第23話【覚悟を決めるもの/Noside】

「……むぅ……」


 高級そうな執務机に肘を置き、王である彼は悩んでいた。白髪碧眼の彼の名はルドルフ。光の国シャミスの政治を執り行う、この国の国王だ。


 ここは、戦場であるレイクティアから五キロリーテルほど離れた場所にある緊急対策用の城。宮殿はレイクティアにあるのだが、五大神の襲撃によりその場所が危険になったため全員避難してきたのだ。


「どうされましたか、国王陛下」


 ルドルフの背後から声が掛かる。ルドルフが後ろを振り向くと、そこには側近のシュヴァルトがいた。


「おお、シュヴァルトか……。いや、実はだな……この戦いの全貌が見えてきたのだ」


 ルドルフはちらりとシュヴァルトを見て、話し始めた。


「どうやら敵は……神、しかも五大神だそうだ」

「……五大神、ですか?」


 シュヴァルトは、わからないといった風に聞き返した。


「うむ。この世界の主要権能を保有する五人の神のことをそう言うのだ。破壊神、創造神、生誕神、天候神、豊穣神の五人を指すのだが、どうやら、この国を滅ぼそうとしているようでなぁ……」


 ルドルフは立ち上がり、側にある窓から景色を見た。更に続ける。


「冒険者と神々とが戦っているのだ。本来、あり得ないことであろう?シュヴァルト」

「はい、その通りです」


 ルドルフはゆっくりとシュヴァルトの方を振り向き、シュヴァルトの目をじっと見つめた。


「そこで、お前に問いたいのだ」


「……何でしょう?」


 ルドルフの気迫に、シュヴァルトは一拍おいて返事をした。ルドルフは、いや、ルドルフ王は、老いたその双眸に深い悲しみを滲ませ、ゆっくりとシュヴァルトに問いかける。


「神々は、何を救いに来た? 何のために、戦火をもたらした?」


 ルドルフが目を瞑り、再度開いた。


「お前はどう考える」


「っ……それは……」


 すぐには、答えられなかった。いや、答えが見つからなかった。


 「救いが目的ではない」「我々にはわからぬ深いお考えが……」などといった言葉は、次から次へと浮かんでくる。


 だがシュヴァルトは、国王が求めているのがそれでは無いということもわかっていた。


「……これは、あくまで私の考えなのですが……」


 保険をかけて、前置きをする。彼……シュヴァルトが出した結論はあまりに滑稽なもので、この前置きが無ければただのお伽噺になってしまいそうだったのだ。


「構わぬ。教えてくれ」

「はい」


 思考を整理するように、ゆっくりと瞬きを一回。姿勢を正し、国王に向き直る。


「神々は……潮時だと、そう感じたのでは無いでしょうか? 『審判のときだ』、そう神は言っていました。それはつまり……我々は、何か大きな──」


 そこで言葉は止められた。ルドルフが、「もう良い」という風にシュヴァルトに掌を向けたのだ。


「そこまでで良い。よくぞ、そこまで言ってくれた」

「陛下……」


 ルドルフなりの気遣いだった。


 シュヴァルトが言おうと決心したことは、この国の、そして国王のこれまでを否定することだったからだ。


 側近である彼がそれを言うのは、なかなか心苦しいだろう。


 ルドルフは頷く代わりにそっと目を伏せ、悲しげに一言呟いた。


「……余は、間違っていたのか? どこかで道を間違えてしまったのか? 国民の幸せを考え、必死にやってきたつもりだった。……しかし、結果はこうだ」


「いえっ、決してそういう訳では……」


 シュヴァルトは、少し焦ったようにフォローに走る。が、その言葉も途中で止められた。


 ……光が差し込んでいた。


 その光は朝の陽光ではなく、戦いによって生じた光だ。煌々と明るく輝くそれは、皮肉にもルドルフ王を後ろから照らしていた。

 シュヴァルトはそれを見て、言葉の続きを紡ぐことが出来なくなってしまった。


 事実が、覆らない事実がそこにはあった。


「っ……」

「もう良いのだ。シュヴァルト」


 ルドルフ王は、皮肉な光に照らされても尚、一人穏やかに笑っていた。凛々しさと憂いと優しさ帯びた、紛れもない、国王の顔だ。


「我らはやり直さなければなるまい。冒険者たちがこの戦に勝ち、全てが再び歩み出すとき、映し出されたその景色を共に見るのだ。……それが今、我ら王族にできる、たった一つの償いだろう?」


 冒険者、王族、そして国民。


 立場が違えば当然、やらなければならないことも違ってくる。国王は、魔法陣を一つ創りあげた。虹色に輝く、王の魔法だ。


 バンっと窓が開け放たれた。


「ならばこの国の王として、やれることをやろうではないか。『契約コントラクト・絶対勝利』」


 それは、国王が生涯に一度だけ使える魔法……『契約魔法』だった。


 契約魔法は、その事象を起こすために国王の戦力を最適かつ絶大な力に変える奇跡の魔法。そして、もしその事象が起きなかった場合、「契約した王は命を落とす」という禁忌の魔法だ。


 軽い覚悟で使える魔法ではなかった。


 しかし、ルドルフはその魔法を使った。ルドルフはもう覚悟を固めていた。


 魔法がゆっくりと起動を始める。膨大な量の魔力と光が、開け放たれた窓を通して外へ出ていく。


「任せるぞ、冒険者……」


 ルドルフは戦場を見て呟いた。


《開戦から約一時間半》

死者:十七名

重症者:ゼロ

覚悟:あり

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