第9話【リリー・アンジュ:開戦】


「今日も、民を護ります」


 私がいつも通り魔力の一割を聖杯に注いだそのとき、突如その声は聞こえてきた。


「我等はこの世界を護りし五大神!」


 よく響く声だった。五大神を名乗る人物が、この国に拡声魔法で届けているようだった。

 唐突な神の登場に、一体何があったのかという疑問が湧き上がる。でも、私にはそれよりも知りたい疑問が一つあった。


「五大……神……?」


 五大神。それは、この世界を守護する神の頂点トップ……その気になれば、この世界を意のままにすることが出来る五人の神々のことだ。

 今しがた聞こえてきたそれは、恐らくあの五大神のことなのだろうと仮定する。


 ……そこで私が疑問に思ったのは「なぜ下界にいるのか」ということだ。


 本来ならば五大神に限らず多くの神々は天界におり、有事のときにしか下界に降りてこない。しかも五大神は、その中でも特別な有事のときにしか降りてこないと言われているのだ。過去に降りてきたのはおよそ五百年前の光魔大戦が最後で……。


「特別な……有事……」


 不吉な予感と殺気のようなものを感じ、私は教会を飛び出した。人の気配が無く閑散とした住宅街に、私の足音だけが響く。


「おいで、私の装備たち!」


 急いで全身の装備を整え、まっすぐレイクティアを目指す。全力で住宅街を走り抜けながら、私は天界と神についての情報が記されている書物「神天聖書」に書かれている五大神の情報を整理した——……


✞✞✞


 五大神は破壊神、創造神、天候神、生誕神、豊穣神の五人の総称であり、この世界を守護する神々の頂点に君臨する存在のことだ。


 破壊神ディアル 権能:破壊 得意属性:物理、火、魔

漆黒の髪に燃えるような赤い目を持つ男の神。五百年前の光魔大戦では人々を見境なく殺戮し尽くしたと言われる「無情なる神」だ。弱点は……


「無し。……攻略法も不明……」

攻略することがありませんようにと願うばかりだった。


 創造神フィリア 権能:創造 得意属性:光、治癒

金髪碧眼の女の神。世界を再構築し歴史をリセットすることができる「奇跡の神」だ。光魔大戦ではその権能で皆を癒やし導いたと言われている。弱点は……


「美しい心……」


 光魔対戦に関する書物には確かにそう書いてあった。が、それがどういう意味なのかはわからない。


 天候神ガルド 権能:操空 得意属性:雷

赤いメッシュの入った黒髪に緑と青のオッドアイを持ち、天候を自在に操る『躁鬱の神』だ。光魔大戦では戦況を左右するほどの大洪水や干ばつを引き起こしたと言われている。弱点は……


「無し……か……」

躁鬱というのが少し気になった。神の性格を表しているのだろうか。


 生誕神アルティーユ 権能:生命創造 得意属性:光、治癒

白い髪に青い瞳を持ち、教会が信仰する『輪廻の神』だ。光魔大戦では、大戦が終わるまで生命の輪廻を止めたと言われる、戦うことになれば最も脅威的な存在だ。その神の弱点は……


「ひ、光……?」


 得意属性と苦手属性の一致に、記憶違いかと錯覚する。が、書物に記載されていたのは光だったと記憶している。心のどこかにそれが引っかかった。が——


「この世の光を信じし者よ、審判の時だ!」


記憶整理をしていると、今度はより近くから声が聴こえた。見上げると、遥か上空に五大神の姿が見えた。


「あと少しで着く……!」


 あれが五大神か、という感覚はまるでなかった。先程感じた殺気や不安感、そして「審判」という言葉から連想される戦の始まり。そういった負の感情や想像が勝っていたのかもしれない。

 私はレイクティアまでの下り坂を駆け下りながら、再び情報整理を始めた。


 豊穣神デディケイト 権能:恩恵 得意属性:水、風、物理

茶色の髪に緑色の瞳を持つ男の神。優しさと厳しさを持ち合わせる『愛の神』だ。光魔大戦には不参加の為、これ以上の情報は無い。が、書物の端に「two face」と走り書きされていたような気がする。弱点は……


「毒」


 これで、五大神に関する情報整理は終わりだ。丁度、首都のレイクティアにも着いた。多くの人々が集まって、五大神がいる空を見上げていた。


 五大神は予想通りのことをしようとしているのだろうか?だとしたら動機は?リアムさんとステラさんはどこ?


私には………何ができる?


 レイクティアに着いたと同時に、次々と不安や疑問が浮かんできた。私はその心のざわめきを抑えるようにゆっくりと一つ深呼吸をした。


 今は神々の行動に意識を向けなければならない。私は、民を護る聖女なのだから。


 責任感で自信を鼓舞し、魔力が強まった空をしっかりと見上げた。破壊神ディアルの右手にある禍々しい魔砲が、戦の始まりを示唆するように暴れていた。破壊神が口を開いた。


「開戦だ。断罪審判闇魔砲ジャッジメント・ディアングル

「……っ!!」


 開戦という言葉を聞いて、予想が当たってしまったという絶望が襲う。が、破壊神ディアルは絶望する暇も与えぬというように、多くの人々が集まっている首都レイクティアに向けて魔砲を放った。

 破壊神ディアルが作り出したその魔砲が、ブウウウウウウンという重低音を響かせこちらに迫る。


「っ!?『光よ、この世界に力を!聖愛結界ホーリーシルディア』!!」


『レイクティアは焦土と化した』



リリー・アンジュ:開戦

死者:?名

重症者:?




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