第29話【防御/リアムside】

 真っ白に染まっていた視界が、徐々に色を取り戻していく。


 最初に見えた色は赤。


 結界の中こそ何も変化はなかったが、結界の外は、残酷なほどに赤かった。


 転がっていた瓦礫も、残っていた民家も、どれも等しく燃えている。……戦火が広がるとはよく言ったものだ。この炎は、文字通り「戦火」になっている。


 俺はどこまでも広がる炎に圧倒され、つい客観的に考えてしまった。頭を軽く振り、「そうじゃないだろう」と、思い直す。


 俺たちは、この戦火の中で戦うのだ。


 再度、自分の置かれている状況を確認し、皆の方に右手を出した。すっと三本指を立てると、彼らは俺の方を不思議そうに見た。


「……三秒だ。この結界を解除するまでは三秒。三つ数えたら、この結界を解除する」


 淡々と、安全圏が失われるタイミングだけを告げた。


 無事という保証があるのは、この三秒だけ。その宣告は、彼らの戦意を削がせることになってしまうだろうか。そうだとしたら……


「ああ……いつでもいいぜ」

「バッチリよ!」

「絶対勝とうな!」

「お任せあれ」


 彼らは「何を今更」と言うように深く頷き、強い意志を持って言葉を紡いだ。


 今回もやはり、俺の心配は杞憂だったようだ。


 彼らが戦意を持ってくれて本当に良かったと、今日で何度目か、そう感じた。俺も再び覚悟を決め、手を下げ五大神の方向を向く。


 燃え盛る炎に照らされて、レイクティアはとても眩しかった。炎とせめぎ合う結界の前に進み、カウントダウンを開始する。


「……三」


 冒険者が構える。


「……二」


 顔を上げ、敵を見る。


「……一」


 ディアルと目が合う。


「……行くよ!」


 「行くよ」という言葉と共に、俺たちは一斉に走り出した。


 結界だった淡い水色の光が、四方八方から集い集約されていく。


 安全圏はもう、どこにも無い。


 俺たちは、結界を越え、死と隣合わせの戦場に駆け出した。


 が、不思議と恐怖は無かった。


 俺たちが感じていたであろう恐怖は、この淡い水色結界だった物のように希薄になり、より強い想いにより消え去ったのだ。


 今、俺たちを支配しているのは確固たる決意。


 高速で三本の矢を創りつがえる。先手必勝。絶対に……勝つ!


「『三重起動・貫通弓矢ライズアロー』!」


 射程に入った途端、俺はすぐに矢を放った。ヒュッと音を立て、三本の矢が五大神に迫る。


 それだけでは無い。


 斬撃、魔法、銃弾、毒針……。


 シャミス軍による集中攻撃が、五大神に迫っていた。四方八方から迫るその攻撃は、数だけで見れば圧倒的に有利だった。


 が、神々にはそれを覆す力と、無限に等しい魔力がある。


「『絶対防御パーフェクトシールド』!」


 パアアァァ、と放射状に光が溢れた。


 見ると、生誕神が両手を掲げ、無効化シールドを作りだしていた。それは俺たちの集中攻撃のほとんどを、一瞬で霧散させ無効化した。


 俺の貫通弓矢ライズアローは届いたものの、どうやら避けられてしまったようだ。流れるような動作で魔法陣が構築されていく。


光愛砲アンフィルティーユ


 神々しい光を帯びた砲弾が飛んでくる。


闇魔弓矢ダークアロー

「では、こちらも行くぞ!追跡雷電ストーキングサンダー!」

「『召喚サーモン隕石メテオ』!」


 俺がアルティーユの攻撃を相殺している間に、ディアルとガルドが追撃する。


 たった三人しか居ないというのに、恐ろしいほど良くできた連携プレイだった。


 俺以外の攻撃は、絶対防御パーフェクトシールドによって阻まれてしまった。対抗手段を持っているリーダーたちは休憩所にいて、今は呼んでくることはできない。そして、守りに回ってしまうと押し切られる。


 状況を頭の中で整理していく。攻撃が届くのは俺だけだ。だから俺が攻撃に専念す……


 ……だが攻撃に回ってしまうと、守れたはずの命が、失われる。


「……っ……」


 攻撃をしようとしたが、手が止まった。遅れて出てきたデメリット。攻撃に専念すると、戦力を失い、仲間を失う。


 最悪だった。


 「守れる保証は無い」とは言ったものの、やはり守れるものは守りたい。そして、戦力は多いに越したことはない。俺は、冷酷になりきれていなかった。そして、戦いというものの恐ろしさを知らなかった。


 八方塞がりだった。


 

俺がどっちに転ぼうと相手が有利なのは変わらない。そして、この状況を変えるには、相手があまりに強大だ。


 集中攻撃を一度で無効化する生誕神、当たれば即戦闘不能になるかもしれない火力を持つ破壊神、天候を自在に操る天候神……。


 防御から攻撃に転換するのも、このメンバーだと不可能に近い。完全に、詰んでいた。


 攻撃に徹する手段は無いのか? 何か、良い策があるはず……。


 急いで思考を巡らすも、あまり考える暇も無く、無数の隕石と雷電がこちらに向かってきた。


 ……時間は無い。守りに回らざるを得ない、か……。


「『反抗カウンター――……』」


 俺は片手を上げ、結界を──


元素防御オリジンシールド――!」

「!」


 俺が結界を張るよりも速く、防御シールドが張り巡らされた。


 声のした方向を振り向くと、そこには両手を広げた格好のリリーさん。


 バリッ、バリバリと音を立て、隕石と雷が防御される。無傷。


 リリーさんはすぐにシールドを解除し、焦ったように後ろを振り返る。


「皆さん、ご無事ですか!?」


 ……見つけた。俺が攻撃に徹する方法が、ある。


 誰も怪我をしていないことを確認し、安堵の表情を浮かべているリリーさん。変換恩恵ベネフィーションでも負担を背負わせてしまっているから申し訳ないが、治療部隊に聖職者の人員は割いてしまっている。


 迷っている時間は無い。


 俺は迷いを振り払うように弓を握り直した。


 ……リーダーとして、頼まれてもらおう。


「リリーさん、防御は任せた!」


 俺はそう言うと同時に五大神の下に走りだした。


 ごめんね。負担は大きいけど……。


 リリーさんは、少しだけ驚いた表情をしたあと「はい……!」と、はっきり返事をした。





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