第6話 落ちこぼれ

 観戦していた時はそこそこ広く見えたタウルス闘技場も、実際に舞台に上がってみると手狭に感じる。数歩も歩けば円柱の端に到達してしまうほどだ。舞台の間にかけられた橋に至っては一人通れる程度の幅しかない。簡素な造りだが戦闘の基本を学ぶ上で大事な点がいくつもある。


 例えば術士型ウィザード人形ドールの場合、近接戦になる前に決着をつけるのがスタンダードな戦術になるため、相手を自陣地に引き込まないように橋の手前で待ち受けるのが最適な位置取りとなる。騎士型ナイト人形ドールの場合は近接戦に持ち込まなくてはいけないため橋の通過が課題となるが、盾を構えて重心を落としながら進めば比較的安全に敵陣地に踏み込むことができる。前者の場合は攻撃の要となる魔力マナの圧縮速度が課題となるし、後者は落ちないように敵の攻撃を防ぎながら前に進む精密な人形操作が課題となる。


 だがそれらの技術的課題はアリシアにとっては重要なことではなかった。なにせ、それ以前の問題なのだから。それはここにいる教師や学生たち皆が知っていることだ。アリシアが舞台に上がるとクスクスと笑う声がちらほらと聞こえてきた。


(いつものこと。気にする必要はないわ)


 アリシアは練習用の人形、術士型ウィザードでも騎士型ナイトでもない、子供が学ぶときに使う素体だけの人形をタウルス闘技場に持ち込んでいた。それを見た学生たちは笑い声を大きくした。


『まだあれ使ってるのね』

『しかもまだ動かせないんでしょ? 本当に落ちこぼれなのね』

『あんなんガキでも動かせんだろ。情けねえやつ』


 はあ、とアリシアはため息を吐いた。

 いつものことだとはいえ、やはり馬鹿にされるのは気分が良いものじゃない。それでも何も言い返せない自分の立場が許せない。言われたとおりだ。本当に情けない。泣けるものなら泣きたいし、逃げられるものなら逃げたい。


(でも私はアリシア・ディア・ペネトレイトだから――)


 集中する。ゆっくりと、だけど確実に、ふわふわとした暖かな感覚が身体の内からあふれてくる。魔力マナだ。ここまでは私でもできる。生物なら誰もが持っている基礎治癒力の根源たる魔力マナ。普段、無意識に行っていることを私はこれから意識的に行使する。


 魔力マナを両手に集める。

 熱が徐々に手の方へと移動していくのが分かる。


(接続コネクトっ!)


 人形ドール接続コネクトし、魔力糸マナいと魔力マナを流す。いや流しているはずなのだ。少なくともアリシアは魔力マナが指先から魔力糸マナいとに向かって放出されているのを感じている。しかし――


「君には無理だよ。もう諦めてもいいんじゃないか?」


 声をかけてきたのは対戦相手のクーエルだ。

 クーエル・アルカネシア。国立人造生命研究機関アニマの現所長、ヴェンデル・アルカネシアの孫だ。祖父に似てと言っていいのか、魔法生命体に関する造詣に深いのは学園でもよく知られている。優秀な成績と整った顔立ちで女生徒からの人気も高い。そんな彼はアリシアの元婚約者でもあった。


「人には得手不得手というものがある」

「知っているわ。でも諦めるかどうかは私が決めることなの」


 アリシアは答える。

 諦められるわけがない。

 元婚約者の願いでもそれは聞き入れられない。


 なによりアリシアにとってこれは一番大切なものだからだ。

 帝国の人形使いマスターになること。一番じゃなくてもいい。多くの人たちの中に埋もれても構わない。人形使いマスターになれるのであれば。


 そうすればアリシアは元婚約者クーエルと向き合えるのだから。


「どうしてそこまで君が頑張るのか僕にはわからないよ」

「そうでしょうとも。貴方には絶対に分からないわ」


 そう簡単に乙女心が分かってたまるか、とアリシアは思う。子供の頃から婚約者だと教えられて育った。彼の伴侶になれるのならばと頑張った。彼は忘れているかもしれないが、私は彼の言葉に何度も救われた。正直、彼に恋していた。


 未練があるわけじゃない。

 元婚約者になった時点でこの恋は諦めてる。

 ただ1つだけ許せないのは。彼の元婚約者が落ちこぼれなどという事実。彼を貶める1つの汚点。アリシアはそれだけが許せなかったから、諦めずにこうして戦っていた。


「――そんな君の姿をボクは見たくないんだよっ!」

「うっさいわね。元婚約者のくせに偉そうに言わないでよっ!」

「……すぐに終わらせてあげるよ」


 教師がハンドベルを鳴らした。

 試合開始の合図だ。


 

 


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