第5話 人形劇-見たことのない人形-

 先に動いたのはウェルバであった。

 両手指にはめられた計10個の指輪から、広がるように白い糸が吐き出され、人形と彼を繋げた。接続コネクトと呼ばれる人形使いマスターの基本技能の一つだ。実践講義でまず初めに学ぶ技能であり、これが出来なければ人形を操ることはできない。


「せいやっ!」


 ウェルバの掛け声に合わせて糸が淡い青色に変化した。

 魔力糸マナいと繰糸くりいと操糸そうしと様々な呼び方がされる接続コネクトで使われる糸は、魔力マナが流れることで青い光を帯びる性質がある。魔力マナは世界に満ちている生命力を表す単位であるとともに、生命力そのものを指す単語だ。この魔力糸マナいと自体が魔力マナで形成されており、人形使いマスターは各魔力糸マナいとに流す魔力マナの密度によって人形を操っている。

 つまり魔力糸マナいとが青く発光したということは、ウェルバは人形に何かしらの操作を加えたという事実を示していた。結果として彼の傍に控えていた術士型ウィザード人形ドールが立ち上がり両杖腕じょうわんをカロンの人形に向ける動きを見せた。

 変化はそれだけに留まらない。杖腕じょうわんに幾つもの線と点で形成された不規則に見える模様が浮かび上がる。模様は魔力糸マナいとと同じように青色を帯びていたが次第に紫から赤へとその色を変化させた。


 対して、カロンもウェルバと同じように騎士型ナイト人形ドール接続コネクトし、魔力糸マナいと魔力マナを流しているが特にこれといった動きを見せることはない。両腕の盾を前に構えたままの姿である。


「そのまま受けるつもりかよ!?」


 観覧席から声が飛ぶ。


「無謀ね」


 誰に向けるでもなくアリシアが呟いた。

 座学でトップクラスの成績を修める彼女の目から見ても、カロンの行動は失敗と言わざるを得ないものだった。ウェルバが操っている術士型ウィザード人形ドールは火力を重視した遠距離攻撃タイプの人形ドールであり、対騎士型ナイト人形ドール用として開発された経緯がある。対してカロンの操っている騎士型ナイト人形ドールは近接戦闘タイプの人形ドールで、こちらは対剣士型ソードマン人形ドール用に開発されたものであった。

 基本コンセプトからして相性が噛み合ってしまっている。ウェルバにとっては相性の良い相手であり、カロンにとっては相性の悪い相手なのだ。この根本的な機能性における優位というのはそうそう揺らぐことはない。地形に差異があればまた違うこともあるかもしれないが、今彼らのいる場所はタウルス闘技場であり、互いに差異などあるはずもない。

 結論を言えば、騎士型ナイト人形ドール術士型ウィザード人形ドールの攻撃に耐えられない。


「燃え尽きてしまえ。炎の矢フレイムアロー!」


 ウェルバの声とともに術士型ウィザード人形ドールの両杖腕じょうわんから同時に炎がはしった。風の抵抗を受け、ボウッと音を鳴らして炎が揺らぐ。しかしその勢いは止まらない。

 炎はカロンの騎士型ナイト人形ドール目掛けて赤色の軌跡を描く。


土の壁ウォール!!」


 カロンが叫ぶと同時、騎士型ナイト人形ドールの両腕の盾に模様が浮かび上がり、間を置かずして全身を覆った。術士型ウィザード人形ドール杖腕じょうわんに浮かんでいた模様よりも細やかで大きな模様だ。


(土の壁ウォール? 騎士型ナイト人形ドールにそんな特性や技能はなかったはずだけど。なによりそんな技能は聞いたことも……)


 アリシアの思考が終わる前に決着がついた。


 2本の炎の矢が騎士型ナイト人形ドールに命中し、ボンッ!という音とともに小規模の爆発を起こし、煙が周囲に広がっていく。観覧席から歓声が上がった。ウェルバは勝ちを確信したのか、術士型ウィザード人形ドールにお辞儀の姿勢をさせると接続コネクトを切った。魔力糸マナいとが徐々に色を失って消えていく。


 煙が風に流され、破壊されたであろうカロンの人形ドールの姿が現れる。

 ――はずであった。


「な、なんであれで無傷なんだっ!?」


 ウェルバの叫びは観覧席にいた誰もが思ったことだ。

 それはアリシアも同様であった。

 無傷と言って差し支えないカロンの人形ドールを見てアリシアは確信する。


騎士型ナイト人形ドールじゃないわ!」

「ご明察。あれは騎士型ナイト人形ドールじゃなくて守護者型ガーディアン騎士型ナイトの原型となった試作先行型プロト人形ドールだよ。ほんの一時期しか生産されてなかったから知らなくても仕方ない」


 いつからいたのか。アリシアが振り向くと、後ろの席に男子生徒が座っていた。

 ボサボサの髪。よれよれの制服。その上から羽織っている白衣は所々に多彩な染みが付いており、よく見れば穴も空いている。一言でいえば不審な男子がそこにいた。彼はアリシアの方を見ることもなく言葉を続ける。


「見ないの? まだ試合は終わってないよ」

「見るに決まってるでしょう」


 アリシアは男子学生のことが気にはなるものの、未知なる人形ドールの戦い方の方が気になっていた。その理由はいくつか挙げられるが、一番の理由はであった。


 視線の先、呆然としているウェルバと意気込むカロンの姿がある。

 ハッとしたように我に返るウェルバ。


「二発でダメならいくらでもくれてやる!」

「いくらでも耐えてやろう!!」


 両杖腕じょうわんから交互に炎の矢フレイムアローを打ち出すウェルバの術士型ウィザード人形ドール

 攻撃を耐えながら一歩ずつ前進するカロンの守護者型ガーディアン人形ドール

 互いに譲らない攻防が炎と煙でタウルス闘技場を彩っていく。

 さすがに煙たいのか、咳をする生徒たちも目立ってきた。


「まだ倒れないのか!」


 ウェルバが目前にまで迫ってきた守護者型ガーディアン人形ドールに悪態をつくが、それで事態が好転するわけもない。


「これで終わりだっ!!」


 カロンの繰る魔力糸マナいとが青く染まる。

 応えるように守護者型ガーディアン人形ドールかがんだ姿勢になると、間も置かずして走り出した。盾を武器代わりにした攻撃、俗にいう盾による突進シールドチャージだ。


 両者の人形がぶつかり、ガァンッ!という重い金属音がタウルス闘技場に響いた。皆の瞳に映るのは舞台の端で動きを止める守護者型ガーディアン人形ドールと身体をくの字に曲げて空中に弾き飛ばされた術士型ウィザード人形ドールの姿だ。


 勝負は決した。


「勝者カロン! 続いての模擬戦は――」


 審判をしていた教師が観覧席を見渡して告げる。


「アリシア。クーエル。両名タウルス闘技場へ上がれ!」


 気落ちした様子でアリシアが立ち上がった。

 肩を落として視線を下に。億劫だと言わんばかりの様子だ。


「行ってらっしゃい」

「――行ってきます」


 名前も知らない男子生徒に見送られながらアリシアはタウルス闘技場に上がる。反対側の円柱からクーエルが姿を現した。


(――見世物になるのはいつになっても慣れないわ)


 アリシアが心の内でため息を吐く。

 このあとどうなるかは既に分かっていた。

 アリシアもクーエルも理解している。二人だけでなく、教師も観覧しているクラスメイト達も理解している。誰も何も言わないが結果はわかっている。今までがそうだったからこれからも同じことになるだろうというのが共通認識だ。


 今日もアリシアは人形を動かすことができずに不戦敗になる、という。






■用語説明

接続コネクト

 人形使いマスターと人形を魔力マナ的に繋げる行為、または技術

 魔力糸マナいとを紡ぐ指輪を使用することで比較的簡単に行うことが可能。熟練者にもなると指輪を使うことなく、魔力糸マナいとを紡いで接続コネクトを行う


魔力糸マナいと

 魔力マナで生成された糸。正確には糸状の魔力マナ

 魔力マナの通うと青く発光する特徴がある


炎の矢フレイムアロー

 魔力マナを矢状にして放出する魔術

 燃焼する特性が加えられているため維持時間は短い

 ※燃えるものが魔力マナしかないため


土の壁ウォール

 魔力マナを壁状に維持する魔術

 接地面の特性を加えて再現するため、使用する場所によって強度が異なる

 用途によって放出型と維持型に分かれる魔術


守護者型ガーディアン人形ドール

 騎士型ナイト人形ドールの基になった人形

 重くて硬い特殊な素材を使用しているため、強度は高いが動きが鈍いという欠点があり、数体のみ生産されてお蔵入りとなった人形。国立人形研究機関マリオネイトの前身となった組織が造り出した最初の人形でもある

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る