第4話 人形劇-試合前-

 プルトニア大陸の南東部に位置するアタラクシャ帝国は技術立国である。

 周囲を山々に囲まれ、昔は鉱山から採掘さいくつされた鉄鉱石や石炭などを中心に貿易ぼうえきによりさかえた国であったが、近代になり人形劇が国交の要になると、採掘された資源を人形研究のため国内消費に回すようになった。これによって国内の技術進歩は人形だけに留まらず、あらゆる分野で成果を上げるようになる。俗にいう技術革新である。この頃からアタラクシャ帝国は技術国として知られるようになった。


 そういった時代・経済背景もあり、アタラクシャ帝国において人形劇に対する支援は何よりも優先されていた。たとえば人形を操る人形使いマスターの育成もその一つだ。


 国立アダラキシア学院。

 人形使いマスターを養成するために作られた、アタラクシャ帝国の人形劇専門の教育機関である。その学習範囲は幅広く、人形劇で有用とされるあらゆる分野が含まれている。また人形使いマスターだけでなく人形師クラフター(人形作りの職人)や改造師カスタマー(人形の改良を主とする人形師クラフター)、人形研究員リサーチャー(人形専門の研究員)の養成も行っている。


 アリシアが通っているのはアダラキシア学院の人形使いマスター科だ。人形使いマスター科では人形使いマスターに関する知識を学ぶ座学や、人形操作の技術を学ぶ実践形式の講義を受けることができる。


 そしてユテナが言っていたとはこの実践講義のことであり、アリシアにとっては学院生活で最も憂鬱な時間であった。


------------------------------------------------------------------------------------------------


 学院の校舎裏には旧時代の闘技場を模した施設がある。

 2つの円柱とそれらを繋ぐ一本の橋からなるタウルスと呼ばれている闘技場だ。

 単純に落とされたら負けというわかりやすい構造の闘技場である。もちろん落ちることが前提の競技となるため、円柱の高さは3メートル程度となっており、落ちてもケガ程度で済むようにマットが敷かれるなどの配慮がされている。

 

 今、各々の円柱にはアリシアのクラスメイトの姿があった。

 一人はよく言えば肉付きの良い、悪く言えば太っている青年だ。高いところに不慣れなのか足元がおぼつかない様子で右に左に身体を揺らしている。もう一人は程よく身の引き締まった、いかにもスポーツしてますと言わんばかりの細マッチョの青年だ。こちらは高いところは慣れているとでも言わんばかりにその場で逆立ちをしたまま歩くなど曲芸を見せている。余裕と言いたいのかもしれない。


「ウェルバ君すごーい!」

「ほんとすごーい!」


 黄色い声が観覧席の至る所から耳に届く。


人形使いマスター志望なら見るのは人よりも人形でしょうに……」


 そう呟くアリシアの視線は曲芸をしているウェルバの隣、鎮座ちんざしている人形に向けられていた。アリシア以外にも人形を注視している者は多かったようで、そこかしこで話題に上っている。


 真っ青なローブに身を包んでいる木製の人形。

 両手の先に指はなく、手が杖の形に削られている。

 杖腕じょうわんと呼ばれる人形劇専用の腕だ。


「ウェルバは相変わらず術士型ウィザード人形ドールか」

「タウルスは行動範囲が極端に狭い。長期戦を仕掛けるには向かないから選択としてはありだな」

「いやいや、いかに制限された範囲で上手く戦うかが重要なんだから、動かなくても攻撃ができる術士型ウィザードを用意するのは勉強にならないじゃないか」

「対して――」


 皆の視線がもう片方の人形に向けられる。

 小太りの青年ことカロンの隣には鉄製の防具そのものにしか見えない人形の姿があった。よく見れば両腕が盾になっており、身体全体を覆えるように盾自体が大きく曲線を描いていた。防具のように見えるのはそのせいだろう。通常の人形よりも一回り大きい印象を受ける。


「圧倒的な防御」

「どう見ても引きこもり」

「戦うことを忘れた存在」

「――騎士型ナイトかな。一応」

「「「――騎士型ナイトとはいったいなんだったのか……」」」


騎士型ナイトはもともと槍兵よ」


 アリシアがため息交じりに、誰に応えるでもなく呟いた。


(でもまあ、皆が悩んでしまうのも仕方がないか)


 そもそも本来の騎士型ナイトは重装甲の槍兵を模して考案された人形だ。

 槍も持たず、それどころか両腕が盾になっている騎士型ナイトなんてものは前代未聞であった。明らかにカスタマイズ仕様の人形である。


「いったい誰があんなへんちくりんな人形を作ったのかしらね――」


 アリシアの疑問に対する答えはない。

 ほどなくして教師がハンドベルを鳴らした。

 試合開始の合図だ。






■用語説明

①プルトニア大陸

 アパティア聖王国やアタラクシャ帝国を始めとする国がある大陸

 上記の二大国以外にもいくつかの国家が存在している


②国立アダラキシア学院

 人形劇に関連する人材育成を目的とした国立の教育機関

 他国でも名の通った名門でもある。実力主義を掲げており、出身を問わず入学することが可能なため、他国からの留学生も少なくない


改造師カスタマー

 既存の人形を改良する人、またそれを主とした職業の総称

 武装改良専門などもある意外と幅の広い分野


人形研究員リサーチャー

 人形の研究をする人、またそれを主とした職業の総称

 国立人形研究機関マリオネイトに勤めている人はほぼこれ


⑤タウルス

 闘技場の種類の一つ。2つの円柱とそれを繋ぐ橋で成り立っている

 基本的に選手が各々の円柱から相手の円柱に攻める形式

 橋を使用せず、その場で射撃や回避を行う訓練場として使われることもある


術士型ウィザード人形ドール

 魔力マナの放出に長けた人形

 逆に魔力マナの展開と蓄積ちくせきがし難いため、後方からの支援攻撃を主としている。単独よりも前衛を伴っている方が真価を発揮する人形。他の型にはない専用の回路を組み込む必要があるため単価が高いことでも有名


騎士型ナイト人形ドール

 大剣を扱うことを主とした人形

 他の人形に比べて重装であり耐久性にも優れている

 本来は槍を主兵装とした運用が想定されていたが、一部有力者からの『格好が悪い』の鶴の一声で大剣を使うようになった経緯がある。前述の理由もあってか実力者は騎士型ナイト人形ドールに槍を持たせることも多い

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る