第7話 傀儡師-kairaishi-

 アリシアと彼女の人形の間にが結ばれる。

 魔力糸マナいとだ。しかし彼女がいくら魔力マナを流しても魔力糸マナいとが変色する様子は見受けられない。魔力マナを流しているのに接続コネクトされない原理は単純である。


「――君の魔力マナは密度が足りないんだ」


 クーエルの指摘をアリシアは無視する。

 彼女の視線は、関心は、全て自分の人形にこそ向けられていた。


(動け!動け!)


 ただその一念のみ。


(動け、動け、動け動け動け――)


 壊れたラジオのように。

 ただそれだけを念じる。

 でもそれで全てが上手くいくほど現実は甘くない。


 クーエルは彼女の様子にため息を吐いた。


「――せめてこれ以上は恥をかかないようにしてあげるのがボク婚約者の務めだよ」


 クーエルの指先から垂れる魔力糸マナいとが青紫色へと転じた。

 呼応するように彼の人形が動き出した。


 片手剣と盾を携えた人形。

 近年主流となっている騎士型ナイト人形ドールだ。

 身を屈め、小さくまとまるように縮こまる。グッと足に力を入れるその姿はスタートを待っている走者の姿に近い。違う点を挙げるとすれば手に細身の剣を構えていることだろう。


「疾風――」


 人形の足元で大気が渦を巻く。

 クーエルの得意とする加速術式だ。


「――迅雷!」


 ザァッ!っという大きな風切り音が響き渡る。

 吹き飛ばされるようにクーエルの人形がアリシアに迫った。

 時間にして数秒という速さ。次いで縮めた身体を伸ばすように剣を突き出した。剣先から放たれるのは風を貫く一撃だ。ギュルッ!とらせんを描くように突き放たれた一撃。


 ガァンッ!!という重い金属音。

 次いでパキンと割れる音が響いた。

 アリシアの人形の胸に一突き。人であれば心の臓がある部分に刃が刺さっている。いや。普通の一撃であればここまで深い一撃を与えることは出来ない。人形は人に似せているものの、その骨格は金属で人工筋肉は肉と名が付いているが肉ほど簡単には切れない。なにせ銅線鉄線を束ねた特注品である。この事実はクーエルの人形使いマスターの格の高さを表わしていた。


「そこまでっ!」


 教師が試合の終了を告げた。

 人形の指一つ動かすことができぬままアリシアは試合に負けたのだ。


『もう諦めたらいいのにね』

『あっけなさすぎだろ』

『相手はランカーのクーエルだぜ。誰がやっても……』

『それにしたって一歩も動いてないのはねえ』


 ざわざわと囁き声が波のように広がっていく。

 それを意に返さず、自分の人形を抱えながら、アリシアは闘技場タウルスを後にした。クーエルの視線が向けられていることに気づきながら、それすらも無視して。


「――こほんっ! ええ、次の対戦は……」


 次の組み合わせが発表され講義は進んでいく。

 元の観覧席に着いたアリシアはぼーっと闘技場タウルスの様子を眺めている。彼女はいつもこうであった。自分の試合が始まる前は熱中して観戦するが、自分の試合が終わると呆けたように心ここにあらずといった様子になる。言ってしまえば結果に影響されて無気力になるのだ。


「さすがクーエル・アルカネシア。武踊劇バトルロンドの上位十指じゅっしに入る、まさに指折りの人形使いマスターだね」

「それ皮肉?」

「いやいや素直な感想だよ」


 彼、名も知らぬ男子学生は先ほどと変わらぬ様子でアリシアに話しかけてくる。意気消沈している相手によくもまあ何事もなかったように話しかけられるものだとアリシアは半ば呆れ、半ば感心した。


「何か用?」

「用がないと話しかけちゃいけないの?用件はあるけど」

「……え、私喧嘩売られてるの?買い叩くわよ?」


 滅相もない、と言って彼は続ける。


「人形壊れちゃったでしょ。位置的に核が壊れたよね?」


 核というのは人形の心臓にあたる部品だ。

 人形使いマスターから供給される魔力マナを自身の動力源に変換する機能を備えている。ここが壊されるといくら魔力マナが供給されても人形は動かない。


「壊れたけどそれが何?あなたが直してくれるの?」


 刺々しい言い回し。

 普段のアリシアならここまで辛辣な言い回しはしないものだが、今はちょっと虫の居所が悪い。普段はなりを潜めている厳しさが顔を出している。その様子が面白かったのか、男子学生がククッと笑みをこぼした。


「素の君はいいね。普段の君より魅力的に見えるよ」

「あんたに褒められても嬉しくないわ」


 段々と棘が増してきた様子を見て男子学生が本題に入った。


「ごめんごめん。不快にさせるつもりはなかったんだ。これは本当。それと核は直せないけど人形なら用意してあげられるよ。君の見たことがない人形をね」

「――私が見たことのない人形?」

「ボクはこう見えても人形師クラフターなんだ」


 人形師クラフター人形使いマスターの使う人形を作っている人、または職業を指す。男子学生は自分がその一人だと言っているのだが、アリシアの知っている人形師クラフターと目の前の男子学生の姿は何と言えばいいのか、合致しない感じがした。端的に言えば若すぎるのだ。


「本当に人形師クラフター?見習いじゃなくて?」

「家が人形師クラフターの家系でね。子供の頃から仕事を手伝ってたんだよ。今じゃボクが客を取ることも珍しくない。これでも腕にはそこそこ自信があるんだ」

「人形をもらっても動かせないかもしれないわよ」


 見たでしょ、と言わんばかりに告げる。


「ああ、大丈夫。その心配はないよ。だってボクが君に渡す人形は既存の人形とは根本的に違うからね」

「根本的に……違うの?」

「そうさ。魔力マナをほとんど使わない人形だよ」


 彼は満面の笑みを浮かべる。

 夢を語るときの子供のような表情だ。


「君には世界で初めての傀儡師かいらいしになってほしいんだ。次の武踊劇バトルロンドまであと三か月ある。僕の人形で武踊劇バトルロンドに出場してほしい」

「その傀儡師かいらいし?がなんだかわからないけど。私でも使える人形がもらえるってことでいいのよね?もしそういうことなら――」

(今まで諦めなかった意味があると言えるのなら)


 アリシアは彼の手を取って告げた。


傀儡師かいらいしでも何でもなってやるわ」


「いいね。思い切りの良さは大事だよ」

「それであなたの名前は?名前も知らない相手とはさすがにやりにくいわ」

「ボクの名前はネイト。ネイト・レプリカーネ。一応三大師さんだいしが1つレプリカント家の分家筋の人間さ」






■用語説明

疾風迅雷しっぷうじんらい

 読んで字の如く、疾風のように早く雷のように激しい一撃。

 クーエル・アルカネシアの特技で基本は空気の圧縮・放出による突撃。本来は槍での運用を想定しているため片手剣を使っている現状では真価を発揮できていない。余談になるが疾風迅雷の考案者は祖父のヴェンデル・アルカネシア


十指じゅっし

 10人の意。人形使いマスターが指から出す魔力糸マナいとで人形を操ることからついた数え方。名の通った幾人かの人形使いマスターを数え呼ぶ際に使用する【例:帝国の五指ごしに入る腕前】

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