びて、爪には弓の紋章が現れた。

「翠玉は女か! 何とも意外な結果だな。翠玉は女。風の加護の弓師」

 意外そうに瞳を丸くした村長は、台帳に記しながら呟く。それは、子供達三人も同じ気持ちだった。翠玉は、恥ずかしそうに頬を赤くして居心地悪そうに鏡を覗いていた。

 いよいよ自分の番だと琥珀は飛び出しそうな心臓を、何度も息を吸い沈める。

「琥珀、頭を上げなさい」

「はい!」

 思わず返事をしてしまい、慌てて口を抑える。社の中の皆が吹き出した。

「緊張せずに、両手で水晶に触れなさい」

 笑いを噛みながら、村長は続ける。恥ずかしい思いをしながら、琥珀は水晶に手を伸ばした。ヒヤリとした水晶は、興奮した肌に心地良い。

 ――お願いします、どうか大地の加護を!

 願う琥珀の身体がキラキラと輝き出す。琥珀は、ぎゅっと強く瞳を瞑り変化を待つ。

「……琥珀は……」

 心なしか落胆したような村長の声に、琥珀はゆっくりと瞳を開いて差し出された鏡を覗いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る