第11話【リアム・ルーカス:開戦】

 俺は自分の装備のランクアップをしに、シャミスのとある街に来ていた。


 レイクティアから三キロリーテルほど離れた場所にある鍛冶屋街の一角に、俺の行きつけの鍛冶屋がある。

 俺の行きつけの鍛冶屋はどっしりとした古めかしい木造の一戸建てで、店主がよく店の修理をしているような、古いお店だ。

 扉の前の看板を見る。描かれているのは、一つのスペードと、それを中心とした四枚の羽。営業中のサインだ。

 一応、中に人が居ることを確認し、扉に手をかける。

 扉を引くと、カランコロン、と軽いカウベルの音と共に


「おっ、リアムさんいらっしゃい!」


気さくな笑みを浮かべた店主のリドさんが、俺の方を見てニッと笑った。俺はぺこりと軽く会釈をし、店の端にあるソファに座った。

 ドワーフのリドさんは今日も年季の入った工具を片手に、忙しそうに動き回っている。


 「ちょっと待ってな!」と俺に声をかけてすぐ作業に入るくらいだから、かなり忙しいのだろう。

 ふと受注した武器が置いてあるスペースを見ると、十個ほど武器が並んでいるのが見えた。


 リドさんも大変だな……、今度この店の補修でもしてあげるか……などとぼんやり考えていると、作業が一段落したのか、相変わらず気さくな笑みを浮かべたリドさんがこちらに近づいて来た。

 立ち上がり、俺もリドさんの方に歩み寄る。


「待たせちまったな! 悪い悪い。で、今日はどうしたいんだ?」


 リドさんはバツが悪そうにポリポリと頭を掻き、俺に用件を訊いた。


「装備のランクアップをして欲しいです」


 俺は端的に用件を伝え、自分の弓を手渡した。リドさんは変わらない調子で笑いながら弓を受け取り、工房に俺を案内した。


「あいよっ! ……ていうか、もう素材集めたのか!?」

「はい」

「あっはっは! 流石シャミス1位の冒険者様だ!」

「ありがとうございます」


 コロコロと表情を変え、楽しそうにリドさんは作業を始めた。必要な水晶や薬草、鉄鉱石などは予備も含めてしっかり揃っている。慣れた手つきで材料を磨いたり調合したりし、数分で装備のランクアップが終了した。


「出来たよ!撃ってみな」

「はい」


 手渡された俺の弓は、ランクアップされ、より強力な装備となっていた。

 装備を装着し、店に備え付けてある的に標準を合わせた。バシュッという音と共に矢が飛んでいく。その矢は的の中心に深く突き刺さっていた。俺の矢は、以前よりも速く、より深いところに刺さるようになっていた。

 俺はその変化に感動するよりも先に驚いた。これが、ドワーフの鍛治技術か……と、毎度驚かされている。

 ザァッと、目の前に表れた数字が変化した。数字は62万になっていた。


「いつもありがとうございます」


 リドさんの方に向き直り、お礼を言う。

 リドさんはまた気さくに笑い「いや、こちらこそだ!」と、俺の方に皮袋を投げた。

 反射的にそれをキャッチしてゆっくりと皮袋を開くと、そこには丁寧に削られたハート型の黄水晶シトリンが二つ入っていた。


「いつもひいきにして貰ってるからな!」

「……ありがとうございます。代金は、置いておきます」


 微笑み、机に代金を置いた。


「あいよ! また何かあれば来いよ〜!」

「あ、あと」

 リドさんの声を背に店を出ようとしたが、言い忘れていたことを思い出し、扉の前でリドさんの方を振り向いた。

「お?」

なんだ、というように首を傾げるリドさんに一言だけ。

「今度、お店の修理に来ます」


 時刻は午前六時半過ぎ。鍛冶屋街を歩きながら、ぼんやりと考え事をする。

 今からステラのところに戻ったら、だいたい七時半くらいだろうか。せっかくだし、ステラが好んでいたクッキーでも買っていこうか。……高いけど。家に帰ったら……


「我等はこの世界を守りし五大神!」

「っ……」


 ゾクリとただならぬ気配を感じ、反射的にレイクティアの方向を振り向いた。そのただならぬ気配の源は城の上にあるようだ。自分よりも格上の相手が何か良からぬことをしようとしている、その事実に、俺はとっさに転移ワープした。


 転移ワープした先は、レイクティアまでは走っても三分はかかる距離にある集落だった。

 どうやらレイクティアの周辺一キロリーテルほどには転移を阻害する結界が張られているようで、一番近い転移拠点ワープポイントに転移先が変更されたらしい。

 ここからレイクティアまでは走って三分。五大神と名乗る気配の源は、三分も待ってくれないだろう。


「『風よ我を運び導け』」


 神疾風ウィンディスの魔法陣を構築し自分にかけ、移動速度を三倍にした。これでレイクティアまでの移動時間は一分。一刻も早く行かなければ。


 俺は風の力を借りて走り出した。


「……ステラ……リリーさん……」


 集落を抜け、畑を抜け、俺はただひたすらに走った。


 この後何が起きるかはわからない。しかし、絶対に何か悪いことが起きる。俺はその嫌な確信を胸に、レイクティアを目指しひた走った。

 途中、その嫌な確信を裏付けるように、

「うわぁ……この世界はもう終わりだ……。神が我々を殺すのだ……」

という絶望の声が聞こえてきた。


 ヒュンヒュンと風を切る音と共に、景色が後ろに流れていく。


「この世の光を信じし者よ、審判のときだ!」


 再びあの声が降ってきた。ピリリとした魔力の強まりを感じ、嫌な汗が流れ落ちる。全身を覆う重い殺気を振り払うように、俺は全力でレイクティアへ走った。

 あっという間にシンボルである城が現れ、ブウウウウウウンという重低音が聞こえるようになった。レイクティアに着いたのだ。

 上を見上げると、大きく禍々しい魔力の砲弾が、万物を滅ぼそうと暴れていた。 

 五大神と名乗った内の一人がニヤリと笑い、その禍々しい魔砲をこちらに放った。


「開戦だ。断罪審判闇魔砲ジャッジメント・ディアングル


 あれは……止められない。俺には無理な規模と威力だ。

 

 ……敵わない。


そうすぐにわかった。だが……


「俺には守りたいものがある。だから、無理でも止める」


 俺はしっかりと魔砲を見据え、自分の魔力を一点に集中させていく。ゆっくりと、確実に、あの魔砲に一番効くであろう技を作り上げ、先程ランクアップした弓につがえていく。


「『魔に属する者よ、我等の行く手を阻むものよ、神の祝福を受けし我が等しく穿つ。多重起動……神聖弓矢ホーリーアロー』!」


 原文詠唱した合計十の矢を、迫り来る禍々しい魔砲に向かって放った。風を切り突き刺さった十本の矢がガッ、ガ、ゴゴゴゴゴ……という音を立てて、魔砲を半壊させる。

 五大神の一人、恐らく破壊神が感心したように言葉を発した。


「……ほう、俺の魔砲を半壊させる者がいるとはな。だが……」

「これで終わりじゃ無い」


 多重起動に合わせての単体起動。破壊神が言葉を紡ぐより前に俺はラスト一本の矢を放つ。最後の矢は残り半分となった魔砲の中心を射抜き、魔砲の勢いを幾ばくか削いだ。

「俺ができるのは……これだけだ」

俺はぐっと唇を噛み締め、魔砲の行方を目で追った。奇跡を信じ、祈るような気持ちで迫る魔砲を見つめる。


 ステラ……リリーさん……守りきれなくて、ごめん。

 生きていて。


 ……お願いだから。


『レイクティアは焦土と化…………ザザッ……』


リアム・ルーカス:開戦

死者:?名

重症者:?




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