第19話【想い/リリーside】


「俺はっ……倒れてるんじゃ、な……くて……」


 その一言で全て察した。リアムさんにかけられている魔法が何なのか、なぜ「来るな」と言ったのか。……そして、これから何が起こるのか。


「っ!?待って、止まって!!」


 皆が、死んでしまう。そう思ったときには、もう口走っていた。だが、真っ直ぐに駆ける人たちに、私の声は届かなかった。彼らが止まる気配は無い。


 刹那、先頭の十六人はぐしゃっという鈍い音を立てて潰れてしまった。


 無惨で暴力的な血飛沫があがる。


「うあああああああああっ!!!?」


 それを見てようやく、後ろに続いていた冒険者たちが立ち止まった。


「なんだ!!? つ、潰れたぞ!?」

「『来るな』って、そういうことだったの!!?」

「あぁ……駄目だ。あれじゃぁもう、助からねぇ……」


 突然の出来事にどよめく冒険者たち。目の前での十六人の死に、恐怖を叫ぶ者もいる。

 それは、私も同じだった。私の手がふるふると震えだす。


 指示を、指示を出さないと。


 そう頭では思っていても、恐怖で全く声が出ない。

 怖い。守れなかった。人が死んだ。怖い怖い怖い……


「……ぁ……」


 やっと出した声は、か細い、無意味な声だった。


 自分がもっと早く気づいていれば……。


 私は自責の念に囚われ、まともな思考が出来なくなっていた。


 断片的な思考が駆け巡る。

 怖い、逃げたいといった率直な思いと、戦わなくちゃという想い。入り乱れ駆け巡るそれは、決して焦点を結ばない。身体は硬直し、呼吸は浅い。目の前の光景に意識が奪われ、ただ呆然と立ち尽くした。


 が、心と体を切り離されてしまったような私の視界に、うつ伏せで倒れる人影が入った。


潰れていない、生きた人――……リアムさんだった。


「あ」


 今度は意味のある声が零れた。


 生きている。リアムさんはまだ、生きている。私たちにはまだ、守るものがある。


 冷たい水を頭からかけられたかのような衝撃が走った。


 ……彼らは戦おうとして散っていったが、私はまだ、戦ってすらいない。今、守れるものを守らなければ。彼らの死は――


「っ、皆さん! 私に続いて唱えてください!!」


 無駄にはしない。


 魔法陣を展開しつつ、後ろにいる冒険者たちに声をかけた。

 どよめき仲間の死の責任について言い争っていた冒険者たちがこちらを向いた。顔を見合わせ、やがてしっかりと頷き合った。


「任せろ!」

「力を貸す」

「いつでもいいよっ!」


 前向きな言葉に、本当にいい仲間を持ったなと改めて感じた。私は自分でもわからないくらいほんのりと笑い、リアムさんの方に向き直る。


「『聖愛ホーリー重力軽減テディグラビティ・六十倍』!」

「「「『聖愛ホーリー重力軽減テディグラビティ・六十倍』!!!」」」」


 これは、聖女しか使えない「聖愛魔法」と呼ばれる魔法だ。本来の魔法の呪文の前に聖愛ホーリーとつけるだけなのだが、教会と契約した聖女しか使えない、そんな、特別な魔法だ。


 ……本来なら。


 パァァァァッと、魔法陣から眩い光が迸った。その光はリアムさんを中心とした半径五リーテルに降り注ぎ、ゆっくりと、しかし確実に、豊穣神の重力増幅デディグラビティを解いていった。


 私一人の力じゃ神の魔法を解くことはおろか、この魔法を起動させることも出来ないはずだった。が、私は聖愛魔法のに則り、魔法の解除を試みたのだ。


 そして、これは紛れもなく成功だ。


 デディケイトは「ええええっ!!?」と驚きの声をあげ、その後に私の方を見た。


「何で!!? え、君、これ解いたよね!!? リアムが最強の冒険者じゃなかったの!!? そもそもこれ、人間に解けるものなの!!?」


 まくしたてるようにそう言い、私の方をびしっと指差す。そして興奮したように続けざまに言った。


「君、名前なんて言うの!!? それと、どうやってこれを解いたの!!?」


「私はリリー・アンジュです。解いた方法は――……魔法です」


 当たり障りのないところだけ静かに答え、豊穣神デディケイトを見た。デディケイトは、「そんな魔法あったっけ……いやでも……」と呟いている。


 デディケイトが驚いたのも無理はないと思う。たった一人の人間が創った魔法陣で、この世界の理を操る神に対抗するのは至難の業。それも、同じ理ともなると更に困難だからだ。デディケイトが解除されないと考えるのは、当然のことだった。


 が、豊穣神はそれが聖愛魔法なら可能だということを知らなかったのだ。


 聖女しか使えない魔法である、聖愛魔法の本質、ルーツは「想いの集約」。皆が息を合わせて詠唱することで、想いを集約し大きな力を生み出す。


 それが聖愛魔法の原点であり、聖女しか使えない魔法の特異性だということを。


「リアムさんっ!」


 ステラさんがリアムさんに駆け寄るのが見えた。重力増幅デディグラビティを解除したことで、ステラさんが近づけるようになったのだ。

 リアムさんの横に膝をつき、何度か身体を揺すり声をかける。が、


「リアムさんっ! 起きて! 起きてよっ!!」


 リアムさんは意識を失ったまま。意識を失った最強の冒険者は、戦っているときには見せない弱さと儚さを堪え、ぐったりと地面に倒れ込んでいた。

 透き通るような白い肌がこの時ばかりは頼りなく、声をかけるステラさんの不安を煽った。


 そして。作戦の邪魔になる存在が意識を失っている、そのことを五大神が見逃すはずも無かった。


「先程からなかなか面白いですわ。でも……」


 追い打ちをかけるように、黙って見物していた創造神がふわりと微笑んだ。こちらに言葉を投げかけつつ上品な所作で軽やかに魔法陣を構築する。すっと創造神がかざした手は、まっすぐにリアムさんに向いていた。


 魔法陣から神々しい光が溢れ出す。


「そのリアムという冒険者……私たちの計画には邪魔ですの。『神聖光魔砲ホーリー・フィリンフィア』」


 無慈悲な砲撃がリアムさんに迫る――


「させるか! 創造神戦闘部隊!」

「「「おう! 『純真闇魔斬ピュア・ダークソード』ォォォォ!!!」」」


 それよりも速く、創造神戦闘部隊が飛び出し応戦した。

 闇を纏い、大剣が暗く煌めく。縦に一振り。


 ザンッ


 純真闇魔斬ピュア・ダークソード神聖光魔砲ホーリー・フィリンフィアを迎え撃った。こちらに迫ろうとしていた神聖光魔砲ホーリー・フィリンフィアが、ボロボロと空中で崩壊する。


「そんなっ!?」

「「「やったぜえええええええええ!!!」」」


 創造神が驚き、口に手をあてた。創造神はあっけにとられたように、崩壊する魔砲を見つめている。リアムさん含め、こちら側は全員無傷。


 私はその様子を見て、とある仮説を立てていた。


 ……もしかしたら、五代神は実は――……


「創造神フィリア。私はステラ・ルーカス」


 ふいに、ステラさんがリアムさんを他の人に預け、五大神の前に歩み出た。堂々と歩み出たその瞳には、揺らがない、確固たる決意が表れていた。


 ステラさんがゆっくりと言葉を紡いでいく。


「私たちは、この国を守るために団結しました」


 一度創造神と視線を交えた後、目の前の虚空に手を伸ばす。そこに何かがあるかのように、愛しいものを撫でるように。優しく、一門の魔法陣を描いていく。


「ええ、そうですわね」


 対する創造神は、微笑を絶やさず穏やかに答える。そして続けざまに、ステラさんに訊いた。


「でも、だから何だって言うんですの? ……あなた達が、五大神に勝てるとでも言いたいんですの?」


 ステラさんは伸ばした右手で、一本の細い矢を形成していく。


「そうよ」


 深緑の、細い、細い矢だ。創造神は気づかない。


「ふふっ、おめでたい頭ですのね、この国の方々は。……あなたたちは全く何も──……」


「何もわかっていないのはそっちよ」


「何ですって?」


 ステラさんと創造神の対話中、五大神は誰一人行動を起こさなかった。対話を見守る五大神の瞳には僅かな驚きが滲んでいるようで、言葉の続きを望んでいるようにも見えた。


 ステラさんは、矢を形成し終わると同時に言った。


「私たち人間は、絶対に負けない。何千年も繰り返される歴史の中でそれが無かったんだとしても、人の本当の力は、神をも超えるの!」


 パシュっという音と共に、無詠唱で矢が放たれる。魔法陣から矢が放たれると同時に、ふわりとバラの花びらが舞った。


 この世界で技の詠唱は、原文、略文、技名、無詠唱の四つに分けられる。原文が最も強い効果を発揮し、無詠唱が最も弱い。そして、ステラさんが行ったのは最も弱い無詠唱だ。しかし……


「ふふふっ、そのリアムという冒険者も、そんなことをほざいていましたわね! でも――っ……ぁ!?」


 この技は、その限りでは無い。


 ステラさんが放った薔薇弓矢ローズアローは、穿ったところから相手を拘束するという「絶対効果」を持ち合わせているからだ。


「な、何ですのっ!? こんなことが人間にっ……!?」


 ヒュルッと薔薇の棘が腕を伸ばし、創造神を縛る鎖となっていく。

 創造神の背後に異次元へのゲートが出現した。それは、鎖に巻かれた彼女をを吸い込もうと、暗い異次元への扉を開いた。


 ゴゴゴ、と大気が振動する。


「あっ……そんなっ、ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「……ほらね? しばらく大人しくしてて」


 創造神は異次元に飛ばされ、ステラさんは、ニコリと笑った。


 神と人間にあった上下関係は、ただの油断にしかならなかったのだ。


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