第17話【デディケイトの遊戯/リアムside】
視覚で捉えたわけでは無かった。無意識レベルの反射神経で、間一髪、右に避ける。遠くでガシャン、と何かが壊れる音がした。
振り向くと、ギリギリ原型を留めていた建物に焦げたような穴が空いていた。
天候神の魔法で、支えていた柱が折れたようだ。
この距離で、この威力か……。
俺が壊れた建物に視線を向けていると、天候神ガルドが感心したように言った。
「ふむ、
「ちょ、ガルド!! 待って待って! 僕もあいつとやりたい!! なあガルド、後ででいいだろ!? もう一回やったんだしさぁ!」
「あ!? いや…………まぁ、いいだろう……」
ガルドは次を試そうと片手を伸ばすが、豊穣神デディケイトがそれに乱入した。
どうやら、順番に俺に攻撃を仕掛けるようだ。こうやって一人ずつ自己紹介をしてくれるのなら、俺にとっても都合がいい。魔力の回復も体力の温存もできるからだ。
……しかし、あれで
俺は、ハッキリとそう自覚した。今までは立ち回りや技の選択などの戦闘技術で互角に渡り合ってこれていたが、神々との戦力差が無くなった訳では無い。あくまで戦力差を技術で埋めていただけに過ぎなかったのだ。
たった今俺は、気づかないようにしてきたその事実に気づいてしまった。否、気づかされてしまった。
……現実と向き合ってしまったが最後、もう後戻りは出来なくなるというのに。
途端、これまで感じてこなかった嫌な気配が、ねっとりと俺の周囲一帯を支配した。現実と向き合うことで生まれたそれが、戦う俺に牙を剥く。
(わかってるんでしょ? 勝てないって)
(まだ、逃げる力は残ってるよね?)
(戦わなくても、結果は一緒よ)
(うるさい……俺は……俺は……)
暗く、不快なこの気配は、死への恐怖か、失うことへの恐怖か──……。
「ね、君、なんて名前なの!?」
「っ……!」
その言葉で、俺の意識が再び目の前の神々に向いた。
「……俺はリアム。リアム・ルーカスだ」
名を名乗り、心の中で「何をしてるんだ」と自分を叱咤する。
……危なかった。今まで何度も味わってきたはずの恐怖に、一瞬にして呑まれてしまっていた。……大丈夫、大丈夫だ。落ち着け。冷静になれ。
気を持ち直し再び神々を見据えると、俺の返答に満足したような顔のデディケイトが言葉を発した。
「そっか! リアム、僕はデディケイト。よろしく! じゃあお手並み拝見させて貰うね! 『
デディケイトは早口で自己紹介をし、すぐに魔法を起動した。構える暇も無く、ズシリとした重圧が俺に襲いかかった。
……重力系の魔法か。
俺は自分の攻撃力を抵抗力に変えそれに抗い、毅然と上空に立つデディケイトを見据えた。俺にはなんの影響も無い。
「おお……! すごい、すごいよリアム!」
デディケイトは目を輝かせて驚喜し、ぱちぱちと数回拍手をした。
豊穣神は精神的に幼いのか、感情の起伏がとてもわかりやすい。心の底から喜びを表現し、好奇心をその目に宿す。
そんなある意味危険な神は、とてもリリーさんから聞かされた、優しさと厳しさを兼ね備えた豊穣神には見えなかった。
急に、デディケイトの目が何かを思いついたかのように輝いた。
……何か、来る。
俺が直感でそう思うのと同時に、デディケイトが魔法陣に手をかざした。
「あ! じゃあさ、これはどう!!? 『
魔法陣の重力値が書き換わり、一気に重力が増幅していく。唸るような重低音を響かせ、一瞬で周囲の重力が三十倍になった。
先程と同様に対処するが、それを超えて襲いかかる重圧に、ガクリと片膝をつく。
「っ……」
だがデディケイトは、相変わらず目を輝かせて俺をまっすぐ見つめている。
何に対して輝いているのかは全くわからなかったが、俺も重力が三十倍になろうと変わらずデディケイトを見据えている。
視線を下げるほどの重力では無いし、相手を視界の外に置くのは死への危険を高めるだけだからだ。
デディケイトが俺を見て困ったように眉を下げた。
「あはははは、ごめんごめん、やりすぎちゃった!! 反省してる! 三十とかっ、一気に増やしすぎだわっ、あははははっ!!」
わっと破顔してから潔く謝り、デディケイトは一人で爆笑した。笑って笑ってひとしきり笑った後、その目が悍しく怪しいオーラを帯びた。
「……でもさぁ……僕、もう少し上げてみたくなっちゃった……♡ いいかなぁ? ……大丈夫、一気に増やしたりはしないから……♡」
「っ!?」
身の危険を感じ、思わず息を呑んだ。
神がズレているというのは先程も感じたが、これはそのときの比ではない。この身に迫る危険に突き動かされ、無意識に俺は弓を握った。
危ない。こいつは、何かが違う。
俺の脳内に警鐘が鳴り響いた。
ビリビリと三十倍になった重力が俺を押さえつけ押し潰そうとするが、それに抗いずるずると弓を引き寄せた。
デディケイトがゆっくりと右手をかざし、魔法陣の重力値を書き換えていく。
「……えへへ……♡ 『
「っ、…………う………」
重力なんて言葉では形容できないほどの強大な力に、ついに体が傾いた。体を両手で支えてはいるが、今にも倒れてしまいそうだ。
俺は上からの重力に耐えるのに必死なのに、この魔法は俺にしか適用されないのか、周りの瓦礫や民家などは重力の影響下に無い。
だんだんと三十倍の重力に抗えなくなり、デディケイトを見据えることが出来なくなった。
早く、どうにかしなければ。起動しているあの魔法陣を壊せば——……
「……ふふふっ♡ ……あれぇ? リアム……。なんだか苦しそうだね……♡」
俺を見るのが快感と言わんばかりに、うっとりとした表情でデディケイトが言った。
俺はデディケイトが与える重力に耐え、打開策を考えつつ返答する。
「っ……何が……したいっ……」
が、上手く言葉を紡ぐことは出来なかった。しかし、デディケイトは途切れ途切れに返答する俺に満足したようにゆっくりと右手をあげた。
そうだ。矢をつがえられなくても、魔法陣から矢を打ち出せば壊せる。
「えぇ? 何がしたいって……『
「うっ!? ……くっ……あっ……!?」
「君が苦しむ姿を見たいんだよ♡ 『六十倍』」
「ああああああああっっっ!!!」
体を支えることも出来ないほどの圧力。構築していた魔法陣が弾け飛び、景色が一気に変化した。一瞬、意識が飛んだかもしれない。
気がついたら間近に地面があり、うつ伏せの状態で倒れていた。
僅かな抵抗すらできない重圧が、俺の身体に襲いかかる。
今にも押し潰されてしまいそうだが、まだ俺の身体はここにある。しかしそれは、俺がさっき変換した抵抗があるからであって、そう長くは持たない。
ミシミシと体が軋む音と、ビリビリという重低音だけが響いた。
このままでは危ない。頭ではそう思っても、体はピクリとも動かない。
「あははっ、いいよリアム〜!!!! 期待通りの弱り方だよぉ♡」
デディケイトはそんな俺を見て、先程よりもはしゃいでいる。
苦しむ人間を見て喜ぶ神……。デディケイトの異常者っぷりに、ゾクリと恐怖が駆け巡った。命を脅かされる恐怖を感じたのは、今日で一体何回目だろう。
他の神々は「この後どうするのか」といった感じで俺を見つめていて手出しはしてこなさそうだが、これはそれ以前の問題だった。
俺は両手足を地面に投げ出し、ぐったりとうつ伏せで倒れている。魔法陣を構築するほどの集中力も、抵抗力も、残っていなかった。
気道が圧迫され、くらりと一瞬目眩がした。
この後なんて、もう、無い。
デディケイトが言葉を発した。
「リアム、楽しませてくれてありがとう♡ 辛いでしょ?」
「っ…………ぁ……」
「あと二人との手合わせ、頑張ってね!!」
「…………あぁ………」
無理だ。
口では一応返事をしたが、どう考えても無理だった。だが、ハッキリと言葉を発することも、今の俺には出来なかった。
……この重圧はやがて、倒れた俺を押し潰すのだろう。
そうしたら、この神たちはどうするのか。それは容易に想像がついた。
意識を繋ぎ止めているだけで精一杯の俺には、それを止めることは出来ない。
守らなきゃいけないのに。俺が、皆を……。
心に対して、身体は全く動かない。無情にも創造神が、俺を標準とした魔法陣を構築し始めた。
「次は私がお相手させて頂きますわ。『
……ああ。俺は結局、何も守れないんだな。この国で一番戦力があっても、俺は誰一人守れない。
俺は死を覚悟し、残酷な未来を見ることしか出来なくなっていた。
ごめん、ステラ。そして——……
「っ! お待ちください、何者かが来ます!」
「「「!?」」」
「……っ……?」
「リアムさあああああああああん!!! 俺たちも力になるぜえええええええ!!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます