第8話 人形の夢
帝国の首都ペクティア市。
「――どこまで行くのよ」
「すぐそこだよ」
「それさっきも聞いたわ。あなたのすぐは信用ならない」
「感覚の違いで怒られるのはなんだかなあ……」
大時計塔の方角へ向かって歩いているのはアリシアとネイトだ。
時刻は既に夕刻。空はオレンジ色に焼けて夜の藍色が広がり始めていた。
「うち、門限あるから早く帰りたいのだけど」
「大丈夫。大丈夫。人形が壊れたからって説明しなよ」
「――また私が馬鹿にされるやつじゃない」
というのも人形の強度が高いおかげで壊れにくいからだ。壊れにくい人形が壊されるというのは、控えめに言って『自分から壊されにいった』くらいのものである。アリシアの場合、そもそも動いていないのだから『どうぞ壊してください』といったところだろうか。
「さあ着いた。ここだよ」
ネイトが立ち止まる。
彼の示す方には大時計塔……ではなく、その隣にある小さな民家であった。分家筋とはいえ
「不埒なことなんて全然考えてないよ!そもそも君、去年の剣術大会で優勝してたじゃないか。人形一筋の僕がどうこうできる相手じゃないだろ」
アリシアはネイトを品定めをするように頭のてっぺんからつま先まで流し見る。鍛えていない細い体。あまり手入れが行き届いていないボサっとした頭。覇気のない緩い顔。筋肉なんてなさそうなぷにっとした二の腕。
「私じゃなくても何も出来なさそうね」
「それはそれで男としてはちょっと傷つくよ」
「害があるよりかは良いでしょ。それより早く案内しなさいよ」
やれやれというようにネイトは軽く頭を振る。
鞄から鍵を取り出して扉を開けた。キィっとやや錆びついているような音が響いた。灯りを付けても薄暗いのは時計塔隣という立地ゆえか、それとも手入れがされていないせいなのか。
(たぶん両方でしょうね)
彼の身なりやここまで来る間の言動で、アリシアはネイトという人物がどのような人かを理解していた。自分が興味のあるもの以外にはほぼ無頓着で関心を持てない、つまりは趣味人であると。それを裏付けるように、目の前に広がる光景はなかなかのものだった。
促されるまま連れられて行ったのはネイトの仕事部屋であった。
人形の腕や足といったパーツが乱雑に置かれている。作業机と思われる場所を中心にきれいに円を描いているあたり、本人的には整頓しているつもりなのかもしれない。しかし山のように腕だけが置いてある様は猟奇的な現場に居合わせている印象を受ける。
「あえて言葉を選んで言ってあげるけど、ひどいわね」
「それで言葉を選んでると言えるのが驚きだよ」
「驚いてるのは私の方よ」
腕の山に視線を送る。
ああ、と納得がいった様子でネイトが頷いた。
「人の腕は紛れてないよ」
「紛れてたまるもんですか。それより私の人形は?」
「せっかちだね。もっと心にゆとりは持った方がいいよ」
「それは――反省してるわ」
自分が直情的な方だという認識はあったらしい。
アリシアは視線を泳がせる。視界の端、変わった人形が鎮座しているのが見えた。ちょうど部屋の隅の椅子に座らせてあるその人形の姿は既存のものと比べるとだいぶ……奇怪な様相であった。
「なに、あれ……歯車?」
「お、見つけたね。それが君の人形だよ」
人形の関節、腹部、頭、至る所に大小様々な歯車が組み込まれている。
「――不格好ね」
「そこは目を瞑ってほしいな。
ネイトが鎮座する人形と
すると人形が起き上がり右腕を上げる構えを取った。
まるで鏡写しのような動きだ。
「あ、
「そうさ。色が変わるほど
そう言いながら彼は糸繰りの指輪をアリシアに手渡した。
アリシアは摘まむように受け取る。
「――この子、名前はあるの?」
「人形の?」
「そうよ。自分の
元婚約者であるクーエルの人形はエクレイル、雷を意味する古語が由来で、人気者のウェルバの人形はステラ、星の光を意味する古語が由来だ。古語を用いるのが伝統らしい。この子は何という名前なのだろう。
アリシアの質問にネイトは応えた。
「レビィ、古語で夢を意味する言葉だよ」
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