第46話

翌日の朝


「理佳子おはよう!」


本田麻衣が理佳子に声をかけた。


「麻衣…昨日大変だった…」


「どうしたの?そんな疲れた顔して…」


「昨日の帰り、飯田君と帰ってたら…突然狭い路地に引っ張られて…強引にキスされそうになっちゃった…」


「え?で、どうしたの?」


「それが…知らない男の人に助けられて、石井君もその場に現れて…また握手してとか言われて…助けてもらったからとりあえず握手したんだけど…今度は写真撮影会とか言われて…凄く疲れちゃった…」


「でも、理佳がちゃんと断らないからでしょ?」


「麻衣の意地悪…」


理佳子は拗ねてふてくされた表情で本田麻衣を見る。


「ハイハイ、あんたは内気で言えないんだよねぇ~…そのわりにはあの可愛い後輩にちゃんと言えたのに…でも、理佳!黒崎君のこともあるんだからもう少し強くならないと…いつかほんとに流されちゃうよ?」


「うん…わかってるんだけど…」


その日の夜、薫から理佳子に電話があった。


「もしもし理佳?」


「かおり」


「理佳、この前はありがとう。今私何もかもすっごく上手く行ってて幸せだよぉ~!お母さんともまた会えることになったし、小山内家とも凄く仲良くなって将来はって話までして!今までが辛かった分、生きてて良かったって思うの」


「そっかぁ~、良かったねかおり!」


薫は理佳子があまり元気ない様子なのを察知して


「理佳?何かあった?」


「ううん…別に…って言ってもかおりには隠せないよね…私がかおりを全部わかっちゃうのと同様にかおりも全部見抜くもんね…じつはね…」


理佳子は最近の経緯を全て話した。


「理佳…理佳がハッキリ言えないのは知ってる。私が何とかしてあげる!明日理佳の放課後までには行くから!たかとのこともあるから、二人の邪魔な芽は摘まなきゃ…」


「かおり…ありがとう…」


翌日の放課後、理佳子は一人で校門に向かい薫の姿を探す。理佳子は薫の姿が見えず少し待ったが薫は現れない。

今日は来れなかったのかな…ま、家に帰ればかおり会えるかな…

理佳子が歩き出した後を石井が距離を置いてつける。そして更に後ろに薫の姿が現れた。

あいつか…理佳子の後をつける後輩って…

薫は後ろから石井の肩を掴んで


「ちょっといい?」


石井がビクッと飛び上がった。


「はっはい!なんでしょうか?」


「君、理佳のことをつけてる?」


「え?何のことでしょうか?」


「とぼけなくていい!理佳のストーカーだろ?ハッキリ言えよ」


石井は薫の凄んだ口調に


「はい…ストーカーではないですが…つけてました…」


あっさり白状した。


「それがストーカーなんだよ!お前、一昨日一緒に居た奴の居場所わかるよな?そいつの所に案内しな!」


「は…はい…連絡取ってみます…」


そう言って石井は黒崎の仲間の青木と名乗った男にLINEする。薫はそのやり取りの画面をチェックする。


「連絡付きました。案内します…」


そして石井と薫は青木と合流場所へと向かった。


「先ずはお前一人で会え、妙な真似したら地獄の底に突き落とすぞ。いいな?わかったか?」


「はい…」


石井はとてもこの女からは逃げられないと判断した。得体の知れないこの女…理佳子先輩の友達?


青木との合流場所に到着してそこに居た人物に薫は目を見張った。


「青木さん…」


石井がそう声をかけて一向に近づいた、その時


「天斗!何で!青木も!」


「え?薫?お前こそ何で!」


石井はこの双方の関係が全くわからずオロオロしていた。


「あんたたち…何してんだよ!」


「いや、それはこっちのセリフ…何でそのチンチクリンと一緒に来るんだよ…」


「天斗…どういうこと?何故理佳子に付きまとった?」


「あ?何の話だよ…」


石井が間に入って


「あの、青木さんって人の方です…」


「えぇ…お前…この女に何か喋ったのか?」


「いえ…僕は何も…」


「青木…理佳は私の従姉妹だよ…もう二度と付きまとうな!」


「えええええーーーーー!あの娘が薫の従姉妹ーーーーー!」


黒崎と青木が同時に言った。


「お前…マジか…お前とは長い付き合いだけどそんなの一度も聞いたことねぇぞ…」


黒崎が言った。


「天斗、あの娘はたかとの彼女なんだから皆にも言っときな!絶対手を出すな!そして何かあったら死ぬ気で守れ!わかった?」


「そりゃお前の従姉妹ってわかった時点でそうするけどよ…もっと早くに教えてくれれば…影武者より先に出会ってれば…俺がその娘狙ったのによぉ…」


「あ?」


「いや…その…」


伝説と謳われた黒崎天斗も薫の前ではタジタジだった。


「そしてそこのチンチクリン坊や?」


チ…チンチクリン…坊や?この女…どんだけ口が悪いんだよ…けっこう可愛いのに目が怖い…


「はい…」


「理佳にはもう二度と近づくな!次は無いぞ」


「は…はい…」


「話しはそれだけ。理佳には将来を約束した男が居るんだ、もう困らせないこと、いいね?」


「薫…お前はどうなんだ?今はもう…幸せか?」


黒崎が言った。


「天斗…心配要らないよ…今は何もかも上手く行ってる…お母さんにも会えたし…」


お前…母親に会ったのか…じゃ、もしかして…影武者の秘密まで…


「お前…影武者の…」


黒崎がそう言いかけて止めた。


「ん?何?」


「いや…良かったな…お前が幸せならそれでいい…」


あぶねぇ…ここは余計なこと言わず黙っておこう…


「うん、ありがと…じゃあね!」


「お…おう…」


三人は薫の後ろ姿を見送る。


「というわけで、もう二度とあの可愛娘ちゃんには近づくなよ!そしてあの娘に何かあったらすぐに俺たちに報せろ!絶対にあの娘は死んでも守らなければ俺達の命が危うい…」


その日の夜、薫は理佳子に電話した。


「理佳?ちゃんと芽は摘んどいたからもう大丈夫だよ!」


「かおり…いつの間に…今日来ると思って待ってたのに…」


「それがさ、チンチクリン坊やに青木って奴の所に案内しろって言って行ってみたら…向こうの天斗が居たんだよ!もうビックリしちゃって!ついでだから天斗に、理佳に何かあったら死ぬ気で守れって頼んどいた」


「かおり…何から何までありがとう…」


「もう二度と理佳に付きまとう悪い虫は付かないと思うよ!」


「うん…」


かおり…ほんとにありがとう…いつもいつも私の為に…私にとってかおりほど頼れる人は居ないよ…例え世の中の皆がかおりを敵に回したとしても、私は絶対にかおりの味方で居るからね…電話を切って理佳子は

タカ…もう大丈夫だって…おいで!

ミャアオ!

ここ最近全然寄り付かなかったタカが不思議と理佳子にベッタリ甘える。

タカは何か感じ取ったの?私の回りにたかと君以外の男の人がついて回るのを…大丈夫だよ、私の中にはずっとたかと君しか居ないから…たかと君…

ミャアオ

タカは理佳子の胸に手を乗せて抱っこしろと主張してきた。理佳子は愛くるしいタカを抱き上げ


「可愛い、タカ」


そう言ってタカにキスをした。



秋の気配も深まる10月、朝晩は肌寒く日中の寒暖差が大きくなるこの季節、天斗、理佳子、薫は就活で忙しくなり始めた。小山内だけは薫の努力の甲斐もなく、卒業すら出来るのかと危ぶまれてる。授業が終わって天斗達は学校を出て帰る途中


「黒ちゃんはどこか良いところ決まりそうなのか?」


小山内が言った。


「そんなのわかんねぇよ…まだ就活始まったばかりだしな…」


「そっかぁ…どんな仕事に就きたいんだ?」


「俺は普通の会社員がいいよ」


「いいなぁ~、俺はまず卒業しないとなぁ…かおりんは何やりたいの?」


「うーん、私はアパレル関係の仕事したい…だからそっち方面で探してる」


「暴れる?かおりんまだ暴れたりないの?暴力団関係とか?」


新入生の相澤信二郎が


「小山内先輩、アパレルっす!アパレル関係ってのは洋服とかの販売員とかのことッス!」


「お…おう…ヨシ!今のツッコミの速さポイント高いぞ!」


「ウッス!」


後輩もなかなかバカの相手は疲れるだろうな…と薫と天斗は心の中で呟く。


その日の夜、珍しく理佳子から天斗に電話があった。


「もしもし…たかと君?」


「おう、珍しいな、理佳子から電話くれるなんて」


「待ってたらなかなか掛かって来ないし…」


「悪い悪い、理佳子は就活どうしてる?」


「うーん今のところ事務員の仕事探してるよ。それでね、実は卒業したらたかと君の家の側に引っ越そうかなって…だからそっちの方で就活してるんだけど…」


「理佳子…お前…それいいな!」


「うん…ずっとたかと君の側に居たいから…」


「嬉しいな!じゃ、今度家遊びに来いよ!泊まりで」


「うん…また行く…たかと君の方は?」


「俺はまだまだ決めかねてるけど、会社員の方がいいかな…」


「そうなんだ、たかと君なら大丈夫だよ!好青年って感じだし」


「そうか?」


「たかと君、タカもたかと君に会いたがってるよ…」


ミャアオ…タカがそうだぞ!と自己主張する。


「ね?」


「あぁ、タカは可愛いな!」


「そうでしょ?たかと君が居なかったらきっとタカは…」


「理佳子…お前とタカと三人で一緒に暮らしたいな…」


「うん…いつかそういう日が来るといいなぁ…」


電話を切ったあと、理佳子はタカを抱き上げて、タカ…たかと君と一緒に暮らせたらお前も嬉しいでしょ?

ミャアオ…タカは理佳子の言葉にテンションが上がったのか、理佳子の顔に自分の顔を擦り寄せる。


一方薫は小山内家で夕飯を一緒に食べていた。


「お母さん、卒業したら私ここに居座ってもいいですか?」


「かおりん、卒業まで待つことないじゃん!かおりんがその気なら別に今から家で生活したって私は構わないよ!」


「でも、やっぱり兄が高校に行かせてくれてるから…やっぱりちょっと…」


「ま、そうだね…親代わりのお兄ちゃんに対してちょっとそれは難しいか…」


「うん…」


「ところで清はちゃんと卒業出来るんだろうねぇ~…」


吟子の冷ややかな視線に小山内が思わず咳き込んでしまう。

ゴホッゴホッ…


「母ちゃん…多分大丈夫だよ…かおりんが何とかしてくれるから…」


「バカ!そういうことは自分で何とかしなさい!」


「お母さん、いざとなったら清は兄に頼みます!兄は運送業の仕事に就いてるから、車の免許さえ取れれば就職にはありつけるはず!」


「そりゃいいねぇ!トラックなら清でも何とかやっていけるだろうから!」


「はい!」



後日、薫は兄、透に小山内を会わせるべく薫の家に小山内を呼んだ。そして小山内と透が初対面となる。緊張した面持ちで小山内は薫の家の玄関を開ける。


「こんばんわ~…」


「清入って!」


すぐに薫が出迎えた。流石の小山内も少し上がっている。


「兄ちゃん、私の婚約者の小山内清だよ」


透は下から上まで小山内を見て


「まあ、座れや…」


そう言った。


「はい…失礼つまつ…」


小山内は緊張のせいかろれつが回っていない。


「清…そんなに緊張しなくていいよ…」


薫が心配そうに小山内を見つめる。


「ところでお前…薫と将来を見据えての付き合いって聞いてるが、それで本当に良いのか?」


「あの…はい…かおりちゃんと結婚してください…」


「いや、薫と結婚したいのはお前だろ?俺じゃねーよ…」


「え?はい?あっ…はい…あの…俺は…お兄ちゃんが大好きだす…でから…かおりさんに今日許可をもらおうと思って…その…」


透はこの全然会話にならない男を見て薫の方を向き


「薫…こいつ何言ってるか全然わかんねーぞ…大丈夫か?」


「あぁ、大丈夫大丈夫…ちょっと兄ちゃんの前で緊張してるだけ…バカだけどそこまでじゃ…」


小山内は今の薫の発言に目が飛び出しそうになっている。


「か…かおりちゃん…バカだけどそこまでって…そういう目で俺を?」


「そりゃお前…そんだけバカだったら誰でもそう思うだろ!」


「え?お兄さん…まで…そんな…」


「とにかく!清は私と将来を共にするって話しはしてるから!」


「はい…そうです!かおりちゃんと…けっ…こっ…こっ…けっ…こっ…こん…」


「あ?コケコッコン?何言ってんだお前…」


ちがーう…ダメだ…緊張して上手く喋れん…落ち着け~落ち着け~…


「兄ちゃん、もし清が学校卒業出来ても出来なくても兄ちゃんの会社に入れてもらえる?


「あぁ、それは構わないぞ。だって…こいつじゃどこか就職ったってなかなか難しいだろ?」


「お兄さん…アディダス…」


ヤベっ…噛んじまった…


「何だよアディダスって…」


「あぁ、兄ちゃん…それはありがとうございますって意味だよ…」


薫は慌ててフォローする。


「すみません…ちょっと噛んじゃって…」


「まあ、いいや…薫が選んだ道だ…ちょっと頼りないけど薫が愛の戦士って言うからおまけで合格ってことにしといてやるよ…」


「ありがとうごぜえます!」


「何時代だよ…」


「何はともあれ良かったね清…」


「うん…もう就職の心配も要らないし、かおりちゃんとの将来も認めてもらえたし…もう安心だね…」


「清、ひとつだけ約束しろ!もし薫を泣かせるような事をしたらお前は地獄に堕ちるぞ!」


「は…はい…絶対にかおりんを泣かせません!例え泣かしても笑わせます!」


清…もう喋らなくてもいいよ…喋れば喋るほどバカだと思われちゃうから…

薫はこれ以上兄透に小山内がバカだという印象を植え付けさせたくなかった…

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