第25話【準備を/リリーside】

 時は、少し前に遡り、教会付近。私たちは戦場に向かって走っていた。


 転移ワープで移動することもできるが、到着した途端被弾……なんてこともあるため、時間はかかるが走っているのだ。


 シンボルである城が見えてきた。もうすぐ戦場に着く。


 ……そんなときだった。


「あ」


 リアムさんが立ち止まった。私も急ブレーキをかけ、立ち止まる。


「どうされましたか……?」


 罠でも張ってあるのだろうか。そう考え周囲に意識を向けるも、周囲には建物があるだけで、特に変わった点は無い。


 ……どうしたのだろう。


「リリーさん、今、何時?」

「え?」


 唐突な質問に、困惑する。何が言いたいのだろう。そう思いつつ返答する。


「現在は九時。開戦から一時間と三十分です」

「そっか」


 淡々とした返事と共に、リアムさんはこちらを振り向く。私の目を見つめ、無機質な声で言った。


「寄り道、してもいい?」


✞✞✞


 転移ワープを使い、守護・治癒部隊がいる村の近くに到着する。


「あの、ここに何の用が……?」


 私はここに来た理由がイマイチわからず、リアムさんに真意を訊いた。


 情報伝達はここでなくても出来るし、結界が弱まっている訳でもなかったからだ。思考を巡らせてもそれらしき答えは見つからず、ただ疑問符が飛ぶばかり。


 リアムさんは歩きながら、


「準備」


とだけ言った。


 ……準備?


 何か、用意しなければならない物はあっただろうか。不足があったなら、大問題だ。リアムさんが発したその言葉に、ますます目的がわからなくなる。


 リアムさんは終始無言で前を歩き、それ以上何も言わなかった。


 数分して、避難所となっている村に到着した。


「え!? なんで、リアムさんが!!?」

「ど、どど、どうしたんすか!!」

「緊急!? 大変! どうしましょう!?」


 途端、各部隊の人々や国民が、驚いたようにリアムさんを見た。


 ……まぁ、それも無理はない。リアムさんの顔と名前、そして強さは、国中に知れ渡っているからだ。


 リアムさんは皆に「聞いて」と言い、遠くまで聞こえる声で言った。


「俺はここに、休憩所を作りに来た。冒険者とはいえ、何時間も続けて戦うのは不可能だ。……協力して欲しい」


「「「!!?」」」


 少なくとも、ここ五百年は戦いが起きていない。必然的に、長期戦を経験したことがある者は別の国の戦争に参戦したとか、五百年以上生きているエルフだとか、ごく一部の者だけになる。


 ……その発想があったか。


 休憩所を作るなんて考え、私には全く無かった。


 経験値の差がここで垣間見えた気がした。


「まぁ、協力するけどな! だろ? 皆!!」

「「「おう!」」」

「「「もちろん!」」」


 急な協力要請にも関わらず、国民は以外にも協力的だ。内心ほっとする反面、リアムさんのカリスマに圧倒された。


 リアムさんは皆が見える位置に移動し、説明を始めた。


「まずは、物資の確保をしたい。今回必要な物は……そうだな……」


 リアムさんが、じっと考え込む。私も今回必要な物を考えてみた。


 何時間も続けて戦うということ、休憩所であるということ。そして、負傷者も来るということ。そこから考えられる物資は……


「食料と、水。あとは……簡易的なベッドですかね……?」


 私がそう言うと、リアムさんは私の方を振り向いて、


「そうだね。……皆、少し待ってて」


 と言った。リアムさんが、私の方に近寄ってくる。


「リリーさん、お願いなんだけど」

「何でしょう……?」

「物資供給の魔法を創れないかな」

「え」


「そう来るか」といった感じだった。確かに、食料や水には限りがあるし、外国からの援助も望めない。何かしらの形で物資を調達しなければいけないのは理解していた。


でも、だからといって、魔法を創るという提案が来るとは思ってもいなかった。


リアムさんは更に続ける。


「俺にかけた魔法って、既存の魔法じゃ無いでしょ?」


「はい……」


 その通りだ。


「じゃあ、大丈夫。リリーさんには魔法を創る才能がある」


 きっぱりと宣言されてしまった。


 そうだと思ったことは、一度も無い。それに、上手く出来なかったら……なんて不安もある。が、リアムさんはこの後の主要戦力。


 そうとなれば、やることはただ一つ。


「……わかりました。私が創ります……!」


 リアムさんは柔らかく微笑み、「ありがとう」と言って説明を再開した。


 必要な物を伝達した後、休憩所は驚くほど早いスピードで作られていった。


 この村にある毛布やイス、ベッドなどを持ち寄りリアムさんや治癒・守護部隊の『物質変換マテリアンジ』で望む形に形成。薬や最低限必要な物は、村にあるものを調合・加工すればどうにかなるようだ。


 一方私はというと……。


「変換率を重視すると詠唱は……。いや、でも制約が……あれ? なんか既視感が……」


 悩んでいた。すごく、すごく悩んでいた。


 元々、魔法を創るということ自体が至難の業なのだが、物質変換系の魔法は更に難しいのだ。魔力を物質に変換するとき考えなければいけないのは、「制約」と「魔力変換率」だ。

 魔力で矢を形成するという技は射手が行っているが、あれは魔法で量産しているのではなく、何本かずつ射手が創っているから出来ているものなのだ。


 大量生産・大量消費の飲食物となると、そう簡単にはいかない。


「リリーさん」


 向こうが一段落したのか、リアムさんが私に声をかけてくる。


「……悩んでる?」

「はい……」

「あっちはほとんど終わったから、手伝うよ。何に悩んでるの?」

「えっと……「魔力変換率」と「制約」の両立が難しくて……」

「ああ。……じゃあ……」


 リアムさんは顎に手を当てて黙り込んだ。しかし、それもほんの数秒足らず。すぐに顔を上げ、提案をした。


「制約を厳しくして、魔力変換率を高くして。制約は……そうだな……」


 私をじっと見て、それから言った。


「『術者の心が折れたら供給を止める』でいこう」

「え……?」


 心を制約に使うなんて聞いたことがない。ましてや術者のみだなんて、前代未聞だ。それに……


「……じゅ、術者って私ですけど!!?」

「うん」

「『うん』って、そんな、無理です! 私のメンタルが戦況を左右しかねません!!」


 リアムさんは、「そうだけど?」というように首を傾げた。リアムさんの提案は、魔力変換率を九十五パーセントまで高めることができる。それはとても魅力的だ。が、さすがに制約が危うすぎた。


 私には無理だ。


 ……申し訳無いが、拒否させていただこう。


 そう思ってリアムさんの方を見ると、


「リリーさん」


リアムさんが静かに私の名前を呼んだ。


「……はい」


「リリーさんは、リリーさんが思っているよりも、強い心を持ってるよ」


「……そう、でしょうか……」


「そうだよ。たぶん、俺なんかよりも、強い」


 それは、ステラさんの調和の不具合に対して、「大丈夫。俺が守るから」と言ったときのような、美しい強さを秘めた瞳だった。その凛とした美しい強さに、拒否することもはばかられる。


 そして何より──


「そ、それは無いと思いますが……」

「大丈夫。リリーさんは、絶対に折れない。……俺が、保証する」


 残響する「大丈夫」という言葉に、リアムさんの想いを見つけた。

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