第22話【希望を繋ぐもの/Noside】

 聖愛大戦の開戦から約一時間半……。国民は不安な時間を過ごしていた。


「さっきから爆音や声が聞こえるけど……戦況はどうなっているのかしら?」


 堪えていたものを吐き出すように、一人の女性が思いを吐露する。が、その問いかけに答えるものは誰も居ない。聞いていないのか、聞こえていないのか……皆、静かに押し黙っている。


 その顔には、隠しきれぬ不安がはっきりと表れていた。


「だ、大丈夫ですよ、皆さん! 僕たち「守護部隊」が皆さんをお守りしますから!」


 守護部隊のメンバーの一人が気を利かせてそう言うが、国民はそれでも尚不安そうな顔をしている。理由は簡単。これが大戦経験だからだ。


 平和ボケしたこの国に、戦いに対する耐性を持つ者はほぼ居ない。

 自分たちはこれで良いのか……。こういう時にどうすれば良いのか……。


 その問いに答えられるものなんて、ここには誰一人居なかった。


「それに、戦況はやや優勢! ほら見て、ステラさんが戦ってる! ……大丈夫、きっと勝てるわ!」


 皆の不安を払拭しようと、女性の隊員が画面を指さす。


 が、リリーが残した戦場と避難所とを繋ぐ魔法陣。そこから表示される映像は、人々に「戦いが行われている」という事実を突きつけるだけだった。


 気丈に振る舞う「守護部隊」一同。しかし、気丈に振る舞うその瞳には、弱冠の不安が見て取れた。


「……「治療部隊」もなんか言ってくださいよ!?」


 先程から何も言わない治療部隊のメンバーに、守護部隊の一人が声をかけた。声をかけられた彼は、民家の壁に寄りかかるようにして虚空を見つめていた。


「ん? ……ああ、すまん。考え事をしてたんだ」

「考え事?」

「あぁ……え……と、だなぁ……」


 考え事をしていたという彼は、守護部隊のメンバーに聞き返され、少しだけ言い淀み視線を逸らした。が、ふぅぅと深く息を吐き出し、聞き返したメンバーの目を見つめた。


「負傷者が全くこっちに来ないってのは、おかしくねぇかって考えてたんだ」

「それはっ……」


 治療部隊の彼が考えていたことは、ここにいる冒険者全員が感じていたであろう違和感だった。


 負傷して戦えなくなった者はこちらに転移ワープしてくるという約束だったにも関わらず、開戦から約一時間半、誰も転移ワープしてこない。


 彼が感じた疑問は、当然の疑問だった。


「そう……ですよね。誰も負傷しないなんて、ありえませんよね……」

「ああ……もう、終わりなのか……」


 この二人の会話を聞いていた国民は、やはりという落胆の色や、もう終わりだといった絶望の色を見せた。せっかく人々を安心させようとしたのに、これでは状況は悪くなる一方だ。


 この回答は、聞かなかった方が良かったのかもしれない。


「……なぁ、やっぱり……負傷者は……もう……」


「死んでるんじゃねぇか?」その言葉を紡ぐのは、あまりに残酷だった。が、多くの人々は察してしまった。負傷者という括りに入れず、死んでしまった者が居ることを。


「……………」


 皆、沈痛な表情で押し黙ってしまう。希望を紡ぐことすら無意味なほどの説得力。それだけ、敵は強大であった。


 「五大神」というたった五人の敵なのに、人々はそれに敵わない。


 ……だがそれでも、希望を紡ぐのなら。


「……少し、良いかのう……?」


 一人の老父が口を開いた。白く長い髭を生やした、いかにも長老といった感じの老父だ。皆の視線が彼に集まる。


 彼は皆に見えるように前に出て、個人個人の目を見て言葉を発した。


「わしはもう年だからのう……? 記憶違いかもしれぬが、聞いてほしいんじゃ」


 そう前置きをして、彼は続けた。


「遥か遠い昔……といっても五百年前、魔族と人間が争った大戦があった。その大戦は、圧倒的に人間側が劣勢な戦で、誰もが諦め死を覚悟する、そんな戦だったという……。じゃが、その中にも、今回のように諦めないものが居たのだとも言われておる……。後に英雄と称えられた青年は、大戦のとき、こう言ったそうじゃ」


 老父は一呼吸おき、英雄と言われた青年の言葉を皆に伝えた。


「『まだ負けていない。お前たちは勘違いをしている。お前たちの敵はこれだけか? 俺たちを治療する者は、全員ここに居るのか? そして……』」


 彼は、英雄は静かに問いかける。


「『聞こえているのは……悲鳴か?』と……『遠距離欲聴ファリースン』」


 ザッという音が聞こえそうなほどの勢いで、皆が戦場の方を向いた。薄橙の魔法陣が、途切れ途切れに音を届ける。


 彼のかけた魔法で聞こえてくる、今を届ける戦場の音。


『「くっ……ディアル、変わってください!」……ザザ……「……そうだな。こちらも相性が……」……ジジ……「『一点集中・貫通矢ライズアロー!』対戦相手の変更なんて……」』


 国民の目が、驚きと喜びに塗り変わっていく。


 つい一時間ほど前、聖女に声援を送ったのは、自分たちではないか。傷の手当を手伝うと言ったのも、自分たちではないか。


 暫くすると、国民は彼の言葉の続きを欲するように、彼の方を向いた。


「……これは、わしの考えだ。信じようと信じまいと、どちらでも良いがのぅ……」


 伸びた髭を少し触り、優しい顔で、彼は言った。


「もしかしたら、誰も戦えなくなってなど……いないかもしれぬぞ……?」


《開戦から約一時間半》

死者:十七名

重症者:ゼロ

希望:あり

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